第26話 農民、領主からの頼みを聞く
「残っている商業系のクエストをどうなるんですか?」
「そっちも、引き続き挑戦してくれても構わないぞ。まだ、セージュの資質調査をしていない項目だからな。興味があるのなら、後日、依頼人の元を訪れてもらえば、それでクエストをできるようにはなってるしな」
ふうん、ということは特に期限が切られてるわけじゃないのか。
いや、道具屋の手伝いとかはともかく、商業ギルドの人の護衛なんて、無期限で募集しているお仕事なのかね? とは思うが。
その辺は、ゲームだからなのかも知れないがな。
とりあえず、現時点で終わっていないクエストはと言えば。
『クエスト【日常系クエスト:サティ婆さんのお手伝い】』
『クエスト【商業系クエスト:キャサリンのお手伝い】』
『クエスト【商業系クエスト:イザベラの護衛】』
『クエスト【日常系クエスト:ドランからの挑戦状】』
こんなところか。
「ちなみに、討伐系のクエストや収集系のクエストは、クエストを受けるのと、討伐部位や素材なんかを集めるのは、前後が逆になっても問題はないからな。別に、町の外にいく前にクエストを受けておく必要はないってことだ」
「ふふ、グリゴレの言ってることも正しいんだが、前もって、クエストを受けておけば、受けた時点での相場でやり取りがされるようになるからな。報酬の値下がりとかを気にせず、動けるようにはなるな」
あ、報酬って値が上下することもあるんだな。
カミュたちに言わせると、報酬というよりも買取り値の変動らしい。
その辺は、需要と供給のバランスってことか?
「それじゃあ、今日俺が受けとった報酬よりも安くなったりするのか?」
「ああ、素材の持ち込みとかが集中すると、結果として、価値が下がるんだ。買い取り手がいないものがたくさんあっても困るからな」
「だから、闇雲に、素材を採りまくるなってことさ。自分で使う分とか、町への流通とか、そういう部分を配慮するのが大切なんだ」
事前にクエストを受け取った場合でも、相場が担保されるのは、当日限りなのだそうだ。なので、高い時にクエストを受け取って、寝かせておくようなことはできない、と。
以前、別の町のギルドで、周辺の素材を独占採取して、値上がりを目論んだケースなんかもあったらしくて、その時の冒険者は、町の各組織から総スカンを食らったらしい。
だから、そういう真似はしないようにくぎを刺された。
「冒険者ギルドと教会は、横のつながりがあるからな。商業ギルドも、商人同士の情報網はなかなかすごいから、他の町に逃げたところで、同じ目にあうからな」
「わかった」
要はあんまりあこぎな商売はするなってことだろう。
お金を儲けても、周囲からの信頼を失ったら元も子もないしな。
「後は、そうだな……今のセージュだったら、ギルドから貸し出した装備品とかも買い取りが可能だな。全部が自前の装備になれば、ギルドからのクエストのお願いとか、そっちの束縛からは、少しは自由になるしな」
「おい……あんまり人聞きの悪いことを言うなよ、カミュ。だが、そういうことだ、セージュ。冒険者ギルドとしては、多くの冒険者に貸しを作っている形で、色々と仕事を頼みやすくしているところもあるんだ。何せ、普通の稼ぎだと、武器とか防具ってのはそれなりに高価だからな」
一応、俺も借金持ちだ、とグリゴレさんが苦笑する。
へえ、そうなんだな?
グリゴレさんが冒険者なのに、ギルドの受付業務とかをやってるのも、そういう縛りがあるかららしい。
それほど、収入的には美味しくない仕事でも、冒険者ギルドとしては、運営のために必要なので、そのための冒険者を確保する意味でも、先行投資をしているって形を採っているのだそうだ。
なるほどな。
てか、武器とか防具ってそんなに高いのか?
「そういえば、俺が借りた装備品って、いくらぐらいなんだ?」
「セージュが借りたのは、『初心者のショートソード』と『ホルスンの革鎧』だな? それだと、ショートソードが20,000N、革鎧の方が80,000Nだな」
「は!? そんなにするのか!?」
高くね!?
一日5,000Nあれば、何とか食っていける額なのに、最初期の装備のソードで生活費の4日分、革鎧に至っては16日分ってことだよな?
いや、この装備だけで、さっきもらった100,000N金貨が1枚飛んで行くぞ。
「武器とか防具ってそんなに高いのか……」
俺がため息交じりでそう言うと、カミュが苦笑して。
「そりゃあ、状態がおんぼろだったり、元々の作ったやつの腕が今ひとつだったりすれば、それなりに安いだろうがな。冒険者ギルドで貸し出しているものは、新品か、返却後にきっちりとメンテナンスを済ませたものだからな。そう簡単には壊れないし、大事に使えば、かなり長持ちする代物だよ」
「腕がない、新米冒険者がしょぼい武器で飛び出して行って、死体で帰って来ても困るからな。何より、こういうものだと、貸しを作りやすい」
初心者向けの、あんまり重くない装備ではあるが、品質はそれなりなのだそうだ。
なるほどな。
そう言われると、文句も言いづらいか。
「そもそも、武器とかだと、素材となる鉱石が近くにあるか、それを作れる職人がいるか、その辺でも相場が変わってくるからな。決して安い買い物じゃないぞ。普通は、ひとつの武器を整備しながら、大事に使うもんなんだよ。ま、ホルスンの革鎧の方は、数を多く作れないってのと、本来なら教会の非売品だから、ってのもあるんだがな。使用したものを返却じゃなくて、買取ってことになるとどうしても高くなるのさ」
それで、80,000Nか。
その分、革鎧の中でも軽くて丈夫な部類になるのだそうだ。
「あれ? でも、カミュ、確か十兵衛さんのロングソードは壊れてなかったか?」
真っ二つに折れたロングソードも、カミュがアイテム袋で一緒に持ち帰ってきていたと思ったんだが。
そう簡単には壊れないって、実際に、壊れちゃってるよな?
「やっぱり、酸とかの攻撃には弱いのか?」
「いや、まあ……それもあるんだが、そっちはあたしが悪いんだ。加減が難しかったのと、剣があると諦めないだろうから、あたしの能力で武器を壊した。この町だったら、ドワーフの職人もいるから、酸でボロボロになっても、普通だったら修復も可能だぞ」
「そうだったのか?」
え? ロングソードを素手で折ったのって、もう、剣がボロボロだったからじゃなくて、カミュの攻撃のせいってことか?
前に切り札とか言ってたやつ。
というか、素手でどうやったら、金属の武器を壊せるんだか。
うん、やっぱり、カミュは怒らせない方が良さそうな相手らしい。
「まあ、無理に買い取らなくても、しばらく借りた状態でいいとは思うぞ。セージュの場合、農具とか別の道具も武器にできそうだし、色々考えてからでいいんじゃないか?」
「どちらにせよ、冒険者ギルドや教会と関わらずに生きていくのは至難の業だからな。逆に言えば、慌てて、借金の返済を迫って来る感じでもないしなあ。町の外で戦うのにうんざりしたら、町の中の仕事をいくらでも斡旋できるしな」
やっぱり、命は大事だ、とグリゴレさんが苦笑する。
今回のラースボアみたいに稼げることもあるけど、一攫千金狙いはどうしても危険が付きものだから、と。
その言葉に俺も頷く。
この手の大物は、俺自身のレベルが上がらないと無理だしな。
十兵衛さんくらい、元からの下地がないと、普通に太刀打ちできないだろう。
今回のは、宝くじに当たったぐらいに考えておこう。
「では、よろしいですか? 私の方からもセージュさんにお話があるのですが」
「あ、はい、なんでしょうか?」
それまで、にこにこしながら俺たちのやり取りを見守っていたラルフリーダさんが、そう話を切り出してきた。
ラースボアに一件に関して、領主としてのお話のようだ。
「わざわざ、この家まで出向いて頂いたのは他でもありません、今回の突然変異のモンスターのことは、私の方でも調査に動きますので、そちらの結果が出るまでは、その情報を表沙汰にするのは控えて頂きたいのです」
これは、町長としての要望ですが、とラルフリーダさん。
「やっぱり、どこかおかしいところがあったのか、ラル?」
「はい。本来でしたら、森のモンスターがこのような場所で変異を起こすことは考えにくいのです。それも、外側の森で、ですね」
「念のため、町長の方でもラースボアの素材については確認してもらったんだ。その結果、何か気付いたことがあるらしい」
「もしかしたら、という程度ですので、調査が終わるまでは詳細は控えさせて頂きたいのですが……はい、確かに不自然な部分がありました」
えーと。
事情はよくわからないが、これもクエストってことになるのか?
「ラルフリーダさん、こちらもクエストですか?」
「そう、ですね……その方がセージュさんにとってわかりやすいのでしたら、そういう形を取りましょうか」
『クエスト【領主依頼クエスト:モンスターの調査】が発生しました』
『クエスト【領主依頼クエスト:探し人、アリエッタ】が発生しました』
『注意:こちらのクエストには守秘義務が発生します。情報を誰かに漏らした場合、失敗となることがあります』
おお!
領主依頼のクエストなんてあるのか。
それに、守秘義務か。
つまり、このクエストに関しては、情報の扱いに注意ってことだな。
いや、そもそも、アリエッタって誰だよ?
「今の情報に関しては、『けいじばん』とかでも漏らしてはいけないってことですね?」
「はい。調査の終了を持ちまして、制限を解除しますので、それまでは、ですね。その、ラースボアですが、セージュさんも討伐者のおひとりですよね? ですから、そのお力を調査の方でもお貸しください」
「えっ!? いや、ラースボアは十兵衛さんの手柄で、俺はその場に居合わせただけなんですけど……」
「いや、セージュも立派に戦力にはなってたぞ」
「おい、カミュ!」
「ふふん、あれがなかったら、十兵衛と言えども、相当に苦戦したはずだぞ。正しい評価は受け入れるもんだ」
いや、でも、そうは言っても、俺の戦闘能力なんて、駆け出しの冒険者もいいところだぞ?
そんな程度で、領主からの直接依頼なんてこなせるのか、不安だっての。
「いえ、別にこちらのクエストは解決して頂かなくてもけっこうです。もし、町の外に行った際に、偶然、そういう状況に遭遇した場合にお願いします、というものですから。そもそも、アリエッタの奔放さには私たちも手を焼いている状態ですし」
可能でしたらお願いします、とラルフリーダさんが苦笑する。
どちらかと言えば、このクエストで重要なのは、情報の漏洩を防ぐ、という部分なのだそうだ。
そのついでで、クエストも完了してくれれば、なお良し、と。
なるほど、そういうことなら、まあいいかな。
「ちなみに、そのアリエッタさんとはどんな方ですか?」
「この町で魔法屋を営んでいるエルフです。とても、研究熱心で、よく、町の外へ行かれているのですが……」
「はは、はっきり言ってやれ、ラル。あの、研究馬鹿、一度そっちの方に思考が進んだら、なかなか町まで戻ってこないって。おかげで、魔法屋はほとんど休業状態だからな」
「そうなんですか?」
「……ええ、そういうわけです」
あ、あの閉まってた魔法屋さんの店主さんか。
無類の研究好きって人らしい。
今も、森のどこかにはいるだろうけど、種族がエルフということもあり、こと森の中だと、簡単に居場所がわからないのだとか。
一応、ラルフリーダさんの関係者の多くは、常に、このクエストを受けた状態にあるのだそうだ。
「ほとんど遭遇するのは、運に近いからな。はは、セージュ、そっちのクエストは失敗して当然のやつだから、あんまり気にしなくてもいいぞ。ま、何かのついでに見つけられたら儲けもんってな」
「はい。今回の調査にも適した方なのですが、その所在を見つけるのは大変ですので」
「わかりました。そのアリエッタさんと会えたら、町まで一緒に戻って来ればいいんですね?」
「お願いします」
まあ、受けるだけなら並行で受けても問題なさそうだものな。
そう考えて、俺は笑顔で、ラルフリーダさんの依頼を受けるのだった。




