第251話 農民、サティ婆さんに家に帰る
「セージュにゃん、おかえりだにゃん」
「あ、ヴェルフェンさん、ただいま戻りました」
サティ婆さんの家に着くと、乾いた洗濯物を抱えたヴェルフェンさんと遭遇した。
どうやら、ちょうど今、外に干していた洗濯物を回収したようだ。
もうすっかり日が暮れてしまっているので、どうやら、ヴェルフェンさんも家に帰ってくるのが遅くなったみたいだな。
と、俺たちの方を見て、ヴェルフェンさんが目を丸くして。
「随分大きな鳥さんを連れてるのにゃ? って……にゃにゃ? ルーガにゃんは大丈夫なのかにゃ? 随分と疲れてるみたいだけどにゃあ」
「うん……ちょっとだるいよ」
「今、ルーガはちょっと『枯渇酔い』の症状がひどくてですね。それで、歩くのも辛そうだったので、こっちのカールクン三号さんに運んでもらっていたんですよ」
「クエッ!」
カールクン三号さんの背中で脱力して、垂れ状態になっているルーガを心配するヴェルフェンさん。
まあ、そうだよな。
騎乗用の鳥モンの存在にも驚くだろうけど、それ以上に、いかにも疲労困憊って感じでぐんにゃりしているルーガの姿の方が目につくだろうし。
本当は、三号さんもラルフリーダさんの家の辺りで休むはずだったんだけど、思った以上にルーガの消耗が激しかったので、わざわざここまで乗せて来てもらったのだ。
まあ、一応、カールクンなら、畑作業とかで町の人にも見られているので、ビーナスやみかんほどではないってわけで、そっちの許可はもらうことができたんだけどな。
意識こそ戻ったけど、あんまり身体に力は入らないみたいなので、ルーガには早いところ休んでもらった方が良さそうだし。
「なるほどにゃ、ちょっと待っててにゃ、洗濯物を置いたら、ルーガにゃんをお部屋まで運ぶの手伝うにゃ」
言うが早いか、その場でぴょーんと飛び上がったかと思うと、そのまま屋根へと飛び乗って――――あっという間に、ヴェルフェンさんの姿が消えてしまった。
一瞬、何事かと思ったけど、そういえば、ヴェルフェンさんの部屋って、玄関から真反対の奥側の部屋だもんな。
家の中を通り抜けるよりも、そっちの方が早いって判断だったらしい。
いや、ヴェルフェンさんのそういうところって、初めて見たから俺もびっくりなんだけど。
すごいな!
たぶん、身体能力が高い種族だからできることだろうな。
『ふえぇ、すごいジャンプ力だねー』
「って、ウルルお姉ちゃん、飛べるじゃないですか」
『そうだけど、ウルルもわたしも飛ぶ時ってあんまり速度出せないのよね』
「そうね。獣人種……いえ、ちょっと違うみたいね。そっちの跳躍系の種族スキルじゃないかしら」
横で見ていたウルルちゃんたちも感心してるし。
いや、そうこうしているうちに、ヴェルフェンさんがまた屋根の方から飛び降りて、戻って来たぞ?
「お待たせだにゃあ」
「いや、すごいですね、ヴェルフェンさん。こんなの初めて見ましたよ?」
「にゃにゃ? そうだったかにゃ? ユミナにゃんも同じことできるのにゃ。にゃあは魔猫だけどにゃ、獣人種と同じようなこともできるみたいなんだにゃ」
「あ、そういえば、ユミナさんも獣人種でしたっけ」
料理人のユミナさんも山猫の獣人だったもんな。
あんまり料理と関係なさそうだけど、今みたいなすごいジャンプとかもできるらしい。
何でそんなことをヴェルフェンさんが知っているかというと、一緒にパーティを組んで、町の外に行ったりもしたからなんだって。
「昨日はセージュにゃんの畑のお手伝いをしたけどにゃあ、今日はちょっとお婆ちゃんのクエストを受けようと思って、素材集めに行ったのにゃ」
それで、門のところで出かけようとしていたユミナさんと出会ったのだとか。
そういえば、今って、単独での外出が難しいんだったもんな。
ちょうど、ユミナさんも食材探しをしようとしていたらしく、それで一緒に出かけたとのこと。
というか、俺の畑の手伝いもしてくれてたのか?
だったら、改めてお礼を言おうと思ったのだが。
「って、感心してる場合じゃないのにゃ、セージュにゃん。先に、ルーガにゃんをお部屋まで運ぶのにゃ」
「わわっ!?」
そう言って、俺たちが返事をする間もなく、そのまま、ルーガの身体をお姫様抱っこするヴェルフェンさん。
うわっ、すごい。
さっきの跳躍もそうだったけど、軽々とルーガの身体を抱えてしまったぞ?
いや、完全に不意を突かれていたから、抱えられたルーガの方がびっくりしてるけど。
身体が光ってるわけじゃないから、『身体強化』を使ってるわけでもなさそうだし。
にもかかわらず、スレンダーな感じのヴェルフェンさんが腕の力だけで軽々と人ひとりを持っているのってすごいな。
俺もビーナスを抱えたことはあるけど、『身体強化』なしだと町までもたなかっただろうし。
魔猫さん、恐るべし、だ。
「それじゃあ、行くのにゃ」
「えっ? えっ?――――ちょっとちょっと――――」
そうこうしているうちに、ヴェルフェンさんがルーガを抱えて、家の中へと入ってしまう。
俺たちが止める暇もなく、だ。
――――って。
「ヴェルフェンさん、サティ婆さんはいます!?」
「――――お婆ちゃんなら、台所の方にいるのにゃ――――」
家の奥へと消えて行くヴェルフェンさん。
辛うじて、俺の最後の問いかけは聞こえていたらしく、大きめの声だけがこっちに聞こえるぐらいの音量で響いて。
後に残される俺たち。
「……セージュ君、追いかけなくていいの?」
「まあ、ちょっとびっくりしましたけど悪い人ではないですから」
いや、猫語尾でキャラを作っているとは思っていたけど、俺の想像以上にノリが強い人だったのな、ヴェルフェンさんって。
ただ、あの人もルーガの部屋は知っているから、そのままベッドまで届けてくれたと思えば、特に問題はないだろうな。
うん。
後で、残っているルーガの荷物と今日の夕食を届けるついでに、部屋の方へと顔を出すことにしよう。
『魔族の猫さん、すごいねー』
『あ、ウルル、あんた勝手に『視た』わね? ここは『森』じゃないから、そういうのはダメってお母さんも言ってたじゃないの』
『あれー、そうだっけー?』
「ウルルお姉ちゃん、注意点の八点目ですよ」
あ、どうやら、ウルルちゃんがステータスを読んだらしい。
そういえば、『鑑定』みたいなことも得意なんだっけ?
まあ、そのことで他のふたりから怒られてるみたいだけどさ。
――――魔族、か。
やっぱり、ヴェルフェンさんって、魔族の一種族なんだな?
となると、モンスター系とはちょっと違うのかもしれないな。
その辺は本人もよくわかってないみたいだけど、後でウルルちゃんの言葉を伝えてみても良さそうだ。
閑話休題。
サティ婆さんは台所か。
もしかすると、夕食の準備か、後始末かな?
時間的にそんな感じだろうし。
何であれ、ちょっと込み入った事情がありそうなので、早めに会う必要はあるよな。
「ひとまず、ルーガに関してはヴェルフェンさんに任せましょう。どっちにせよ、先にサティ婆さんに話をしないといけないですしね。フローラさんもそのつもりで一緒に来たんですよね?」
「ええ。サティトって名前は初耳だけど、ルルフレインは私もよく知っている名なの」
だから、ぜひ会わせて欲しい、とフローラさんが真剣な表情で頷く。
そういう意味ではヴェルフェンさんが行ってしまったのはちょうど良かったか?
たぶん、俺とかルーガでもあんまり同席しない方が良さそうだしな。
というか、それもあるけど、ウルルちゃんたちが今夜泊まる場所の問題もあるから、そっちは何とか、サティ婆さんに頼まないといけないのだ。
この家、なんだかんだで広いから、まだ空室はあるはずだけど、その辺は俺が勝手に判断するようなことじゃないし。
少なくとも、ゆっくりしてる場合じゃないと判断して。
俺はフローラさんたちと一緒に、台所へと向かうのだった。




