第246話 農民、報酬を受け取る
「……随分と静か、ですね」
無事、『トヴィテスの村』の『人の館』まで戻って来た俺たちだけど、今朝出かける時とは打って変わって、その辺を走ったり飛び回ったりしていた精霊さんたちの姿がほとんどなくなってしまっていた。
大きな砦のようなお屋敷には人気がほとんどなく、ただひとり、玄関……正門は閉じているから勝手口の玄関で、静かな微笑みを浮かべたフローラさんが出迎えてくれた。
「そうね。私は迎えのために、ここに戻って来たけど、まだ他の精霊たちは念のため、避難を続けているのよ」
「あ、そうなんですか?」
フローラさんの言葉に少し驚く。
とはいえ、よくよく話を聞いてみると、当たり前のことだとよくわかる。
あの『鎧』一体で、危機的な状況に陥ったわけだけど、さっきカミュとグリードさんが話していたように、それとは別に『地震』を起こした存在もいるかもしれないし、また更に別に、あの『鎧』を使って、混乱を起こそうと目論んでいた敵がいるかもしれない。
狙いがたまたまクレハさんたちだったのか。
モミジちゃんの存在に気付いて、精霊種として狙われたのか。
あるいは、最初から『精霊の森』に対しての攻撃だったのか。
現時点では目的がはっきりとは断定しがたいので、すぐには警戒態勢を解くことができないのだとか。
「まあ、その可能性は低いと見ているがな。少なくとも、今日一日は避難した者たちにはそのままでいてもらうつもりだ。『転移陣』さえ封じてしまえば、『二区』と『三区』が護りとなってくれるからな」
なので、そう簡単にはそこから奥にはたどり着けなくなる、とグリードさんが笑う。
そういえば、『三区』って、水で覆われている区画なんだよな?
『二区』に関しては聞いたことがないけど、そっちもそっちで一筋縄ではいかない区画になっているらしい。
『まあ、山は越えたと思うけどね。一応、僕とトワで『森』の周辺警戒のレベルを強めて、監視にあたってるし。今のところ、『戦闘狂の墓場』の方には、動きはなさそうだね』
あ、オットーさんの声だ。
もうここなら、『遠話』が届く範囲になってるもんな。
とりあえず、無事で何よりだよ。
「オットー、結界の修復作業はどうだ?」
『順調。まあ、壊れた分を治すだけだからねー。もうすでに、縮小した分については、元の広さまで戻してるよ』
「すまんな、お前に負担をかける」
『んー、そういうのは別にいいよ。僕が普段、適当にしてられるのも、こういう時のためだからねー。ふふ、まあ、暇なときよりは楽しいかな? もっとも、連日連夜こんな感じなのは勘弁だけどさ』
「そう言ってもらえると助かる」
『あー、そうだ。グリード、言われた通り、報酬を用意したよ。物に関しては、フローラに持たせてあるから』
「そうか、すまないな」
『あと、延長の件は、やっぱりダメだね。今回の件の場合、僕らが一方的に助けてもらったわけじゃないから、これで条件を緩めることはできないってさ』
「わかった。それについては残念だが、まあ、仕方ないだろう」
そう言って、オットーさんの言葉に頷くグリードさん。
というか……あれっ?
今のふたりの話し合いって……。
「グリードさん、今のお話は?」
「ああ。クレハ、ツクヨミ、モミジ、この三名については、既に『精霊の森』の預かりとなったからな。それを救ってくれたことに関して、俺たちからセージュたちに対して、報酬を渡すことが決まったのさ」
「……良いんですか?」
報酬は嬉しいけど、何となく悪い気がするんだけど。
俺がそう言うと、横にいたフローラさんもにっこりと微笑んで。
「セージュ君たちの場合、ウルルたちの件もあるわ。それに関しては、純粋に問題解決への手助けをしてくれたのだから、それに報いるのは当然のことよ」
「うんうんー。良かったねー、セージュ」
「だから……ウルル、あなたがそういう態度でどうするの……まったく……」
他人事のように喜んでくれているウルルちゃんに半眼を向けながら、溜め息をつくフローラさん。
「……まあ、いいわ。結果的にウルルたちも頑張ったわけだし。とにかく、礼には礼で報いるのは精霊種として当然のことよ」
「そこを曲げてしまっては、ただの偏屈な種族に成り下がるからな」
やっぱり、そういう意味では義理堅い種族なんだな、精霊種って。
別に好き勝手な理由で、他種族と敵対しているわけじゃないようだ。
まあ、何にせよ、報酬がもらえるのは嬉しいな。
もしかすると、これはこれで『PUO』のクエストのシステムの一環なのかもしれないけど。
そんなこんなで、グリードさんとフローラさんから示された報酬が以下の通りだ。
クレハさん、ツクヨミさん、モミジちゃんに関しては、『精霊の森』の住人になる権利のみで、それで終わってしまっている。
元々、この騒動の原因でもあるし、あくまでも自分たちのために戦った、という位置づけになるために、そうなったようだ。
それに関しては、三人とも特に不満はないようで、一番重要だった『精霊の森』に住める部分が解決しているため、それで充分とのこと。
アスカさんは『鎧』との戦いでサポートした分で。
・『精霊の森』への出入りの権利。
・『精霊の森』の『一区』『トヴィテスの村』への出入りの権利。
・レランジュの実。
・精霊糸を一種類。
以上を得ることができた。
これによって、今後は『精霊の森』の結界に阻まれることなく、『村』までは行けるようになるらしいな。
なので、また来ることができる、ってアスカさんも喜んでいるし。
レランジュの実と精霊糸についても、他の場所では入手困難なアイテムなので、かなりレアだしな。
これらを外に持って行けるのはかなり大きいよな。
あと、白虎さん二頭については、『鎧』との戦いで避難の補助を担当してくれていたので、『森』への出入りの権利プラス、果物の詰め合わせがもらえたらしい。
かなり避難の助けになって、移動の苦手な精霊さんにとってはありがたかったってところだろうな。
そのせいか、果物の種類が増えているみたいだし。
早速、もらった果物をその場で食べてるしな。
白虎さんたちって肉食かと思ったら、普通に果物も食べるのな?
今、カミュやアスカさんも手伝って、せっせと食べさせてるし。
ちなみに、カミュに関しては報酬は不要となったらしい。
そんなに役に立ったわけじゃないから、迷惑をかけた分と相殺で、ってことで。
ただ、グリードさんに言わせると、少し裏事情を推測できるようになったので、それはそれでありがたかったみたいだけど、結局、カミュが辞退したことでその辺はなかったことになっている、と。
カールクン三号さんと四号さんにも、果物セットが振舞われた。
特に、三号さんに関しては、俺たちと一緒だったこともあって、ウルルちゃんたちの件にも関わっているので、ちょっと報酬が多めになっていたんだけど、そこはそこ、鳥モンさんたちのルールで、こういう場合は半々で分配することになったらしい。
その辺は、詳しくはわからなかったけど、チームとして行動している場合は、全体報酬って考え方もあるらしいな。
そうしないと、役割分担が成立しないとか何とか。
そういう話を聞いていると、やっぱり、鳥モンさんたち『一群』の人たちって、規律がしっかりしているんだな、って感心してしまう。
もちろん、活躍の度合いで、差を付けることもあるみたいだけど。
俺となっちゃんとビーナスに対する報酬は、ひとまとめになっている。
ウルルちゃんたちの一件の分と、『鎧』を退けた分。
それで得られたものは。
・『精霊の森』への出入りの権利。
・『精霊の森』の『一区』『トヴィテスの村』への出入りの権利。
・みかんを『森』の外へ連れ出す許可。
・レランジュの実、および苗木。
・精霊糸セット。
・『精霊樹の森』の土。
基本の報酬は、他のみんなと大きくは変わらないというか、『森』への出入り権だな。
ただ、他の報酬に関しては、俺の職業が農民であることを話して、条件交渉をした結果、ちょっとだけプラスしてもらえたんだよな。
レランジュの樹の苗木と『精霊樹の森』の土、だ。
一応、このふたつについては、フローラさんからもあっさりと許可がもらえた。
そもそも、俺の場合、『ビーナスの飼い実』になったみかんを連れて行くので、そういう意味では既に、外でレランジュの樹を育てるのを認めてもらったようなものなので、ちょっとしたサービス分という形で了承された。
そして、それだけではなくて、だ。
「セージュ君たちに関しては、それらの他にもうひとつ報酬があるわ」
「と言いますと?」
「ふふ、ちょっと私たちの方でも確認しないといけないことが増えたので、それに付随する形なんだけど、『オレストの町』ね? そこまでウルルたちを一緒に連れて行ってほしいの」
「あっ! お母さん、それ本当ーっ!?」
「『外』に行ってもいいのっ!?」
「お外!?」
「ええ。今、セージュ君たちへの報酬って言ったけど、それに関しては、アルルとウルルとシモーヌへの報酬ね。ふふ、よく怖がらずに頑張ったわね。それに、こうやって無事に帰って来てくれたし。昨日の話し合いと、今日の分のグリードからの評価で、三人の外出を認めることにしたの」
……本当、無事で良かったわ。
そう、フローラさんが小声でつぶやくのが確かに聞こえた。
やっぱり、ウルルちゃんたちが『鎧』との戦いに加わるのをあまり望んでいなかったんだろうな。
何となく、そういう風に感じた。
無邪気に、『森』の外に出られることを喜んでいる三人とは対照的だな。
「俺としても嬉しいですけど、でも、それでいいんですか?」
正直なところ、かなりありがたい。
昨日もフローラさんには、その件で相談してはいたものの、アルルちゃんに一緒に来てもらうのはかなりハードルが高いと思っていただけに、少し不安もある。
「ふふ、さっきも言ったけど、精霊側の事情もあるのよ。だから気にしないで。それとも、もしかして、連れて行けるか心配しているのかしら?」
大丈夫よ、とフローラさんが微笑んで。
次の瞬間、フローラさんの身体が緑色の光に包まれたかと思うと。
「――――へっ!?」
「『私も保護者としてついて行くから』」
光の輝きが収まった後に立っていたのは、さっきまでの大きさより少し小さくなったふたりのフローラさんだった。




