第265話 農民、踊りの輪に入る
「すごいな、これ。確かに『儀式』って感じがするよな」
「うん! あっちこっちが輝いて、きれいだね!」
「きゅい――――♪」
どうやら、この畑の範囲全体が『場』のような状態になっているようだな。
ケイゾウさんを始めとするコッコさんたちを中心に、円状に広がっているかなりの範囲が、踊りの『場』としての機能を果たしている、というか。
さっきのベニマルくんの説明だと適当に踊っても大丈夫って話だったけど、その言葉通り、ターンをすれば身体が黄色く光って、地面と空中へとその光が散らばって消えて行くのだ。
これが『奉納』か?
確かに、何となくではあるけど、自分の力の一部を捧げているような感覚はあるな。
ターンをすると光って。
ステップを踏むと光って。
ひとつひとつの動作の後で、身体が光っては、その光が周囲へと散っていく、と。
なので、踊りながら、周囲へと目を遣ると、とっても華やかな雰囲気になっていることに気付く。
人も鳥も一緒になって、放たれては消えて行く光の奔流の中に飲み込まれていくような光景だ。
コッコさんたちは回転したり、ジャンプしたり、お尻ふりふりしたりして、種としての統一感の取れた踊り方をしているな。
石舞台の周りに円状に並んだ数十羽のコッコさんが、一糸乱れぬそろった振り付けのようなもので踊っているのを見るのは、やっぱり壮観だ。
たまに、踊りの合間で、足を使って何を地面に描くような仕草もしているので、おそらくそれが『陣』の構築なんだろうな。
一方、そのコッコさんたちの周りを賑やかすのが、それ以外の種の鳥モンさんたちだ。
リズムに合わせて鳴き声をあげているのが、まるで合唱のようになっている。
どうやら、コッコさんたちが踊りやすいリズムがあるようで、そのことを他の鳥モンさんたちも知っているようなんだよな。
おかげで、ちょっとしたダンスミュージックのような効果が現れているし。
後は、そのリズムに合わせて、他の人型の種族が踊るってわけだ。
そうすると、個々の踊りからはてんでバラバラなんだけど、鳴き声音楽に合わせようとすると不思議と、その場に一体感が生まれるから驚きだ。
『奉納』による、光りのイリュージョンもたぶん、雰囲気づくりに一役買っているんだろうな。
何となく、ダンスイベントとかの総踊りっぽいし。
何だかんだで、照れや恥ずかしさって感情を捨てて、その熱気に身を委ねるだけで、ほら、こんなに楽しい、って。
「きゅいきゅいきゅ――――♪」
「なっちゃんもセージュも、踊るのうまいね」
「まあ、ダンスとかは学校でもやってたしな」
感心したように行ってくるルーガにそう返事する。
たぶん、このクエストって、リズムに合わせてフリースタイルで踊れ、ってやつだろ?
さすがにダンス教室とか通ってるやつには敵わないけど、基本のステップとかはけっこう色々とやらされたもんな。
たぶん、担当の先生がそういうのが得意だったせいだろうけど。
何だかんだで、上半身と下半身で別々のダンスを組み合わせる、ぐらいはできる。
「でも、ルーガも動きにキレがあるから、上手に踊ろうって意識を捨てて、あっちの鳥モンさんの鳴き声に身を委ねればいいと思うぞ?」
「そうなの?」
「まあ、先生の受け売りだけどな。『己の中の感情のままに自由に身体を動かしてみなさい』ってな。『本来、踊りっていうのはそういうものですよ』だってさ」
言葉が無かった時代から、人間は踊りを踊って来た。
それ自体が、想いを伝える、という形を変えた表現のひとつだったんだ、って。
だから、たぶん、先生がその時言いたかったことと、今のこのクエストの状況ってのは近いんだと思う。
全員の動きをそろえるダンスは確かに美しいけど、踊りってのはそれだけじゃないってな。
「少なくとも、こうやって踊ってるの、って楽しいだろ?」
「うん、そうだね」
「きゅいきゅい――――♪」
最初はクエストだから。
コッコさんの『家作り』に必要な手順だから。
それで、参加しようって思っていたけど、たぶん、それは間違っているんだろうな。
ケイゾウさんたち、あの場にいたコッコさんたちみんなが、どういう気持ちで一緒に踊ってほしい、って願ったのか。
その理由が何となくわかるような気がするな。
『セージュさん、どうっすか? 盛り上がってるっすか?』
「あ、ベニマルくん。さっきは司会お疲れ様。うん、楽しいよ。こういうのって久しぶりだしね」
『そいつは何よりっす。はは、さっきの話は言わないで欲しいっすよ。何だかんだで僕もあがり症なんすから』
そう言って照れ臭そうに笑うベニマルくん。
いや、かなりノリノリで喋ってた気がするんだけど。
どう考えても、あがり症って感じのキャラじゃないよな?
『それよりも、セージュさんもルーガさんも、少し疲れてないっすか?』
「いや、まだそうでもないけど?」
「うん、わたしも大丈夫だよ」
さすがにクエストが始まってから、まだ三十分ぐらいしか経ってないしな。
今も、どんどん、催しが始まったのを聞きつけた町の人やら、テスターさんやらがこの場に駆けつけて来て、次々とイベントに参加してきているのだ。
ちょっと横の方に目をやると、だ。
「うわっ、ダンスな。よっし! ここはひとつ音ゲーチャンピオンの腕前ってやつを見せてやるぜ!」
「へえ、テツロウって、そんなタイトルも持ってたんだ?」
「あらあら、皆さん、すごいですねえ。私などは盆踊りで踊るぐらいしか経験がありませんので、どうしましょうか?」
「大丈夫だよー。ふふ、これ、踊りの種類とかは問わないクエストだからねー。その辺はエヌ様もそんなに意地悪なことは言わないからねー。あと、ついでに告知もさせてねー。『大地の恵み亭』の出張屋台で今、料理を準備中だから、用意ができたら、こっちのお店にも顔を出してねー」
「あー、コッコさんたち可愛い♪」
「もう少しでスローテンポの感じになるようですよ? コッコさんたちの踊りも段階によって変化しているのが見所だそうです」
「あっ、ラートゲルタさんも来てたんだ?」
「ふむ、何か力仕事はないか? 手伝えることなら何でもやるぞ?」
「あー、だったら、こっちに来て、人の流れを整理してもらえるかな?」
「そっちのちびっ子エルフさん! 見てないで一緒に踊ろうよ!」
「おいおい、俺ぁちょっと見に来ただけだぜ? 剣舞とかなら何とかなるが、普通の踊りはなぁ……って、おい、マーク! 横で笑ってんじゃねえぞ!?」
「すまない、十兵衛よ。ただな、貴殿の戦っている姿は確かに美しいと思うぞ? そうだな……そういうことなら、我からお嬢に話をしてみるか。武器ありの演舞もできる空間を用意できるか聞いてみるとしよう」
「にゃはは! これ、楽しいのにゃあ!」
「ヴェルさん待ってってば! ふぅ……わたし、早いテンポの踊りって苦手なのに……『壱川』のおうちゃんの姿はないかなあ? あの子なら、一緒に踊れるよね?」
「……その方は、ダークネルさんのお知り合いですか?」
「うわあ、すごいねー、お母さん! ちょっと飛んできてもいいー?」
「わたしも! わたしも! すごいわね、ここ、色んな属性の小精霊が渦巻いてるわ!」
「あんたたち、少し落ち着きなさい……って、さすがに難しいわね、この状況じゃ。かなりの数、気分高揚の術式が重ねがけされてるようだし。仕方ないわね、でもシモーヌも一緒に行きなさいよ。あと……わかってるわね?」
「えー、『猫のしっぽ亭』名物、アルガスバターはいかがっすかあ」
うわあ。
大分、場が混沌としてきたなあ。
というか、知ってる顔もけっこう混じって来たんだけど、今の状況だとゆっくりあいさつって感じでもないんだよな。
というか、これ、収拾がつくのかね?
『疲れてないなら、まだいいっすけど、魔力の『奉納』ってけっこう消耗するっすからね。一応、ここだと、ラルさまが補助してくれてるので、見た目が派手な割には、そこまで消耗はひどくないんすけど』
「あ、そうだったんだ?」
へえ、今やってる『魔力奉納』の一部はラルフリーダさんが肩代わりしてくれていたってわけか。
その分、勢いもよくって、それで光が派手派手になってるらしい。
『ケイゾウさんたちは、ほとんど踊りづくめっすけど、それは覚悟の上っすから。でも、それに付き合ってずっと頑張ってたら、明日は一日動けなくなるっすよ?』
後から蓄積した疲れが襲い掛かってくるっすから、とベニマルくん。
経験者は語る、ってやつらしいな。
なので、コッコさんたち以外は、程ほどのところで休んだりした方がいいって。
『幸い、人がどんどん集まってるっすから、そっちの人たちに任せるっすよ』
僕も休むっす、とベニマルくんが笑う。
うん。
そういうことなら、ちょっと踊りの輪から外に出ようかな。
他の人とあいさつとかもしたかったし。
そんなこんなで、踊り続けているケイゾウさんたちにエールを送りつつ。
周りの見物客の中へと混じる俺たちなのだった。




