第266話 農民、他のテスターたちと話す
「えーと……もうすでに踊りの輪に加わってる人が多いなあ」
改めて、外から見ていると、だ。
円の中心に近い場所で、鳥モンさんと一緒に踊っているテツロウさんの姿が見えた。
あ、でも、踊り方を見ていると、ダンスの力量はそこそこかな。
それを横にいるきれいな女の人にからかわれてるな。
あの人も迷い人さんなのかな?
まだ、俺も会ったことがない人だ。
そして、優雅な動きで踊りを披露しているのがカオルさんだな。
ダンスっていうよりも、舞踊って感じだな。
今は着物姿じゃないけど、そっちの印象が強めの足運びをしてる。
いや、不思議と鳥モンさんたちの鳴き声音楽と合っているんだけどさ。
和と洋ならぬ、和と野生の融合か?
あ、ジェムニーさんも来てる。
まだ、屋台というか出店の方は巡ってないけど、さっきキサラさんたちの出店の準備をしていた時にはいなかったから、その後で加わったってところだろう。
実は、意外と食べ物系の出店は多くないんだよなあ。
その辺は、向こうのお祭りとの差だろうな。
逆に、メルクさんたちがやっている革製品のお店とか、そっち系の工房がらみのところが多い気もする。
さすがに、ペルーラさんのところは来てないみたいだけど。
――――と。
そんな感じであちこちを眺めていると、横から声をかけられた。
「セージュさん」
「お久しぶりです」
「ん、来た」
「あ、ファン君に、ヨシノさん、リディアさん、いらっしゃいませ」
やってきたのはファン君たちだった。
あれ? と思ったのは、ファン君の着ている服についてだな。
この間の踊り子風の衣装じゃなくって、俺が最初に会った時に来ていた、赤い着物を着ていたのだ。
いや、そっちはそっちで似合ってるけど、今日はダンスイベントなんだけど。
「ファン君、この間作った衣装は?」
「あれですか? えーと……」
「ふふ、ファン君ったら、恥ずかしいんですって。あれを着て移動すると、みんながこっちを見てくるから、って。本当は、役者なんだから視線に慣れないといけないんだけどね」
「いや、でも、ヨシノ姉さん! こっちのぼくだと本当に女の子じゃないですか! 何だか、ちょっと向こうで演じる時と感覚が違うんですよ!」
「へえ、そういうのがあるの?」
やっぱり、性別が変わるってのは何らかの影響を及ぼすのか。
ファン君も自分でも不思議なのか、頷きながらも少し首を捻るような仕草をして。
「はい、セージュさん。どうしてでしょうかね? こっちですと、普通に見られてるってだけじゃなくて、どういう風に視られているのかが何となくわかるんですよ……やっぱり、ちょっと怖いですよ」
「うーん、私もファン君からそれを聞いてね。もしかしたら、今のファン君って、身も心も女になってるんじゃないか、って」
「……それ、まずくないですか?」
だから、視線に敏感になってるんじゃないかと言うヨシノさん。
ただ、俺の心配に対しては首を横に振って。
「でも、もしそうだとすれば、叔父さまが今回のお仕事を受けた理由にもつながるから悪い話ではないのよね」
「そうなんですか?」
「はい。ぼくの修行の一環です」
「昔から、女性に成りきるという修行はあったけれど、今の技術を用いれば、より深い部分まで可能となるかも、ということなんでしょうね」
へえ、それは知らなかったな。
とりあえず、詳しい事情は伏せられてしまったけど、ファン君が小学生だというのに、このテスターの仕事に関わってるのって、お父さんからの指示ってことのようだ。
一応、保護者の同意の元ってことかな。
いや、まあ、それは当たり前なんだが。
俺の場合も未成年だから、親父の許可が必要だったしな。
さておき。
赤い着物を着ている方がファン君的にも落ち着くのだそうだ。
「普段から着てますし、露出も少ないですからね」
めずらしいものを見るような目をされることはあっても、色という部分での視線は少ないから、って。
いや、色って。
さすがに、今のファン君を見て、いやらしい気持ちになるのってまずいだろ、倫理的に。
「ふうん、セージュくんは大丈夫みたいね? ふふ、実際、ファン君って、見た目は女の子っぽいし、仕草もそういう修行をしてきてるから、たぶん、普通の女の子よりもずっと女らしい仕草なのよ。だから、年齢とか関係なく、そそられる人ってのは出てくると思うわ」
その辺は、女形の功罪でもあるのよね、とヨシノさんが苦笑する。
特殊な嗜好の目覚め。
そのきっかけになったことは、時代を遡るとけっこう多かったとか何とか。
『そういうもんすかねえ? 僕はよくわかんないっすけどね』
「まあ、ベニマルくんは鳥だものね」
『そうっすそうっす。まあ、ドワーフは小っちゃい子が多いっすから、かわいいってのはわからないでもないっすよ?』
「ぼくの話はもういいですよ。それより、セージュさん、ここでの踊りってどういう踊りでもいいんですか? 『型』とはないんですか?」
「うん、そうみたいだよ」
『そうっすね。実も蓋もない話、身体を動かしておけば、それが踊りって認識されて、そのまま『奉納』になるはずっすよ』
ぶっちゃけ、歩いたり走ったりするだけでいい、とベニマルくんが笑う。
確かに、ベニマルくんが飛んでいるだけで、少しずつ、身体から光が飛び散っていくんだもんな。
結局、踊りって言っても、便宜上の話でしかないのかもな。
というか、だ。
「ファン君って、どういう踊りが得意なの?」
「歌舞伎の『舞』と『踊』は修行中ですね。師匠からはまだまだって言われてます」
「日舞もやってますね。あと、ファン君は――――」
「あっ! いたいたっ! おうちゃん、ヨシ姉、探してたんだよ?」
「――――はあっ、はあっ、速いですよ、ダークネルさん」
「って、あれ? ダークネルさんとハヤベルさん?」
いつの間に?
というか、ダークネルさんがファン君の後ろに回って、頭をなでてるんだけど、もしかして知り合いなのか?
いや、ファン君がびっくりして目を白黒させてるけどさ。
と、ダークネルさんを見て、ヨシノさんが何かに気付いたようにして。
「もしかして、ネルちゃん?」
「うん、そうだよ、ヨシ姉。あ、こっちだとダークネルね。『病みネル』、病気療養中だから、そっちから付けたの」
「へえ、そうだったのね。それじゃあ、京都からなの?」
「ううん。病院は別のところにあるの。『夕凪』だよ。『夕凪医療センター』。ユミナさんとかも一緒のところだね」
えっ!? そうだったのか!?
そういえば、ダークネルさんの詳しい現実の情報って初めて聞いた気がする。
前にそれとなく聞いた時は教えてくれなかったんだよな。
どうやら、この三人、けっこう親しい間柄のようだ。
そして、入院中ってことか?
前にユミナさんも病院からログインしているって言ってたから、この手のケースは割とよくあるようだ。
ただ、その病院の名前は聞いたことがないな。
どこにあるのかもちょっと名前からだとわからないし。
後で、一色さんにでも聞いてみようか。
たぶん、医療関係の人なら詳しいだろう。
「ダークネルさん、ファン君のお仕事とか知ってるんですか?」
「もちろん知ってるよ。扇ちゃんのお父さんがうちのお得意様だったの。それで何度かおうちゃんたちを連れて遊びに来てくれて、知り合ったって感じかな」
「へえ、幼なじみみたいな関係なんですね」
何でも、ダークネルさんのお母さんとファン君のお父さんが仲が良いそうだ。
それで家族ぐるみで交流があったとか。
「あっ、そうですよ、セージュさん。ネルちゃんも踊りは上手なんですよ、何せ――――」
「はーい、ちょっと待って、おうちゃん。何を言おうとしてるのかなあ? 恥ずかしいから、私のお仕事のことは内緒にしてって、言、っ、た、よ、ね?」
「――――痛い痛い!? 痛いですよ、ネルちゃん!? そんなに耳引っ張らないで!?」
「仲が良いですねぇ」
ふたりの諍いを見て、ハヤベルさんがそんなことを言ってるけど。
うん。
まあ、仲は良さそうだよな。
ファン君よりダークネルさんの方が年上に見えるけど、そんな感じも薄いし。
……あれ?
そういえば、ダークネルさんって、年いくつだ?
今、学校には行ってないって言ってたけど。
年齢については聞いてないぞ?
実は謎が多い子だよなあ。
「ふっふっふ、せっかくだし、一緒に踊ろうか、おうちゃん。てか、ヴェルさんとか動き早すぎるんだもん。わたしとか、ゆったり系の『舞』しかできないんだもの――――それじゃあ、ヨシ姉、ちょっとおうちゃん借りるね。あと、セージュ君もまたねー」
「ちょ、ちょ――――!?」
あーれー、ってファン君の声が聞こえるかのような感じで、『場』の方へと行ってしまうふたり。
いや、ダークネルさん、けっこう力強くないか?
それとも、ファン君の身体が軽いだけかも知れないけどさ。
「……結局何だったの、セージュ?」
「わからん……ってか、俺に聞くな」
どうせなら、この場に残っているヨシノさんに聞いてくれ、ルーガ。
「ヨシノさんたちは追いかけなくていいんですか?」
「ふふ、ファン君も楽しそうだしね。しばらくは放っておくわ」
「あれで、ですか?」
「いつも会うとあんな感じよ? ふたりとも、お仕事柄、普段は気を張ってるから、こういう時ぐらいは羽目を外さないとね。ふふ、あのぐらいだと年齢相応に見えるわよね」
ふうん?
その辺は、ヨシノさんの優しさでもあるようだな。
というか、ダークネルさんも役者関係か?
まあ、いいや。
相手が嫌がっている以上は、あんまりリアルについては触れない方がいいだろうしな。
「リディアさんとハヤベルさんは踊らないんですか?」
「ん、そろそろお店が開くから」
「私は見学しに来ただけですね。あんまり身体を動かすのは得意じゃないです」
舞より団子のリディアさんと、基本はインドア派のハヤベルさん、と。
ちなみに、薬関係の出店は出せなかったそうだ。
まあ、それはそうだよな。
一応、秘密系の内容とかもあるようだし。
「ですが、作ったものは持ってきてます。何かのお役に立てるかも知れませんし」
そう言って微笑むハヤベルさん。
たぶん、コッコさんが疲れて来てからが薬師としての本領発揮だろう。
まだ、催しが始まってから、それほど経ってないもんなあ。
少しずつではあるけれど、ケイゾウさんたちの刻む図形が少しずつ外側へと広がってきているのを見ながら。
俺たちはお祭りを楽しむのだった。




