第248話 農民、『精霊の森』を後にする
「それと、セージュたちには悪いが、今日中に出て行ってもらうことに関しては、報酬でも変えることはできなかったとだけ、詫びておく」
『現状、一応、緊急事態が続いているからねー。この状況だと歓迎の態勢も整ってないし。かと言って、『一区』よりも内側には入れられないし』
「できれば、ルーガが目を覚ますまでは休ませてやりたかったんだがな……すまない」
そう言って、グリードさんが頭を下げてきた。
「まあ、仕方ないだろうな。何だかんだ言っても、精霊の多くは外からやってきた者への不安が大きいからな。グリードはまだ話がわかる方だが、他のやつらはそういうわけにはいかないってことだろ?」
「その通りだ、カミュ。そもそも、オットーにしても、フローラにしても、そこまで嫌悪感こそ抱いていないが、中間派か反対派寄りだからな」
『別に僕は闇雲には嫌ってないよ? その個人を見るから。少なくとも、ここにいるメンバーなら、問題ないとは思ってるよ。でもねー、そうじゃない層の方が割合としては多いってことも自覚してもらいたいかな』
対応しているのが、その手の忌避感が少ない者ばかりだから、とオットーさん。
だから、僕らだけ見て判断しないように、って。
なるほどな。
出入りの許可こそ得られたけど、あっさり『精霊の森』に認められたわけじゃないってことか。
『そうだねー。今回の件が、仮に僕らの過失で、一方的に頼る形だったら、その辺の風向きも変わったと思うんだけどね。でも、ぶっちゃけ、今回の件って、『森』の過失はほぼないから。そうなると、へそを曲げる連中もいるってわけ』
「……申し訳ありません。わたくしたちのせいで……」
「いや、クレハもあんまり気にする必要はないぞ? 少なくとも、きっかけにはなったんだからな」
本来だったら、これだけでも破格の報酬だ、とカミュが笑う。
そうだよな。
結果的に、クレハさんたちのおかげでもあるわけだ。
その言葉にグリードさんも頷いて。
「ああ。カミュの言う通りだ。名目上は同胞を助けるため、だからな。そういう意味では報酬に乗せやすかったな」
少なくとも、グリードさんたちもやれる範囲で動いてくれたのがわかる。
まずは、『精霊の森』と接点を持つことができて良かったぐらいで十分なのだろう。
おまけに、別の事情はあるようだけど、ウルルちゃんたちも俺たちと一緒の『オレストの町』まで来てくれるみたいだしな。
ルーガがまだ起きないことを除けば、申し分なさすぎだよな。
「はい。アルル、ウルル、シモーヌ。『外』に行く時の注意点。私の後について復唱しなさい。まず第一点。『人化』状態の維持。はい!」
「「「『人化』状態の維持!」」」
「第二点目、『鑑定』に対しての警戒厳守。はい!」
「「「『鑑定』に対しての警戒厳守!」」」
「第三点、正体がばれそうな場所では『完全憑依』。はい!」
「「「正体がばれそうな場所では『完全憑依』!」」」
「第四点――――――――」
おおぅ。
後ろの方では、フローラさんから、『森』の外へ行く時の心構えと注意点についての確認が始まったぞ?
ていうか、随分と項目が多いのな。
まあ、それだけ、精霊種が外のことを警戒しているってことなんだろうけど。
途中から、他種族の社会に溶け込む方法とか、緊急時の対応とかの復唱にもなってるみたいだけどさ。
何か、時々、遠足の時の注意みたいのも混じってるぞ?
一応、横で聞いている感じだと、常に『人化』を保って、不自然なことをやらないことが大切みたいだな。
この三人の……いや、フローラさんも小っちゃくなったら、少女って感じの身体になってるから四人か、その場合はなるべく子供っぽい風を装うこと、って。
それに関しては、あんまり問題なさそうだな。
何だかんだ言って、ウルルちゃんとアルルちゃんって、精神年齢若そうだし。
たぶん、年上だろうけど、俺よりも自然体で子供っぽく見えるし。
……うん?
それも実は演技だったらどうしよう……。
何となく怖い想像をしてしまったぞ。
「ねえ、マスター。それで結局この後どうするの? 今からだと少し急がないと、夜までに戻れないわよ?」
「あ、そっか。もうそんな時間か」
ビーナスに指摘されて、すでに午後二時を回っていることに気付く。
一応、帰りのルートに関しては、ビーナスが要所要所に苔を生やしているから、そっちをたどれば大丈夫だけど、最短距離で走り続けて、およそ半日かかるから――――。
「これ、ここでのんびりしてる場合じゃないな」
「そうね。準備が整い次第、出発しましょう」
「でも、ルーガはどうするんだ? さすがにこの状態で猛スピードのカールクンたちに乗るのってきついと思うんだが」
今も、カールクン四号さんの背中で乗った状態でまったく起きる気配のないルーガを見ながら、これだとあんまりスピードを出せないんじゃないかと考える。
「ぽよっ!」
「えっ? 何よ? みかんにいいアイデアがあるの?」
「ぽよっ♪」
ビーナスの問いに、自信ありげに宙に浮いたまま、誇らしげに左右に揺れるみかん。
というか、ビーナスも完全じゃないけど、みかんが言っていることが何となくわかるようになってきたのな?
たぶん、『モンスター言語』かそっち系の影響だろうけど。
ふうん?
そこまで言うなら、ちょっとみかんに任せてみようか。
何だかんだ言って、けっこう頼りになるかもだしな。
元『レランジュマスター』だしな。
「カミュとアスカさんは、そのまま教会本部に向かうんだな?」
「ああ。もうちょっと進めば、修道院があるから、今日はそこで一泊だな。後は全力で飛ばして、明日中には着ければいいとは考えているな。まあ、その辺はアスカがどこまで頑張れるか次第だが」
「……何とか頑張るわね」
うわ。
ここに来た時以上にペースをあげるのか。
アスカさんも大変だなあ。
まあ、その調子で頑張れば、そのうち、『騎乗』のスキルでも生えてきそうだけどな。
というか、白虎さんたちもすごいよな。
ふむ。
カミュたちは最初に言っていた予定通りみたいだな。
そして、クレハさんたちも。
「わたくしたちは、この『村』に残って、精霊術師を目指しますわ。ここでしたら、モミジが食べられるものもたくさんありますしね」
「――――――――♪」
「わたくしも、精霊術の適性があるそうですので、お嬢様と共に、そちらを目指す予定です。あくまでもわたくしは付き添いですが」
そういう感じで。
クレハさんたちも『精霊の森』で修行を続けるとのこと。
こっちも当初の目的通りだよな。
結局、どうして、他の迷い人と距離を置きたいのか、って話に関してははぐらかされて教えてもらえなかったけど。
まあ、ユウとかラウラみたいなケースもあるから、それはそれでプレイスタイルとしてはありなんだろうな、と納得しておく。
カミュも言ってたけど、裏とか考えてもキリがないし。
もし、俺がこの会社に就職できたら、その手の話も教えてもらえるかもしれないしな。
今は、ゲームの中でやれることを精一杯頑張るだけだ。
そうこうしているうちに。
それぞれの出発準備が整ったので、お互い挨拶をかわして。
改めて、グリードさんたちにもお礼を言って。
二日間滞在した『精霊の森』を後にしたのだった。




