第269話 農民、薬を捧げる
「ベニマルくん、ここにかければいいの?」
『そうっす。ケイゾウさんが乗ってる段々の石だったら、どこにかけてもいいんすよ』
「コケッ♪」
「あの、『薬油』は液体ですから、そのままでかけられますけど、丸薬などの傷薬はお水で溶かないとダメなのでしょうか?」
『ふふ、大丈夫っすよ、ハヤベルさん。水に溶かすのもありっすけど、この石なら、そのまま上に置けばいいっす。その辺はラル様がきっちり判断して吸収してくれるっす』
「へえ、やっぱりすごいんだね、ラルさん」
『そうっすよ、ルーガさん。一応、この辺の区画の責任者っすから』
「わかりました。つまり、こちらの石が祭壇のようなものということですね?」
『物を捧げるって意味だと、そうっすね』
「うん、わかった、ベニマルくん。それじゃあ、手持ちの薬をどんどん使っていくね」
「おーっ!」
「きゅい――――♪」
人と鳥モンさんたちの波をかき分けて、踊りの中心にある石へとたどり着いた俺たちは、せっせと薬アイテムを使っていった。
ポーション類はかける。
傷薬はそのまま石の上に置いていく、ってやり方だな。
中には効果の高い傷薬を水で溶いた『薬水』ってのもあるけどな。
「わあっ! すごいね! 傷薬が石の中に溶けちゃったよ!?」
「うーん、何かこれって、みかんが食事をとってる時に似てないか?」
置いた側から、丸薬などが石に吸収されているのを見て、どこかで見た光景だなと思っていたら、レランジュの実を食べるみかんにそっくりなのだ。
何となく、この鏡餅みたいな形の石がスライムっぽく見えてくるぞ?
というか、乗っかっているケイゾウさんが吸収されないか心配になってくるんだが。
『大丈夫っすよ、セージュさん。僕らはラル様の眷属扱いっすから、異物って判断されるっすよ。てか、そのぐらいの精度はあるっすよ』
心配ご無用っす、とベニマルくんが笑う。
だったらいいけどさ。
うん?
ちょっと待てよ?
『眷属』だから大丈夫ってことは、そうでない場合は……?
うん。
何となく怖いから、あんまりこの石には触らないでおこう。
そういえば、ジェムニーさんが粘性種ってことは、スライム種族もいるんだものな。
ってことは、スライムに溶かされて死ぬってこともあるかもだよな。
……うわっ。
巨大なモンスターに丸飲みされたり、そっち系で消化されたりとか、そういう死に方って想像しただけで嫌だなあ。
死に戻りできるとはいえ、ぞっとしない話だよな。
その辺の死に方とかって、どこまで再現されてるんだろうな?
そんな死因の人って、向こうだと存在しないだろうから、まあ、その辺は仮想的な何かなんだろうけど。
冷静に考えると、フルダイブ系のVRMMOって、リアリティを追求すればするほど、年齢制限が必要だよな。
いや、そもそも、痛覚軽減してるとはいえ、剣で貫かれる感触とか普通に嫌だぞ?
例の『鎧』と戦った時も最後に破片で切り傷は負った時は、そこまで痛くはなかったから、その辺の配慮はされているんだろうけどさ。
さておき。
どんどん、アイテムが石に飲み込まれていくのは、ちょっと見ていて面白いな。
おむすびころりんで、穴の中にどんどんおむすびを投げ入れている時みたいな感じだろうか。
いや、どっちかと言えば、リディアさんが出てくる料理を次から次へと平らげていく光景の方が近いか。
何となく、見ていて気持ちがいいんだよな。
ただ、それを見ていた周りにいる人たちがざわざわし始めてるんだけど。
なるべく目立たないように、って言っても、さすがにこれは目立つよな。
そもそも、踊りの中心で何かやってるだけで注目を浴びるだろうし。
「セージュ、こっちは終わったよ」
「セージュさん、私の方も持ってきた分はなくなりましたよ」
「はい、こっちもです。このまま、撤収しましょう」
こういう時は逃げるが勝ちだよな。
来た時と同様に、ベニマルくんが先陣を行く形でこそこそと中心から離れる俺たち。
もっとも、完全には逃げ切ることができなかったらしく、結局、畑の外周辺りで、知り合いのテスターさんたちに囲まれてしまった。
「おーい、セージュ。今のは何をやってたんだ?」
「石にお水をかけてたの?」
「ふむ、アイテムを捧げていたようにも見えたな」
「このイベントって踊ってればいいわけじゃないの?」
「はい。踊りに参加するだけでもいいんですけど、そのままだと、コッコさんたちも参加している人たちも疲れてきちゃうじゃないですか。なので、俺たちが裏方として、回復アイテムを使っていたんです」
やってきたテツロウさんたちに、ここまでの流れを説明する。
催しを行なう経緯とかは、最初にベニマルくんからも説明があったけど、後から合流した人たちもいるだろうから、改めて解説して。
その後の、中央にある石の役割とか、回復アイテムどう使えば効率がいいのか、とか、そっちの話も一通り伝える。
「へえ、そうだったのか? それじゃあ、俺たちもそっちも手伝おうか?」
「えっ? いいんですか?」
「そうよね、別にアイテムを奉じればいいんでしょ? その町長さんに」
『あー、そうっすね。確かにラル様からは薬だけとは聞いてないっすねえ』
「だったら、色々と使えそうなものを、あの石に奉納するってのは面白そうじゃない?」
「あ、そうですね、えーと……」
「あっ、そういえば、直接会うのは初めてよね? 私、不眠猫よ。改めて、よろしくね、セージュ君」
「ええっ!? あ、はい、よろしくお願いします」
「何よ、ええっ、って?」
「いえ……随分、きれいな人だったんだなあって驚いただけですよ」
テツロウさんと一緒にいた女の人って、不眠猫さんだったのか。
いや、『けいじばん』でのイメージと全然違うんだが。
見た目は、『できる女』というか、モデル体型のキャリアウーマンって感じなんだけど。
「ふふ、ありがと、お世辞でもうれしいな」
「あー、セージュ、こう見えて、相当な残念美人だからな、この人。少し腐ってるし」
「余計なことは言わない! もうっ! テツロウ君ったら、失礼しちゃうわ!」
ぷんぷんと怒りながらもどこか楽しそうにしている不眠猫さん。
この人、この手のやり取りは嫌いじゃないようだ。
てか、腐ってるって何だ?
ちょっとテツロウさんが言っている意味がわからないんだが。
種族が死人系とかそっちなのかね?
「ふむ、まあ、変わり者だというのは俺も同感だが、彼女の行動力については認めざるを得んな。何せ、『耐毒』持ちだからな」
「えっ!? それはすごいですね」
あー、そういえば、毒草の食べ過ぎで教会に運ばれたんだっけな?
リクオウさんによると、その後も気にせずに毒草を食べ続けた不眠猫さんは、見事『耐毒』のスキルを得ることができたのだそうだ。
「ええ。でも、この『耐毒』って相当奥が深そうよ? 私が持ってるのは『耐毒(植物)』だけど、これ、スキルレベルじゃなくて、パーセンテージ表記なのよ。今はまだ『0.1%』ね」
へえ、そういうスキルもあるのか?
不眠猫さんによると、複数の毒草を食べ続けた結果、いつの間にか、その『耐毒(植物)0.1%』が生えていたそうだ。
「たぶん、これって、植物系の毒のうちの0.1%分を克服したってことなんじゃない? もしそうだとすれば、マスターするまで先は長そうね」
「だよな。俺もそのことを不眠猫さんから聞いて、うわっ、って思ったもん」
「ですが、確かに毒性と免疫の関係を考えるとおかしな話ではありませんよ?」
「ふむ、ハヤベルの言う通りだな。一口に毒と言っても、無数の系統が存在するのが普通だろう。そういう意味では、このゲームの開発者はいい度胸をしていると思うぞ」
あまり細部にこだわるとゲームとして破綻するからな、とリクオウさん。
それでも、そこから逃げないということで一定の評価をする、って。
ただ、それを聞いていたテツロウさんなどは苦笑いして。
「いや、リクオウのおっさん、これはちょっとやり過ぎでしょ。下手すりゃ、毒ごとに解毒剤が必要になるってことだし。薬に関しては、もうちょっと甘くしてもらわないと、アイテム管理がぐちゃぐちゃになるって。薬師の負担も大きいだろうし」
「だからこそ、教会の救済措置があるのだろう? おそらく、本当にまずい部分については、似たような措置があるはずだ」
やり込みたい迷い人用の対応だと思うぞ、とリクオウさんが真面目な顔で返す。
あー、確かにそうかもな。
一般の迷い人にとっては、もうちょっと都合がいいアイテムとかが用意されていそうだよな。
例の『お腹が膨れる水』みたいなやつが。
「あ、そっか。教会で治療できるもんな」
「ふうん? リクオウさん、きちんと考えてるのね? 格闘家って聞いてたけど、随分とゲームに詳しいのね?」
「いや、何、俺もこの仕事を受けるために少し勉強したからな。たまたまだ」
「そうそう、リクオウのおっさん勉強家だから。それよりも、セージュ、それにベニっち。俺もアイテムを捧げてきていいか?」
「はい、大丈夫だと思いますよ。ねえ、ベニマルくん?」
『もちろん、大歓迎っすよ。ちなみに何を捧げるんすか?』
「これだよ、これ」
ベニマルくんの問いに対して、テツロウさんが取り出したのは一本のお酒だった。




