第262話 農民、領主の家で話をする
「えーと……つまり、ラルフリーダさんの顔見せは午後からということですね?」
「はい。状況にもよりますが、それで問題ないと思います。午前中には『ノースリーフ』の方へと赴いていた皆さんがお帰りになりますので」
所変わって、ラルフリーダさんの『木のおうち』の中。
今日のお祭りに関する話と、その際にラルフリーダさんがみんなの前であいさつをする予定について、改めて確認することになったのだ。
細かい時間帯については、まだ未定、とのこと。
午前中は、色々といそがしくなりそうなので、その後なら、という感じらしいな。
その辺は、例の遠征部隊が帰って来るかららしい。
ふむふむ。
そっちの話については、『けいじばん』とかでも大雑把にしか情報が出てきていなかったんだが、ようやく詳しい話が聞けたぞ。
子供たちを連れた、町の有志が向かったのは『グリーンリーフ』の北側のエリア。
いわゆる『ノースリーフ』にある町だったのだそうだ。
この町とその『ノースリーフ』の町を往復することで、子供たちに町の外での経験を積んでもらうのだとか。
そういう意味では、遠足というか、修学旅行というか。
もちろん、戦闘訓練みたいなことも含まれてはいるみたいだけどな。
「…………そう。さっき、ラングレーから連絡があった」
「ラングレーさん?」
誰だ、それ?
ぶっきらぼうなノーヴェルさんの言葉に首を捻っていると、横からラルフリーダさんが補足してくれた。
「この町の冒険者ギルドのマスターさんですよ」
「あ、そうなんですか?」
ラルフリーダさんの言葉に少し驚く。
そういえば、まだ、この町の冒険者ギルドのギルマスには会ったことがなかったんだよな。
一応、町の中の序列としては、領主であるラルさんの方が上だろうけど、本当の意味で町の運営に携わっているのは、冒険者ギルドや商業ギルドの方だもんな。
……って、あれ?
待てよ?
よくよく考えれば、商業ギルドの方のマスターも知らないぞ?
カガチさんは『副長』だったよな?
でも、実質の実務を取り仕切っているのは、カガチさんだって、ヴェニスさんからも教えてもらったし……あれ? もしかして、この町って、マスターがいなくても何とかなるのか?
「まあ、町の中のことでしたら、私がいますしね。残っている方々も優秀な人たちが多いですから、ちょっとした不在でしたら大丈夫ですよ」
「…………お嬢様がそう言うから、調子に乗る。だから、たまにはビシッと言った方がいい」
「ふふ、遊び歩いて不在でしたら別ですがね。ラングレーさんもきちんと仕事を果たしていますからね。そこは大目に見ていいと思いますよ?」
ノーヴェルさんの苦言を、ラルさんがあっさりと退ける。
後はそれぞれの組織の問題です、って。
「もちろん、各組織に対して、お婆様が課した条件はいくつかありますがね。今はまだ、それらを行使するほどではありませんから――――ね?」
「…………畏まった、お嬢様」
笑顔で片目を閉じるラルフリーダさん。
それに対して、一瞬で、背筋をピンと立て直立不動となるノーヴェルさん。
いや。
今、ノーヴェルさんの尻尾がビクンってなったのを見逃さなかったぞ。
というか、やっぱり、ラルさんって、為政者というか、支配者の側だよな。
ほんの一瞬だけだけど、本当にたまに、怖いって感じさせる瞬間があるし。
ちょっと天然が入っているようで、やっぱり、凄味があるというか。
そんな状況でも、少し離れた場所で寝そべってあくびをしているクリシュナさんは大したもんだと思うけど。
あ、俺の横のルーガもか?
そんなに長い付き合いでもないけど、ルーガって、けっこう肝が据わっているところがあるよな、あんまり物怖じしないというか。
……えーと。
何の話をしてたんだっけ?
「ですから、遠征班の方々からも直接情報を確認したいというお話ですよ」
「…………獣、お嬢様の話はよく聞くこと。そっちの情報次第で、ビーナスたちが催しに参加できるどうかが決まる」
「あっ、すみません」
そっかそっか。
そっちにも絡んで来るのか。
その、遠征班によって『ノースリーフ』の村に関する情報次第で、ラルフリーダさんが今後採っていく方針にも影響があるってことか。
なので、午前中はそっちを優先させてほしい、と。
「中央の方は、ノーヴェルが担当してくれましたから。とはいえ、あまり喜ばしい話ばかりではありませんでしたけどね」
「…………『セントリーフ』は状況が混沌としてた。今の私でも単独での攻略は困難。なので、どうしてもクリシュナたちの力も必要」
あ、そうか。
それで、昨日会った時、ノーヴェルさんが傷だらけだったのか。
つまり、『森』の中枢へと向かっていたってわけか。
いや、ちょっと待て。
今のノーヴェルさんのレベルでも突破できない難関ってことか?
それって、どのぐらい頑張れば、俺たち迷い人がクリアできるんだよ?
まったく、先が長そうな話だなあ。
「クリシュナはあまり乗り気ではなさそうですがね」
「――――――――」
「…………まったく、困ったもの」
「まあ、気持ちはわかりますがね。確かに、お婆様自身が来るのを拒んでいるようにも見えますから」
そう言って、ふぅ、とため息をつくラルフリーダさん。
詳しいことは教えてくれないけど、あまり状況は芳しくないようだ。
そして、銀狼のクリシュナさんは、自分が話題の中心になったにも関わらず、少しだけノーヴェルさんの方に目をやったかと思うと、またすぐに頭を伏せて目をそらしてしまった。
一瞬、声のようなものを発したけど、そっちは何て言ったのか聞き取れなかった。
少なくとも、あんまりやる気がないのは伝わって来たけど。
「そちらについては、焦らず情報を集めて行きましょう。それよりも、今日はこの町でもめずらしく大きな催しですからね。そちらを盛り上げる方向で頑張っていきましょう」
気分を変えるように、にっこりと微笑むラルフリーダさん。
うん、そうだよな。
昨日の今日にも関わらず、畑があんな状態になっているのもラルさんのおかげだしなあ。
やっぱり、町長さんが本気を出すとすごいのだ。
「ラルフリーダさん、ありがとうございます。おかげで、かなりコッコさんの踊りイベントも盛り上がりそうですよ」
「うん、すごい熱気だったよね!」
『そうっすねえ、僕らも仲間うち大集合って感じで楽しいっすよ』
「本当はコッコさんの『家』作りの前準備ってだけなんですけどね」
結局、『けいじばん』でも細かいことは気にしない人たちが集まったせいか、『祭りだ祭りだ!』ってイメージばかりが先行して、『はて、これは一体何の祭りだったっけ?』って部分が完全に放っぽられているんだよな。
テツロウさんみたいに、『楽しけりゃいいじゃん』派も多いしなあ。
ちょっと申し訳ない部分もあるよな。
ただ、そんな俺の態度に、ラルさんが首を横に振って。
「そんなことはありませんよ? セージュさんたちの頑張りがあったからですよ。ふふ、まさか、本当にあの『手順表』を使える状況まで導き出せるとは思いませんでしたからね」
そう言って、微笑むラルフリーダさん。
まあなあ。
俺自身もここまで順調に行くとは思わなかったしなあ。
順調?
いや、別に順調ってわけでもないか?
今振り返ってみても、かなりの綱渡りだったような気もするし。
「精霊種を探しに『精霊の森』へと向かったのも正解でしたしね。あの後のノーヴェルからの情報を踏まえますと、仮に私が『グリーンリーフ』内の精霊種の住みかを紹介した場合、たどり着けなかった可能性が高いです」
「…………聞いたのは後だけど、たぶん無理。今の獣たちの力程度じゃ、絶対に太刀打ちできない」
あ、そっか。
対クリシュナさん、対ノーヴェルさんでのクエストもあったもんな。
『試練系』の。
あー、もしあれをクリアしたとしても、今度はその先に大きな壁があったってことか。
へえ、何が幸いするかわからないなあ。
というか、だ。
「あの、もしかして、ラルフリーダさんは、この『手順表』について何かご存知だったんですか?」
「作成者は不明ですが、そちらは元々お婆様からお預かりしたものですからね」
「そうだったんですか?」
「ええ。おそらく、『試し』の一種だったのでしょうね。もし、こちらの難題をこなすことができる相手が現れたら……ということですね」
ですから、私もその『手順表』で作られた家がどのようなものなのか興味があります、とラルフリーダさんが笑う。
いや、改めて聞かされてびっくりなんだが。
由来を今教えてくれたのも、俺がアルルちゃんを連れてきたからか?
まあ、何にせよ、だ。
ラルさんのお婆様ってことは、例の『千年樹』が絡んでいるってことだよな?
だとすれば、これも『森』の中心へと向かうための、何かきっかけになるかもしれないよな?
おっ、そう考えると、何だかより面白くなってきたよな。
そんなこんなで、お祭りに関して、他のことも内容を詰めていって。
一通り、話がまとまった後。
俺たちはラルフリーダさんの家を後にするのだった。




