第254話 農民、調合の話に驚く
「あ、そういえば、セージュさん。私、新しい薬の調合に成功したんですよ」
「おっ! そうだったんですね? おめでとうございます」
どうやら、俺がいない間にハヤベルさんも『調合』を頑張っていたみたいだな。
新しい薬かあ。
さすがは薬関係の本職だよなあ。
そう、俺が純粋に祝福していると、ハヤベルさんが苦笑しつつ首を横に振って。
「いえ、これはセージュさんのおかげでもあるんですよ?」
「えっ? 俺の?」
あれっ?
ちょっと、予想外なことを言われたぞ?
俺、何か前に言ったっけ?
「はい。ほら、傷薬を作る際に、油を使ってみてはどうか、ってお話がありましたよね? それを試したところ、『薬油』ってアイテムを作ることができたんですよ」
「あ、油ですか」
思い出した。
そういえば、そんなことを言ってた気がするな。
ちょっと他にやることが山積みになってたから、後回しにしてたけど、バターに関しては教会にも打診はしてるし。
どうやら、ハヤベルさんは前に言っていたモンスターの油を集めてみたらしいな。
ぷちラビットの脂とか。
「ハヤベルにゃん、すごいのにゃ。これが完成品なのにゃ」
「何で、ヴェルフェンさんが誇らしげなんですか……って、あれ? もしかして、これって……」
「そうにゃ、ポーションなのにゃ!」
ヴェルフェンさんが、テーブルの上に取り出したビンを前に胸を張る。
いや、横でハヤベルさんも苦笑してるけどさ。
どれどれ?
【薬アイテム:薬油】ハヤベルの薬油(油脂/植物/魔法水) 品質:3
ハヤベルによって作られた薬油。傷を癒す効果を油に溶け込ませた薬油。飲用の油を用いていないため、飲みにくいがその効果は高い。
即効性あり。簡単な傷ならすぐに回復できる。
ミュゲの実の味が残っているため、そのまま飲むとひどい味がする。
「あっ、『薬油』がポーションなんですね?」
へえ、すごいな。
即効性のある薬なんだ?
こっちの世界だと、いわゆるポーションが油ってことなのか?
何にせよ、ハヤベルさん、大発見だな。
というか、横でサティ婆さんも苦笑しているし。
「本当に呆れたもんだね。いや、ここは褒めるところだろうけどさ。まさか、昨日今日、薬を作り始めたばかりで、薬油を作れるようになるとはね」
「サティトさん……ポーションって、確か、『虹彩国』の?」
「ふふ、そうさ。仙人たちの秘匿技術さね。さすがにあたしもハヤベルからこれを見せられた時には驚いたよ。まあ、これのおかげで、難しい工程を全てすっ飛ばしてるからねえ。確かに新米薬師でも可能っちゃあ可能だけどねえ」
そう言って、サティ婆さんが示したのは、『お腹の膨れる水』だ。
あ、そういえば、これって魔法水なんだよな?
この間、俺がその話をした後で、サティ婆さんもジェムニーさん印のこの水を買って来て色々と試してみたのだそうだ。
「あたしもね、さすがに『薬油』の細かいレシピまでは知らなかったからねえ。むしろ、作れてしまったことに驚いたのさ。何だい、この水。魔法水の属性のバランスが『薬油』を作るのに適した組み合わせになっているようだしね。いくら何でも、この水が500Nはないだろうさ」
おおぅ。
どうやら、このジェムニーさんお手製のいかさまアイテムは、ものすごい効能があったようだ。
まず、前にサティ婆さんが言っていたように、そもそも魔素を水に溶け込まして作る『魔法水』を生み出すのが一苦労らしい。
おまけにこの『薬油』、いわゆる即効性を持たせた回復薬って、こっちの世界だとまだ一部の国でしか確立されていないのだとか。
精霊種のサティ婆さんの情報網でも、作り方に関しては知ることができず、実物を手に入れるのが精一杯だったとのこと。
一応、この大陸の南東部にある仙人様の国で作られてはいるらしいけど、ここ数百年はその国も鎖国をしていて、外部から入ることは難しいとか何とか。
「少なくとも、薬師ギルドでもこのレシピはないよ。だからこそ、『幻の薬』って言われてるぐらいだしねえ」
「それを聞いて、私も驚きました。それでセージュさんにお礼を言ったわけです」
「え? どういう意味ですか?」
ハヤベルさんが変なことを言い出したぞ?
俺はそう思ったんだが。
「ジェムニーさんのお話ですと、お腹が膨れる料理を水にしてほしいと頼んだのはセージュさんだそうですね? 『薬油』の話をしたところ、かなり驚かれてましたよ?」
「ふふ、『うわあ、やっちゃった!?』ってね。ただ、引き続き、これからもこの『水』を卸してはくれるそうだよ」
あー、なるほどなるほど。
どうやら、この町で簡単に『魔法水』が手に入るようになったのも、俺が原因と。
いや、ちょっと待て。
ヴェルフェンさんとか、さすがとか言ってるけどさ。
あの時点で、俺が適当に言ったことがこんな形で返って来るなんて、俺自身も想像してないっての。
とはいえ、冷静に考えると、だ。
「この町なら、即効性の高い回復薬が作れるってことですか?」
「はい。まだ、品質は低いですが、これからも色々と試してみたいですね」
「うん。私も作れたよ、セージュ君。品質はハヤベルさんより低いけど。だから、『調合』スキルなしでも作ろうと思えば作れると思う」
あ、ダークネルさんも作れたのか。
そういえば、今日はハヤベルさんと一緒に調合部屋にいたって言ってたっけ。
ただ、そういうことなら、材料さえ集められれば、迷い人なら、この『薬油』を作るのはそこまで難しくはなさそうだな。
「この町以外だと難しいだろうけどね。ジェムニーからも商業ギルドに卸すつもりはない、ってはっきり言われたし」
そう、サティ婆さんが苦笑する。
『あー、どうしよどうしよ、またレイさんに叱られるよぅ……いや、これに関してはエヌさまも許可してくれてるし、そもそも一度表に出してしまった以上は、それをなかったことにするのはまずいしー』
『おい、ジェムニー、お前、何頭抱えてるんだ?』
『ちょっと、こっちの話ー! よーし! どうせなるようにしかならないよねー。開き直っちゃおうっと。あと、ドランはこっちは気にしないで料理を作って! お客さんが待ってるんだからー!』
『おっ? おお……』
以上、サティ婆さんが目撃した『大地の恵み亭』での一幕でした。
まあ、何となく状況はよくわかった。
結局のところ、またジェムニーさんがやらかしたってことらしい。
ただ、エヌさんも知っててやったみたいだし、前にカミュが口にした話だと、俺たちなら即効性の高い回復薬を開発しても大丈夫らしいから、必ずしもミスってわけじゃないんだろうけどな。
うん。
救済措置ってことで。
「ふーん? 回復薬ねー? ウルルたちの場合、レランジュの実を食べると元気になるから、あんまりそういうのはよく知らないなあ――――って、あ痛っ!?」
「レランジュの実にゃ? ウルルにゃんたちの住んでるところにはそんな実があるのかにゃ?」
「薬でもないのにそのような効果があるのですか?」
あー、またウルルちゃんが余計なことを。
すでにフローラさんが頭にごつんってやってるけど。
えーと……これについても話したらまずいのかね?
それとなく、サティ婆さんの方を見ると、俺の考えてることが何となくわかったらしく、にっこりと微笑まれた。
どうやら、それについては話してもいいらしい。
なので、俺も報酬としてもらった実の方を取り出して。
「これです。果物の一種ですね。柑橘系っぽい味がしますし」
【素材アイテム:素材/食材】レランジュの実
トヴィテスの村で栽培している果実。
甘酸っぱくて美味しい。
そのまま食べるも良し、搾っても良し、焼いても良し、凍らせても良し。どんな料理にも合う不思議果実。調理法によって食感が変わったりもする。
環境によって、少し生長が変わったりもする。
採れてからほとんど経っていないため新鮮。
「うわっ!? すごいのにゃ! みかんっぽいのにゃ!」
「トヴィテスの村、ってのがセージュ君が出かけていた場所ね?」
「ふふ、懐かしいねえ。あたしも最近は食べてなかったからねえ」
「うんー! 美味しいよっ!」
「一応、苗も頂いてきましたので、畑で栽培してみようとは思ってますよ?」
「本当ですか、セージュさん?」
「あー、良かったのにゃ。さっきまでの話だと、けっこうその村って遠いんだってにゃ? セージュにゃんみたいに、鳥さんに乗せてもらえないと大変なのにゃ」
「セージュ君、その鳥さんについても『秘密系』なの?」
「はい、おそらく」
ダークネルさんの問いに答える。
もちろん、カールクンさんたちの存在は教えても大丈夫だろうけど、どうやって仲良くなるかについては、領主さんがらみのことになるのでそっちは答えられないのだ。
畑でレランジュの樹を育ててみるのは、『精霊の森』からも許可を得ているので、そのぐらいは大丈夫だろうけど。
いや、そもそも、果物の樹の場合、育てば目立つからわかっちゃうだろうし。
「そっか、畑と苗を組み合わせれば、そういうこともできるんだね」
「そういうことです」
こうやって、こつこつと食材を増やしていくのだ。
これで、町の料理事情もよくなって……ふふ、楽しみだなあ。
うん。
やっぱり、どんどんやれることが増えるのって楽しいよな。
そんなことを思いながら。
夕食の時間は過ぎて行くのだった。
セージュが適当に言ったことで、思いのほか大事になってきています。
『薬油』に関しては、現時点では薬師ギルドでも一からは作れない難易度になっています。
何気に『お腹が膨れる水』がいかさまアイテムというお話です。
なお、通常の『魔素料理』の場合、調合への転用は難しいようになってます。
『水』だからこそ、こういうことができる、というわけですね。




