第264話 農民、祭りの開催を見る
「コケッ! コッコッコッ!」
『セージュさん、どうやらケイゾウさんたちの準備が整ったみたいっすよ?』
「あ、そうなんだ?」
ふと気が付くと、ケイゾウさんたちコッコさんが畑の中心地に集まっていた。
俺たちがカオルさんたちと話をしながらお店の設営を手伝ったり、他の鳥モンさんたちと一緒になって、荒地をせっせと整地している間にも、コッコさんたちによる儀式の準備ってやつも進んでいたようだな。
すでに、元荒地だったはずの畑の中心部分は、きれいに耕された黒土でならされているし、とても昨日まで草木でぼうぼうだった土地とは思えない場所と化しているし。
いや、すごいな、鳥モンさんたち。
おまけにその土地のど真ん中には、どこから運んできたのか、鏡餅のような形をした丸くて大きな岩が置かれていたのだ。
まるで、石舞台のような段々のお餅石。
その上に、ケイゾウさんが乗っかって、翼を広げて胸を張っているのだ。
見た目は丸っこい鶏なんだけど、やっぱり、どこか凛として格好いいんだよなあ。
何なんだろ? あの、ケイゾウさんの仕草に溢れ出る風格は。
他の数十羽のコッコさんたちが、その周囲でぴょんぴょん飛び跳ねているのは、どちらかと言えば、愛くるしい感じなんだけどなあ。
やっぱり、一羽だけ別の鳥のように見えるぞ?
だからこそ、『一群』の隊長の座についているんだろうけどさ。
「あ、セージュ、他の鳥さんたちもどんどん飛んできてるよ?」
「本当だな。中心がコッコさんたちで、その周囲に他の鳥モンさんたちって配置か?」
『そうっすね。中から外へ、ケイゾウさんたちが陣を描いていくのが初期段階っす。その間、僕らは外側から盛り上げて、場の空気を高めていくんすよ』
「そうなんだ?」
なるほど。
初期段階ってことは、時間によって、踊り方も変化していくってことかな?
いや、詳しい流れについては教わってないし。
俺、一応主催者側なんだけどなあ。
『その時のお楽しみ』って言われても困るんだが。
だが、俺の困惑なんてどこ吹く風で。
『そうっすね。あっ――――ほらっ! セージュさん! ルーガさん! なっちゃんさん!』
横にいるベニマルくんが何かに気付いたように叫んで。
指し示された方向に目を遣ると、それは起こった。
「コケェェ――――――――ッ!」
『コケェェ――――――ッ!』
辺りを響くのは甲高いケイゾウさんの鳴き声。
そして、それに続くように声をそろえて叫ぶ、コッコさん集団だ。
普段の低くて渋い声とは異なるケイゾウさんの叫びだったが、不思議と胸に心地よく響いた。
まるで、心に直接語り掛けてくるような、そんな響き。
もしかして、普通とは違う鳴き方なのか?
そう、ベニマルくんに尋ねると。
『そうっす。今のがコッコ種の『共鳴啼き』っす。今はまだ、飛んだり招いたりできないっすけど、これがケイゾウさんたちの本領っすね』
あ、やっぱり、特殊な鳴き方なんだ?
どうやら、ある種の『覚悟』が混じった『鳴法』なのだそうだ。
ちなみに、今のケイゾウさんの叫びの意味は『準備完了!』とのこと。
『儀式の準備が整ったので、ここから始める』
『だから、よろしく』
あの伸びのある鳴き声の中に、そういう意味が込められていたそうだ。
そっちはベニマルくんの解説だったが、一方でなっちゃんもどこか嬉しそうに飛びながら、くるくると舞ったりしていた。
いや、その気持ちは何となくわかる。
あの『声』の後に湧き上がるのは、不思議な昂揚感だ。
もしかすると、それ自体が踊りのための儀式なのかもしれないな。
周囲に目を遣ると、コッコさんたちの行動を興味深く眺めていた、他の人たちのテンションも少しずつ高くなってきているように感じた。
今いる人の多くって、どっちかと言えば、踊りがメインで来ている人たちじゃないはずなんだが、それでも自然と身体が動くというか。
そんな印象を受けるのだ。
『共鳴啼き』、か?
これって、もしかすると『付与魔法』に近い効能があるのかも知れないな。
――――と。
そこまで俺が考えていると、横で説明してくれていたベニマルくんが、不意にまた、何かに気付いたようにして、羽ばたきを始めた。
あ、ケイゾウさんがこっちを見てる。
正確には、ベニマルくんを、か?
『――――あっ! 僕、ちょっと呼ばれてるんで、行って来るっすね』
「うん、いってらっしゃい」
俺たちにそう言うなり。
そのまま、石舞台の前まで飛んで行くベニマルくん。
そして、ケイゾウさんの側でホバリングを始めたかと思うと。
『……………………………………』
「コケッ♪」
『……………………。――――えー、お集まりになってる町の皆さん、今日はご協力ありがとうっす。これより、ケイゾウさんたちコッコ種による、『演舞陣』の儀式を始めるっす』
あ、なるほど。
ケイゾウさんの挨拶をベニマルくんが翻訳して伝えるってことか。
一応、この催しの理由とか、儀式に関する由来とかについても簡単に説明してくれるみたいだな。
元々は、コッコさんたち鳥モンのための家を建てるための儀式であること。
その建前として、土地に『陣』を描く。
これは、町長の許可を得ている催しである。
つまり、鳥モンさんたちがこの町の新しい住人となる。
だが、今はまだモンスターについて、認識が異なる住人が多いので、その不安を払拭して、お互いが少しでも分かり合えるための機会として、このお祭りをたくさんの住人を招く形で執り行うこととした。
それがクエスト『小鶏演舞陣』だと。
踊る阿呆に見る阿呆、ってな。
ここから一昼夜、コッコさんたちが踊り続けるので、他の参加者もその邪魔をしないように、いろんな形で踊りに参加してくれって。
音を奏でるのもよし。
歌を歌うもよし。
ただ、応援するもよし。
踊っているコッコさんたちに食べ物や飲み物を渡すもよし。
何でもよし。
ただ、できれば、見てるだけじゃなくて、一緒に踊ってくれると嬉しい、って。
そう、興奮気味に解説するベニマルくん。
横でケイゾウさんも、うんうんと頷いているぞ?
いや、ちょっとベニマルくん、ノリノリだなあ。
こういう役柄が性に合ってるらしく、すっごくいい笑顔で話してるぞ?
『あ、そうそう。後で町長さん自ら、顔を出してくれるそうっすよ』
「コケッ――――♪」
『たぶん、町に住んでる人でも、半分ぐらいはこの町の町長が誰かは知らないんじゃないっすか? 今までは、町の結界維持を中心に引きこもってたみたいっすから』
おおっ! という歓声が周りからあがった。
やっぱり、ラルフリーダさんがこういう形で表舞台に出てくるのって、かなりめずらしいケースになるらしいな。
むしろ俺たち迷い人以外の普通の町の人たちの方が驚いてるし。
『さあ、話はここまでっす! ここから、みんなで馬鹿になるっすよーーーーっ!』
「コケェェ――――――――ッ!」
『コケェェ――――――ッ!』
『うおおおおっ――――!』
うわ、すごい歓声だな!?
ちょうど、朝日が良い感じで昇って来たのも相まって、朝焼けの光が畑一帯を包み込んでいるし。
偶然なんだろうけど、舞台効果としては十二分だよな。
いや、ケイゾウさんたちの『共鳴啼き』の効果もあるのだろう。
不思議と身体を動かしたくて仕方なくなるのだ。
何というか、野生の本能が呼び覚まされていくような。
そんな感じだ。
……てか、このテンションで一日持つのかね?
「すごいね、セージュ!」
「きゅい――――♪」
「そうだな……やばいな、これ、踊りたくて仕方ないぞ?」
ちょっと思っていた儀式と違う雰囲気に飲まれつつ。
すでに鳴き声で合唱しながら、踊り始めている鳥モンさんたちの群れに混じって、その身を『演舞陣』に投じて行く町の人たちに続くように。
俺たちも、その踊りの輪の中へと飛び込んでいくのだった。




