第261話 農民、夜明けの畑に赴く
「わあっ! すごいね、ここがそうなの?」
「ああ。いや、俺が想像していた以上に人が多いな……」
「きゅい――――♪」
明けて、テスター八日目の朝。
まだ、ようやく夜も白々と明けてきたぐらいの時間だというのに、もうすでにコッコさんたちの『家』を建てる予定地には多くの人々がやってきて、色々な作業へと取りかかっていた。
「行くぞ――――!」
「あー、そっちそっち! なるべく、その円に入らない方がいいんだと!」
「うちはこの辺かしら?」
「空いてるとこは、自由に店出していいぞ!」
「人づかい荒いっす、副長ーっ」
いや、正確に言うと、人だけじゃないけどな。
「コケッ――――!」
「クエッ!」
「PIYOPIYO!」
「コッコッコッコッコッ!」
今も俺やルーガやなっちゃんがいる前で、せっせと地ならしの作業をしているのは、コッコさんたちを中心とする鳥モンさんの集団だ。
どうやら、ケイゾウさんたちが呼び出した助っ人さんたちらしいな。
土魔法が得意な鳥モンさんたちを中心に、順調に作業が進められている模様だ。
とりあえず、昨日からの流れを説明すると、だ。
事前準備もそこそこに切り上げて、俺も軽く仮眠を取るためにログアウトして、向こうで一眠りしたわけなんだが。
どうやら、俺が寝ている間にも、こっちの方では動きが続いていたらしい。
まず、ラルさんの鶴の一声で、お祭り設営部隊のようなものが招集されて、暇をしていた冒険者の皆さんがかき集められる。
次に、商業ギルドの方から、この町で工房なりお店なりを営んでいる人たちに話が行って、参加してくれる人たちがどんどん増加していく。
その結果、儀式を行なう場所の外側に簡易店舗のようなものが建てられ始める。
で、その設営の手伝いなどを集められた冒険者がクエストとして行なう。
簡単に言えば、そういう流れらしいんだが、問題はその規模とスピードだな。
ぐっすり眠って、ようやく『枯渇酔い』の状態から回復したルーガと合流したのが今さっきの話だ。
その後、畑までの道を移動しながら、昨日の経緯を説明していたんだが、そこで見えてきたのがこの大賑わいというわけだ。
普段は比較的閑静なはずの畑エリアが、まるで別世界だよなあ。
うん。
何というか、すごいぞ?
そもそも、コッコさんたちの『家』の建設予定地って、俺が管理を任された畑の内側のはずだったんだよな?
まだほとんど手付かずの、北側のちょっと余裕がある一角だ。
あくまでも、俺の畑の管理補助として、『一群』が派遣されてきたわけだし、前に聞いた話だと、この町の『結界』との兼ね合いがあるので、勝手に開発を広げてはいけない、ってことになっていたはずだ。
ところが、今回の催しの話が盛り上がって、蓋を開けてみると、『家』の場所が畑の外側……俺の管理区画の北側にあった広大な荒地部分へと変化していたのだ。
どうやら、お祭りをやることにした後で、ラルフリーダさんが改めて許可をしてくれたらしいな。
仮に元々の場所でお祭りをした場合、屋台を設置できない、という風に商業ギルド側から言われて。
『それでしたら、結界の流れを調整しますので、畑の区画を広げましょうか』
『折角ですし、今ある畑の区画を倍にしてしまいましょう』
『ふふ、その方がこの町のためになりそうですしね』
とかなんとか。
まあ、そういうわけで急遽、北の荒地で催しを行なうことになって。
さすがに今の荒地のままだとまずいので、慌ててその土地を地ならしすることが決まって。
その作業を夜明け前から急ピッチで進めている、と。
いや……。
何というか、無茶ぶりもいいとこだよな?
ある意味、ラルフリーダさんらしい話だけど。
ただ、それだけじゃなくて、だ。
「いや、土木作業をしている冒険者さんたちもすごいけどさ」
「うん、鳥さんたち、すごい勢いだよね」
「きゅいきゅい♪」
おそらく、『身体強化』などを駆使して、力技で土を耕しているのが普通の冒険者さんたちのやり方のようだ。
いや、獣人さんっぽい人とかかなり体格の良い男の人とかもいて、その人たちの作業速度も、向こうの世界だとあり得ないぐらい速いんだけどさ。
それ以上に圧巻なのが鳥モンさんたちだ。
ガンガン土魔法を同時並行で走らせて、次から次へと地面を耕していく鳥モンさんたちの群れ。
うん。
どうやら、ケイゾウさんやベニマルくんたちの『一群』とは別に、魔法が得意な鳥モンさんたちが集まった『一群』もあったようだな。
そういえば、俺たちに襲い掛かって来た群れも波状攻撃で魔法を使ってきたしなあ。
もしかすると、前にクリシュナさんに無効化された時の群れか?
あの時は、飛んでいた鳥モンのほぼ全員が同時に魔法を使ってきたし。
そう考えると、鳥モンさんがすごい勢いで畑を整地しているのも納得ではあるんだが。
……これ、この町の冒険者さんより、鳥モンさんの方が強くね?
何せ、数も多いし、使っている魔法の属性も多彩だ。
掘ったり均したりは土魔法が多いけど、地面に埋まっていた木の根っこやら、ゴミやらは風魔法を束ねたような使い方をして、そのまま運んだりもしてるし。
火魔法で根っこを焼いて、それを土に混ぜ込んだりもしてるし。
いや、すごいな。
何で、こんな野生の鳥さんたちが開墾作業慣れしてるんだよ?
『いや、それは『グリーンリーフ』でも定期的にこういうことはやってるからっすよ』
「あ、ベニマルくん」
気が付くと、ベニマルくんが側までやって来ていた。
どうやら、少し離れた場所で作業に参加していたらしいけど、俺たちの姿を見つけて、わざわざ出向いてくれたそうだ。
ルーガにあいさつしつつも、『元気になられたみたいで良かったっす』って、安堵の表情を浮かべてるしな。
やっぱり、ベニマルくんは優しいな。
ルーガはルーガで満面の笑みを浮かべて。
「うん、今日はわたしも元気だから、頑張るよ」
『それは何よりっす、ルーガさん』
「ベニマルくん、今いそがしいんじゃないの? 大丈夫?」
もし作業中なら邪魔したら悪い気がするしなあ。
こっちも畑の様子を見たら、すぐラルさんの家に向かう予定だったし。
そう、俺が伝えるとベニマルくんが首を横に振って。
『てか、僕が任された仕事って、セージュさんたちのお付きっすよ? いない時はある程度、自由裁量っすけど、畑に来られたら、真っ先に側に寄るのは基本っすよ』
「あれっ? そうなの?」
『はい、ラル様の第一命令っすからね』
当然っす、とベニマルくんが笑顔で頷く。
いや、確か会った最初にそんなこと言ってた気がするけどさ。
それはそれで、ちょっと重いなあ。
別にそんなに気を遣わなくてもいいのに、とは思う。
と、ベニマルくんが俺たちの周囲に目をやった後に、首を傾げて。
『そういえば、セージュさん、昨日の人たちとは一緒じゃないんすか?』
「あ、ウルルちゃんたちのこと? うん、一緒じゃないよ。今はサティ婆さんの家で寝てるよ。合流するのは朝になってからだね」
ウルルちゃんたち、『精霊の森』からの来訪者さんたちは、今はまだ眠ってるんだよな。
フローラさんはそんなに睡眠とか取らなくても大丈夫みたいだけど、他の三人、特にシモーヌちゃんか。
年相応の睡眠が必要なシモーヌちゃんと、『人化』状態の維持を続けるには、どうしても睡眠が必要となってしまうアルルちゃんとウルルちゃん。
この三人については、八時間ぐらいは寝かせてあげたい、ってのがフローラさんの判断らしい。
『あんまり無理させると、想定外のところで『人化』が解けるかも知れないわよ?』
要は、『人化』のスキルって、本当の意味で人間に化ける状態になるので、身体の組成やら、その使い方やらが人間のものと近しくなるのだそうだ。
それを聞いた時は、なるほど、って思ったけどさ。
精霊さんたちって、脳みそとかってどうなってるのかね? とも思う。
本体の時は、どういう風に機能してるのかな、って。
まあ、その辺は当の精霊さんたちもよくわかっていないようなので、あんまり深く考えない方が良さそうだけどな。
ともあれ。
そういうわけで、今、俺と一緒にいるのはルーガとなっちゃんという、いつものふたりだけだ。
まあ、これでとりあえずは、ルーガに事情を説明できたし、現状の畑の状態も確認できたので、このままラルさんの家へと向かうことにしよう。
「ベニマルくんもラルフリーダさんの家まで一緒に行く?」
『あ、それで構わないのなら、いいっすよ? むしろ、今日に限っては、その方が良さそうな気がするっす』
ご同行するっす、と笑顔で羽ばたくベニマルくんに頷いて。
俺たちはラルさんの家を目指すことにした。




