第268話 農民、薬を持って動く
『そろそろっすよ、セージュさん』
「ようし、それじゃあ、踊りの邪魔にならないように、石の方へと近づこうか」
「はい。ルーガさん、なっちゃんさんも薬の準備はよろしいですか?」
「うん、大丈夫! 蓋を取って、中の液体をかければいいんだよね?」
「きゅい――――!」
『邪魔にならないルートは、僕が先導するっすね』
ベニマルくんの指示に合わせて、俺たちは回復アイテムを使いに行くことにした。
もちろん、あんまり悪目立ちし過ぎないようにこっそりと、だけど。
幸いというか、ケイゾウさんたちコッコさんが少しずつ少しずつ、円の中央部分から、その外周へと踊る場所を移し始めているので、逆に、その空いた空間へと町の人たちが入り込んで踊ってるんだよな。
なので、俺たちも踊りつつ、石の方へと近づけば、そんなに目立たずに済むって寸法なのだ。
当然、事前にベニマルくんが『鳥言語』を使って、ケイゾウさんたちにはその旨を伝えているので、妙な動きって受け取られる心配もないし。
見た感じだと、コッコさんたちの動きもキレッキレだし、まだまだ全然踊れるよー、っていう風にしか見えないけど、ベニマルくんによると、今日はいつもよりもペースがずっと速いのだそうだ。
たぶん、これだけみんなが集まったからだろうけど。
うん。
ちょっと、余計に張り切っちゃったらしいな。
どうしても、場の雰囲気というか、熱気による相乗効果があるので、そっちがコッコさんたちにも影響してしまったようだ。
「とりあえず、体力回復の方を優先した方がいいのかな? 魔力はまだ余裕があるんでしょ?」
『できれば、どっちもっすけど、魔力回復薬の方が量が少ないんすよね?』
「うん、体力回復は即効性を気にしなければ、見習いのみんなで作った分の傷薬のストックが大量にあるからね」
本当に、ハヤベルさんやダークネルさんたちが頑張ってくれていたおかげで、傷薬に関しては山のような量になってるんだよな。
まあ、品質はあんまり高くない試作品も多いので、他に売りさばくこともできないし、使う機会がないと溜まる一方だったんだけど。
今回の踊りイベントの場合、時間が長期にわたるので、そっちの傷薬を水で溶いたものを使っても、時間経過と共にじわじわと効いてくるので問題なしってわけだ。
それに関しては、サティ婆さんからも太鼓判を押されたので、大丈夫だろう。
なので、体力回復薬はふんだんにあるのだ。
もちろん、例の『薬油』に関しては、ハヤベルさんが開発したのが本当に近々の話なので、量が確保できていない。
そもそも、『お腹が膨れる水』が必須なので、そっちを切らした後は、『大地の恵み亭』が開店するまでは作りようがなかったしなあ。
「そうですね……おまけに、残っていた『薬油』の一部も、『魔法薬油』を作るのに使ってしまいましたし、失敗作もけっこう出ましたからね」
どちらも量が少ないので使いどころが難しいです、とハヤベルさんも頷く。
まだ催しが始まってから、小一時間経っただけだしな。
もし、このぐらいのペースで回復薬が必要だとすると、俺たちもずっと踊ってたりするだけじゃなくて、素材を集めて、新しく薬を『調合』する必要が出てくるだろう。
うん?
いや、何となく、このクエストでの行動が見えてきたか?
踊り手に関しては、かなりの数集まっているから、むしろ俺たちは裏方に徹した方がいいかも知れないな。
あ、それがいいか。
やっぱり、踊りに関しては、そっちが得意な人とかに任せた方が効果がありそうだもんな。
ファン君とかが踊っている姿を見ていると、なおそう思うし。
踊ってる仕草にも華があるから、他の見物客からもため息がこぼれてるし、そもそも、ファン君自身も『舞踊系』のスキルを使ってるな?
前に、ミスリルゴーレムと戦った時に見せたような輝きを放ってるし。
それで周囲を踊っている他の人たちも元気になっているのだ。
あれは、『魔法付与』の効果もあるんだろうな。
てか、ダークネルさんもかなり洗練された踊り方なんだが。
雰囲気としては、日本舞踊に近いのかな?
普段、話をしている時とは全然雰囲気が違うのでびっくりするんだが、本当に艶やかな印象を受けるのだ。
ヨシノさんに確認したところ、あれって、『京舞』っていう踊りなのだそうだ。
正確には『八千代流』とか何とか。
いや、ヨシノさんも歌舞伎の家出身だけあって、そういうことは詳しいよな。
俺なんて、名前を聞いてもよくわからないし。
役者さんって、そういう踊りも覚えないといけないのかね?
ほんと、頭が下がるよ。
まあ、だからこそ、だな。
本職ではない俺たち一般人は、踊りじゃなくて、踊っているみんなをサポートする形でお手伝いをすることにしよう。
後ろの方で、料理を作って振舞っているユミナさんとかとおんなじだな。
腹が減ったら食う。
疲れたら、疲労を回復する。
うん。
わかりやすい図式だよな。
「そうだね、ベニマルくん、そういうことなら……あ、ハヤベルさんも、ですね。今ある薬を節約して使うより、催しの裏側で動き回って、新しく薬を作っていく方がいいと思います。ね? ベニマルくん」
「なるほど、今からですね?」
『あー、そうっすね。さすがに町の外まで行って、素材を採って来るとなるとちょっと大変っすけど?』
「うん、なるべく、町の中で納まるレシピの方を優先するよ。もちろん、本当は外の素材があった方が、傷薬とかは作りやすいんだけどね」
今、考えてるレシピだと、『お腹が膨れる水』と『マンドラゴラの苔』が重要になるから、そっちに関しては一応は町の中で何とかなるし。
というか、どっちもこの町の中でしか手に入らない代物だし。
後は、サティ婆さんと相談して、例の『深淵の水』を少し分けてもらえると嬉しいんだよな。
あれって、ビーナスの『苔』と組み合わせるとびっくりするような薬が作れるのだ。
今、俺たちの手元にある薬の中では一番強力なやつな。
【薬アイテム:薬油】深淵の薬油 品質:5
魔力を潤す効果がある薬油。飲用の油を用いていないため、飲みにくいがその効果は非常に高い。
【薬アイテム:薬油】ハヤベルの深淵の薬油(油脂/植物/魔法水) 品質:5
ハヤベルの手で、魔力溜まりである『深淵』より汲み出された水を使って作られた薬油。魔力を潤す効果を油に溶け込ませた薬油で、飲用の油を用いていないため、飲みにくいがその効果は非常に高い。
即効性あり。魔力枯渇を含め、魔力の消耗状態を回復することができる。
マンドラゴラの苔を使っているため、即効性と同時に一定時間の自動回復も含む。
うん。
すごいよな、これの効果。
そもそも、『深淵の水』と『マンドラゴラの苔』を組み合わせたのは、その時、サティ婆さんからもらった助言のおかげなんだけど、何、この組み合わせ、鬼だな、鬼。
名前がちょっと飲むのを躊躇するような響きなんだけど、魔力回復薬としては間違いなく、高品質のものだろう。
何せ、飲めば即回復、加えて、俺たちがビーナスの『苔』を口で噛んでいる間ずっとあったような、じわじわとした回復効果も認められるって代物だ。
いや、特殊な水、凄すぎ。
そりゃあ、サティ婆さんが各地の特殊な水を探せって言うよな。
『そういうことなら、僕の方からも飛べる仲間に声をかけておくっすよ』
余裕のある連中に、外の素材集めを頼んでみるっす、とベニマルくん。
「え!? いいの、ベニマルくん? 助かるよ」
『ケイゾウさんたちのためでもあるっすからね。こういう時はお互い様っす』
セージュさんたちって、僕らのことを知っても、あごで使ったりしなかったっすし、きちんと僕らのこと尊重してくれたっすから、とベニマルくんが笑う。
いや。
その言葉にはちょっとグッと来るものがあるな。
改めて、ありがとうと頭を下げようとする俺に対して。
『その分、あの『水』の報酬を上乗せしてくれるとうれしいっすね』
「うん、そっちも頑張るよ。どの道、今日のことを考えると交渉しないといけなかったしね」
打算もあるっすよ、と笑うベニマルくん。
いや、ちょっと照れ隠しの感情もあるのかもしれないけど。
ただ、そっちの方が自然体で付き合える気がするのも本当だ。
俺もベニマルくんに笑い返して。
『それじゃあ、行くっすよ』
「わかったよ。じゃあ、みんなも手筈通りに」
「はい」
「うん、頑張るよ」
「きゅい――――♪」
「ファン君たちが戻ってきたら、私たちもお手伝いしますね」
「ん、少しだけ待って」
そんなこんなで。
その場に、ヨシノさんとリディアさんを残して。
俺たちは薬を使うために、中央の石の側へと向かうのだった。




