第267話 農民、薬の準備をする
「ねえ、セージュ。ウルルたちあれでいいの?」
「まあ、いいんじゃないか? 妖精さんたちも飛び出したしな」
昨日の夜のテンションのまんま、ウルルちゃんたちが鳥モンさんたちと一緒になって、空を舞っている光景。
大分、空も賑やかになってきたよなあ。
うん。
でも、昨日と違って、他の人の身体も様々な色に光ってるから、意外と『空を飛んでいる』以外は目立ってないんだよな。
それだけで十分だ、って突っ込みはなしで。
『浮遊』系のスキル持ちも集まって来て、けっこう飛び回ってるから、まだ大丈夫だと信じたいところだ。
「空を飛べる能力は羨ましいですね。あちらは種族特性なのでしょうか?」
『そうっすね、ハヤベルさん。妖精種はみんな飛べるっすよ。あと、僕らみたいな鳥系統の種族もそっち系に長けてるのが多いっす。飛べない鳥は逆に走るのが速いのが多いっすね』
「そうでしたか。ありがとうございます、ベニマルさん」
「あ、そうだ、ベニマルくん、鳥人種って飛べるの?」
確か、『けいじばん』でよく話すツグミさんが鳥人種だったよな。
鳥系統の獣人種って扱いらしいけど、一応は表記も分かれてるんだとか。
『確か、鳥人種の場合、『浮遊』や『飛行』のスキルがなければ、『獣化』、『鳥獣化』、あと『半獣化』のスキルを持ってれば、それで飛びやすい身体に変化できるはずっすよ? ハーピーとかがそっち系っすね』
「えっ!? ハーピーがいるの?」
『そうっすよ? 『グリーンリーフ』にその集落があるっす。もっとも、例の事情で、今も無事かどうかは、調査中っすけど』
へえ、それは初耳だな。
というか、俺、『精霊の森』とかに出かけていたおかげで、他の人に比べて、『グリーンリーフ』の攻略に関しては進んでないんだよなあ。
まだ『迷いの森』にも足を踏み入れたこともないし。
向こうで、剣を振り回して踊っている十兵衛さんと『森の熊さん』の方がよっぽどそっちに関しては詳しいだろうし。
てか、十兵衛さん、すっかり『熊さん』と仲良くなったんだな。
何となく、マブダチって感じだし。
ただ、ふたりの剣舞は迫力があるので、町の人たちにも人気のようだ。
見物客が、コッコさんたちの『陣』を刻む踊りと人気を二分してるしな。
意外と芸達者だよな、十兵衛さんも。
「すごいですね、ベニマルさん。色々とお詳しいのですね?」
『まあ、僕も一応は、ケイゾウさんの『一群』の渉外担当っすからねえ。色々とできる範囲では情報を集めてるんすよ?』
今はセージュさんたちのお付きっすけど、とちょっと照れくさそうに笑うベニマルくん。
ハヤベルさんからの真っ直ぐな尊敬の視線に耐えられなくなったらしい。
普段は飄々としてる分、純粋な想いを受けるのは苦手っぽいな。
案外、ベニマルくんも普段はキャラを作ってるのかもしれないよな。
何となく、みんなの頼れる後輩って感じの雰囲気を醸し出してるけど、その実、能力的にはかなり高そうだし。
『あ、そうっす。セージュさん、ハヤベルさん、確か、セージュさんたちって、魔力回復のアイテムも作れたんすよね?』
「うん、何とかできたよ」
「はい、頑張った甲斐がありましたね」
昨日のログアウトまでの時間で、可能な限り、魔力回復に関する『調合』をハヤベルさんたちと手分けして挑戦してみたのだ。
何せ、このクエストの目的が『魔力奉納』ってことだから、少なくとも、催しの後半には参加者の魔力が大変なことになることは予想できるわけで。
だとすれば、『薬師』修行中の身で何ができるかと言うと。
魔力回復のための薬の開発だよな。
ここで使えそうな要素は三つ。
ひとつは、なっちゃんの育ててくれた『ナルシスの花』だ。
素材としての量はほとんどないけど、サティ婆さんの話によれば、花びら一枚からでもそれなりの効果を持つ回復薬を作ることが可能な素材らしく、他の回復作用のある素材と組み合わせると、相乗効果が期待できるとか何とか。
まあ、すごい素材であることは間違いないな。
ふたつめは、俺たちの中ではおなじみというか、切り札というか。
例の『ビーナスの苔』だ。
正確には『マンドラゴラの苔』シリーズ。
あれ、苔そのものでも、噛んでいると魔力の回復が見込めるという優れもので、ぶっちゃけ、『調合』しない段階でもかなり役に立つ代物なんだよな。
とはいえ、入手手段が限られる以上は、下手に情報を流布させるわけにも行かないし、色々と問題もあるので、『調合』して、元の素材がわからないようにする必要があるんだよな。
便利だけども取り扱いが難しい素材、と。
もうひとつは俺が持っている『レランジュの実』だな。
あれも、みかんが黄金実から育てた実に関しては、魔力回復の効果があるのだ。
もっとも、そっちの実に関しては、俺とルーガとビーナスがそれぞれもらった三個分だけしかなくて、それ以外のいくつかある『レランジュの実』は残念ながら、魔力に関する要素はほとんどなかった。
一応、さっき、ラルフリーダさんの家に行った時、帰り道にビーナスやみかんにも会って来て、いくつかの件については相談して来た。
まあ、仮にそっちがうまく行ったとしても、今日の催しには間に合わないので、そういう意味では後での話だけどな。
以上のみっつ。
そして、それプラス、いかさまアイテムの力も借りよう。
ジェムニーさん印の『お腹が膨れる水』だ。
あれも『魔法水』なので、傷薬の『調合』に使っただけでも、わずかに魔力回復の効果がついたもんな。
サティ婆さんに言わせると、魔法薬としての力はほとんどない、って話だけど、裏を返せば、ゼロではないというわけで。
おそらく、四つのうちで、一番融通が利く素材であることは間違いないはずだ。
というわけで、手分けして『調合』にチャレンジしたわけだ。
残念ながら、今の俺よりも『調合』のスキル持ちであるハヤベルさんの方が成功率が高いだろうと考えて、なっちゃんの『花』に関しては、ハヤベルさんに使ってもらうことにした。
昨日見せてもらった『薬油』もあったしな。
あれを一工夫して、マジックポーションにできないか、って挑戦だ。
俺は俺で、せっかくのビーナスの『苔』で、効能を高めた薬を作るために、色々と試したみた。
まあ、そんなこんなで、いくつかの失敗を乗り越えて、とりあえずは使用に耐えうる『魔力回復薬』がいくつかできあがったというわけだ。
『なら、それをもう少ししてから、今、ケイゾウさんがいる、あの丸い石のところで使ってもらってもいいっすか?』
「えっ? 石に使うの?」
ベニマルくんの言葉にちょっと驚いてしまったぞ?
てっきり、ケイゾウさんたちコッコさんたちに直接かけるか、あるいは、参加者で『枯渇酔い』した人たちの救助に使うとばかり思っていたからな。
だが、ベニマルくんは真剣な表情で頷いて。
『そうっす。あの石に使ってほしいっす』
「ちなみに、石に使うとどうなるの?」
『簡単な話っす、今回、『奉納』の量が思った以上に多くなりそうっすから、うまくやるとラル様が帳尻を合わせられるようになるっす』
いいっすか? とベニマルくんが俺やハヤベルさんへと向き直る。
『ラル様の能力は知ってるっすね?』
「いや、俺は知ってるけど……ハヤベルさんはどうですか?」
「あの……そもそも、そのラルさんという方がどなたか存じ上げないのですが」
『ラル様は、この町の町長っす』
「あ、そうなのですか?」
初めて知りました、と感心したように頷くハヤベルさん。
『まあ……セージュさんはご存知っすから、続けるっすね? あの石を置いたのがラル様っす。実はあれ、『演舞陣』とラル様をリンクさせるための要石なんすよ』
「そうだったの!?」
そっちはハヤベルさんだけじゃなくて、俺も知らなかったぞ?
ベニマルくんはケイゾウさん経由で教えてもらったそうだ。
『そうなんすよ。なので、『陣』の中を『領域化』できるんすよ。正確には二重にってことみたいっすけど。とにかく、そうすれば、『与える』と『奪う』の両方が可能になるって寸法っす』
「あ、なるほど、つまり」
『そうっす。そこを通じて、効果を増幅させて分配できるんすよ』
なので、普通にアイテムを使うより効果的っすね、とベニマルくんが笑う。
はあ、なるほどなあ。
てか、ラルさんの能力って、本当にすごいな。
その手のやり方もあるのか。
『領域系』の能力って、本当に底知れないな。
『そういうわけっすから、セージュさんたちには、もう少ししたらお願いするっす』
「うん、わかったよ、ベニマルくん」
「はい、頑張ります!」
そんなこんなで。
薬の出番が来るまでしばらく待機する俺たちなのだった。




