第263話 農民、仕立て屋さんと話をする
「おはようございます、セージュさん。今日はよろしくお願いしますね」
「あ、カオルさん、こちらこそよろしくお願いします」
「はい、ベニマルもこの鉢巻き付けて。これもラルさんのご命令だよ。他の鳥たちにはもう配り終わったからね」
『あー、そういえば、そんな話もあったっすねえ。わかったっす、キサラさん』
畑に戻って来た俺たちに声をかけてきたのは、カオルさんたちだった。
どうやら、キサラさんの工房でも出店として参加されるみたいだな。
すぐ側には服とかが積まれた荷車らしきものもあるし。
ところで、このカオルさん。
前にルーガの町巡りクエストの際に、キサラさんのお店で遭遇したんだが、こっちの身体は十兵衛さんと同様にえらく若いんだよな。
いや、若いというか、幼いというか。
札幌の施設で、向こうのカオルさんと顔を合わせることがある俺としては、何度見てもびっくりとしか言いようがないんだが。
何せ、その種族が長命種のドリアードだ。
なので、見た目は小学生か中学生ぐらいだし、俺と比べても年下に見えてしまうほどだ。
確かに天然パーマっぽいカールした緑色の髪は植物系の種族っぽいわな。
向こうだとお婆ちゃんって年齢でも、こっちの長命種の基準だとまだまだ子供って感じになるようだ。
その辺は、ウルルちゃんやアルルちゃんとおんなじか?
ああ見えて、彼女たちも実年齢は俺よりも上っぽいしなあ。
とはいえ、『施設』としての、この『PUO』参加の目的がそっち系である以上は、こういうのもごくごく自然のことなんだろうな。
若返られるって選択肢があるのに、わざわざ元の身体で参加する『施設』の入居者さんって、そんなに多くはないだろうし。
いや、案外、今の自分に誇りを持ってる人もいるかもだから、その辺は確信を持っては言えないけどな。
さておき。
最初、樹人種って聞いた時は俺も驚いたんだけど、それ以上に、この町でドリアードだってことにびっくりした。
たぶん、『グリーンリーフ』では、それって特別な意味を持つことだろうから。
ベニマルくんも、カオルさんの前ではどこかピシッとしてるし。
そして、今、ベニマルくんの頭に緑色の鉢巻きをつけてあげているのが、そのカオルさんのお師匠さんでもあるキサラさんだ。
この町で、衣類などを作っている生産者のひとりで、その中でも最も腕が立つって噂の職人さんだ。
クリーム色のもこもこした髪で目元が隠れてしまっているのが特徴的な女の人だな。
その髪から小さめの角が二本生えているところから何となくわかるけど、羊系統の獣人さんなのだそうだ。
ちなみに、その能力は同族系のモンスターと仲良くなること、らしい。
なので、『迷いの森』などに生息している羊系のモンスターから、毛を分けてもらえたりするとか何とか。
目が見えないから独特の雰囲気を感じさせるけど、穏やかで優しそうな印象の人なんだよな。
「はい、これで大丈夫だよ」
『ありがとうっす、キサラさん。にしても、この鉢巻きってのは微妙っすねえ。付けてると頭がムズムズするっすよ?』
「仕方ないよ。今って、この辺りの事情を知らない迷い人がいっぱい来てるから。この間、森の羊たちに会いに行ったんだけど、何もしてないのに襲われそうになったって、怯えてたもの」
安全なモンスターを見分けられるようにしておかないと大変だよ、とキサラさんが苦笑して、その言葉にベニマルくんが嘆息する。
『あー、そういえば、僕が話しかけるとびっくりする人も多いっすもんね』
「今は少しの我慢だね。ちょっと、冒険者ギルドを中心に意識の改革を図っているから、少なくとも、わたしが関わってる迷い人たちは大丈夫かな? ね? カオル?」
「はい、キサラさん。話せばわかるモンスターさんも多いですしね」
「ね? だから、ベニマルたちも頑張って。さっき、ケイゾウちゃんにもそれは伝えておいたから。彼の部下のコッコたちなら、見た目がかわいいから、そっちからならすんなりと受け入れられそうだし」
『そうっすね。了解っす』
なるほどな。
そういえば、いつの間にか、畑で動き回っている鳥モンさんたちの多くが、この緑色の鉢巻きをしてるもんな。
確か、安全なモンスターを見分けるためだっけな?
ラルさんからの命令で、この鉢巻きをしているモンスターは襲ってはいけません、ってことになったとか、冒険者ギルドのラートゲルタさんも言ってたもんな。
それと同時に、この緑色の鉢巻きを付けていれば、モンスター種族でも門を通れるようになったようだ。
あれっ?
ってことは、なっちゃんも鉢巻きをつけないとまずいってことか?
「――――きゅい?」
「キサラさん、なっちゃんも鉢巻きを付けた方がいいんですか?」
「いや、なっちゃんは『セージュのお供』だから。その場合は、パーティーとして数えられるから問題ないよ。ベニマルもそれに近いけど、ベニマルの場合、ラルさんから命じられたってのもあるから」
さすがにそんなに懐いているモンスターなら、見ればわかるし、とキサラさんが教えてくれた。
なるほどな。
というか、『お供』?
あれ?
確か、なっちゃんって、俺のお友達じゃなかったっけ?
名前:なっちゃん
年齢:3
種族:花虫種(ナルシスビートル)
職業:セージュのお供
レベル:30
スキル:『飛行』『栽培』『突進』『土魔法』『養分変換』『身体強化』『子育て』『共通言語理解(微)』『モンスター言語理解(微)』
「おおっ!?」
「うん? どうしたの、セージュ?」
「きゅい――――?」
「いや、いつの間にか、なっちゃんに新しいスキルが増えていて、びっくりしたんだよ」
改めて、なっちゃんのステータスを見て驚いた。
まあ、レベルに関しては、例の『流血王の鎧』を倒したことで、あの時のパーティー全員に経験値が入っているから、このぐらいのレベル上昇は驚くほどではないんだが。
さっき、キサラさんが言っていたように、職業が『セージュのお友達』から『セージュのお供』に変化していたのだ。
いや、いつの間に?
というか、実質何も変わっていない以上、これって何か意味があるのかね?
この職業欄の項目って、けっこう謎だよな。
それよりも、だ。
なっちゃんの新しいスキルだ。
『共通言語理解(微)』『モンスター言語理解(微)』のふたつ。
これはけっこう大きい。
今までも、なっちゃんって、こっちの話してることがわかるっぽいなあ、ぐらいの印象があったんだが、これでスキルとして明文化されたしな。
なっちゃんが今受けている四つのクエストのうちのひとつ、【日常系クエスト:言葉を理解しよう】。
たぶん、これに関しても順調に進んできているってことだろう。
まだ、クエストクリアになってないのも、この『(微)』ってやつが原因だろうな。
これが通常のスキルになった時にでも、クエスト達成になるのだろう。
「なっちゃんも頑張ってるもんな」
「きゅい♪」
「すごいですね、こんなにかわいい子にもクエストがあるんですね?」
「はい、カオルさん。ただ、なっちゃんに関しては、未だによくわからないクエストもあるんですけどね」
カオルさんに説明しながら、あー、そういえば、と冒険者ギルドで詳しいことを聞くの忘れていたことを思い出す。
なっちゃんとルーガの文字化けクエストについてだ。
【◆◆系クエスト:◆◆と仲良くなる】
【◆◆系クエスト:モンスターと仲良くなる】
系統不明で、何だかよくわからなくなっているクエスト二種。
いや、ルーガの方は『モンスター』ってなってるからわからないでもないけど。
でも、それにしたって、ルーガもすでになっちゃんやビーナスたちとは打ち解けているから、これがクエスト達成にならない理由も謎なんだが。
まだ、別に条件があるのかね?
あるいは、今ぐらいでは十分に仲良くなっていないとか?
案外、ルーガも俺やビーナスみたいに、テイムモンスターを得ないといけないのかも知れないけどな。
まあ、いいや。
よくわからないことは、ひとまず置いといて。
「キサラさんたちは、ここで衣類を売るんですか?」
「うん、そう。あと、素材関係もかな。素材に関しては、売るだけじゃなくて買取もするからね。そっちの方は商業ギルドと話がついてるから」
普段は商業ギルドの所属以外から直接買い取りは控えてるけどね、とキサラさん。
あ、そっか。
その辺はいくつか縛りもあったもんな。
あ、そうだ。
そういえば、衣類とかに使えそうな素材で気になるものが手元にあったよな?
ちょっと、本職のキサラさんに見てもらおうか?
「あの、キサラさん、ちょっと変わった糸素材を手に入れたんですけど、そういうことでしたら見てもらってもいいですか?」
「糸素材? どんなもの?」
「はい、これなんですけど」
「―――――――――!?」
そう言って、俺がアイテム袋から『精霊糸』を取り出した途端、どこかふわっとしていたキサラさんの雰囲気が一変したことに気付く。
「――――仕舞って」
「あ、あの……?」
「後で、工房の方に直接来てもらえる? 相談に関してもそこで受けるから」
「あ、はい。わかりました」
何となく、その迫力に押されて、慌てて素材をしまう俺。
どうやら、改めて、工房で相談した方がいいらしい。
…………やっぱり、これって、特別な素材っぽいな。
いや、『精霊糸』っていう名前からして、そんな感じだし。
ウルルちゃんは、遊びながら作ったりするって言ってたけど、精霊種でもなければ、普通に作ることが難しい素材だろうしなあ。
あ、シモーヌちゃんもできるんだっけ?
何にせよ、今日のお祭りで適当に済ませていい話ではなさそうだな。
そんなこんなで。
『精霊糸』については、ひとまず棚上げにしておいて。
今日のお店などについて、カオルさんやキサラさんと話をする俺たちなのだった。




