第260話 農民、明日の予定について詰める
「わーい! ダンスダンスー!」
「コケッ♪」
「こんな感じ? くるくるっと!」
「CAR♪ CAR♪」
「うー……お姉ちゃんたちみたいに飛べないですよ……」
「アルル、ウルル、ちょっとあんたたち、楽しいのはわかったから、あんまりそっち系の能力を使わないようにね。『浮遊』はまだいいけど、周囲の小精霊が呼応し始めてるじゃないの」
あんまりそういうことするとばれるわよ、とフローラさんが叱る。
俺とかベニマルくんがちょっと畑関係の真面目な話を続けていたので、一緒についてきたウルルちゃんたちが飽きてしまって、途中から他の鳥モンさんたちと踊り始めちゃったんだよな。
ケイゾウさんは、こっちで一緒に話を聞いてたけど、ヒナコさんを中心に他のコッコさんたちが相手をしてくれて、お尻ふりふりしたり、空中で回転する感じのダンスを三人に教えてくれたりしていたらしい。
結果、それを真似したウルルちゃんとアルルちゃんが空中で風に乗って踊るような感じになっているんだけどさ。
うん。
これ、あからさまに普通の人間にはできない行為だよな?
一応、叱ってるフローラさんの話だと、『浮遊』系統のスキル持ちなら、種族を問わず可能な動きではあるらしい。
もっとも、当のふたりの場合、目一杯楽しんでいる状態だと、自然に小精霊を引き寄せたり、周囲を光らせたりとかするらしく、さっきまで大分暗かったはずの周囲が様々な色の光を放っているのだ。
うん。
これは目立つよなあ。
今だったら、『暗視』なしの状態でも、畑で光ってるのが何となくわかるだろうし。
遠くから誰かに気付かれないと良いけど。
とはいえ、やっぱり、精霊さんたちもダンスみたいな行為は好きなようで、『精霊の森』でも頻繁にそういうことはやっていたそうだ。
「そうね。『精霊陣』を張り直したりする時とか、私も踊ったりするわ。踊ることで、周辺魔素なんかの流れを生み出すこともできるから、遊んでいる風に見えて、実はけっこう重要なのよ?」
「あ、そうなんですね?」
なるほどな。
回転の動きとかも、法則性を持たせることで、その手のコントロールとかにも応用できるらしい。
実際、そう言って、ターンを決めるフローラさんの動きもキレがあって、見ていてすごく美しいんだよな。
見る者を惹き付ける感じの動きというか。
あー、そういえば、前にファン君が舞ってくれた時もそんな感じだったか。
どうやら、『舞踊系』の能力には自然と魅了の効果が上乗せされたりもするようだな。
さっきから、ウルルちゃんたちが踊っているのを見て、周囲の鳥モンたちも少しずつテンションが上がって来てるし。
……って、いや、ちょっと待ってくれ。
「ケイゾウさん、今から踊りスタートじゃないですよね?」
「コケッ!」
『心配しなくても大丈夫っすよ、セージュさん。何だかんだでセージュさんたちも長旅で疲れてるでしょうから、明日の朝以降で改めてでいい、ってケイゾウさんも言ってるっす』
「あ、助かります、ケイゾウさん」
「コケッ♪」
ベニマルくんの通訳を聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。
さすがに、今の状態から始めるのはしんどいのだ。
ルーガほどじゃないけど、俺も自分の身体が疲れてきているのがわかるし。
一度帰って、少しでも寝ておかないと明日はもたないだろう。
ただ、さすがに大事になってきた以上は、今すぐ休むわけにもいかないので、それで畑の件を話し合ったあとで、明日の予定についてとかも微調整を続けているのが現状だ。
今も何だかんだで、『けいじばん』とメール機能がフル稼働な状態だしな。
とりあえず、催しの詳細部分については、冒険者ギルドと商業ギルドの協力を得られる体制にはなったらしい。
いや、正確に言うと、すでにラルフリーダさんの指示で動き始めていたってことらしいので、俺がどうこうしたわけじゃないけど。
一応、もうすっかり夜も更けた状態ではあるけど、まだ冒険者ギルドは開いているみたいだし、商業ギルドの方も、何だかんだで窓口業務を終えた後でも、担当職員が夜も滞在しているらしく、この手の臨時業務の時は夜でも動いてくれたりするらしい。
『ふふ、夜でも儲け話は待ってくれませんから』とは、『けいじばん』でのカガチさんの談だ。
まあ、儲け話だけじゃなくて、モンスター襲撃なんかの緊急事態の可能性もあるので、その辺は不寝番のような役目を、交代で行なっているらしいけどな。
『自警団』とも連携を取ったりとか。
あ、そういえば、もう『自警団』が動いている時間か?
俺、まだパトロールしている『自警団』の人と会ったことがないんだよなあ。
俺たち迷い人の中でも、夜型の行動の人とかは、そっちのお仕事を手伝ったりすることもあるみたいだけど。
その辺は、ヤマゾエさんが前に言っていたことだ。
――――と。
そんなことを考えながら、明日のことについてもケイゾウさんたちと話をしていると。
「…………獣、お嬢様から伝言」
「あれっ? ノーヴェルさん?」
突然、何の気配もなく、ノーヴェルさんが畑までやってきたのだ。
てか、さすがは黒豹の獣人さんというか、この暗がりの中で気配を消されると、本当に闇に溶け込んでいるように見えるよな。
来ている服も黒っぽいし。
というか、だ。
あれ? いつもと違って、俺、ノーヴェルさんから名前呼ばれた?
いや、もちろん、例の『男はけだもの』ってニュアンスは前面に出てるけど、そういう感じの呼ばれ方をしたのは初めてだったので、ちょっとびっくりした。
まあ、あんまりそっちに驚いていると、例によってノーヴェルさんの機嫌が氷点下になるだろうから、気付かなかったふりをして、だ。
話の方へと戻る。
「ラルフリーダさんからの伝言ですか?」
「…………そう。『明日、催しが始まる前に私の家まで来てください』、って」
「あ、はい。わかりました」
どうやら、ラルフリーダさんの方から直接伝えたいことがあるそうだ。
今じゃダメなのかな? って思ったけど、この時間だと、当のラルさんが領域内の調整のお仕事に入ってしまっているので、そっちが終わらないと人型の姿では会えないのだそうだ。
というか、余計な邪魔はしないよう、ノーヴェルさんから念を押されてしまったし。
ちなみに、もの凄くどうでもいいことだけど、伝言って形なら、ノーヴェルさんも丁寧な言葉遣いができるんだな?
だったら、ラルさん相手でもそうすればいいのに、とか思う。
まあ、案外、ラルさんには甘えているだけかもしれないけど。
そう思うと、目の前のツンツンしている人が可愛く見えてくるから不思議だ。
実際、ビーナスやみかんに対する接し方を見ると、本質の部分では優しい人だってのが何となくわかるけどさ。
そもそも、何でここまで男嫌いなんだろうな?
ちょっと謎というか、気になる話ではある。
そういえば、ラルさんの護衛さんも女性が多いっぽいし。
「コケッ?」
「…………そう。だから、タイミングを計るって」
『ラル様本人が顔を出すって話っすね?』
「…………そういうこと。さすがに今回は直接顔を見せたい、ってお嬢様が」
ケイゾウさんとベニマルくんの問いに、微妙な表情を浮かべて嘆息するノーヴェルさん。
不埒な連中がいるかもしれない場所にお嬢様を出したくない、って。
まあ、その辺は護衛の観点からの言葉でもあるようだな。
多分に私怨が混じっているように感じるのは、俺の気のせいだろう。
うん。
「…………それじゃあ、要件は伝えた。帰る」
「あ、そうだ。ノーヴェルさん、みかんの様子はどうです?」
「…………ビーナスと一緒に寝てる。ふかふかでちょっと可愛い」
そう言って、一瞬だけ頬を緩めたような表情を浮かべるノーヴェルさん。
ただ、それを見ていた俺の視線に気付いたらしく、すぐに仏頂面になって、そのまま闇へと消えてしまった。
『相変わらず、厳しい人っすねえ。もうちょっと肩の力を抜けばいいと思うんすけど』
「コケッ!」
「さっき、みかんを抱いていた時はゆるゆるだったけどね」
『へえ! それは驚きっすね!』
ノーヴェルさんが去った後で、そんなどうでもいい話をする俺たち。
まあ、何にせよ、明日はラルさんの家に顔を出す必要はあるようだ。
ケイゾウさんたちも、それが終わるまでは待っててくれる、って言ってるしな。
そんなこんなで。
翌日の準備などでばたばたしつつ。
テスター七日目の夜は更けて行くのだった。




