第245話 農民、『精霊の森』の最西端へと戻る
「あっ! カミュ、さっきまでどこに行ってたんだ?」
「ああ。ちょっと怪しいやつを見つけたんで、そっちを探しに行ってたんだ」
ユウたちを見送った後、無事に『精霊の森』の側まで戻って来た俺たち。
確か、グリードさんが『一区』の『最西端』って呼んでいた辺りだな。
荒野が広がっていて、頂上のあたりが真っ平になっているテーブルマウンテンのような山が点々と乱立している場所だ。
さっきは慌てていたせいか、ちょっと見過ごしていたけど、この辺の風景も大概だよなあ。
たまに強い風が吹いて、砂嵐というか、土埃が巻き上がったりもするので、何というか、喉とかに悪そうなところではある。
とりあえず、ルーガが意識を失って、カールクン四号さんの背中で横たわっている以外は、特に大きな犠牲もなく済んだわけで、ようやく一息つくことができたってわけだな。
もちろん、みかんも元の大きさよりも小っちゃくなってはいるけど、命に別状はなさそうだし、少しずつでも適合素材を食べると、またどんどん成長できるらしいので、そっちは気にしなくて問題ないのだとか。
そんなこんなで、一息ついた俺たちの中に、いつの間にカミュが戻ってきて合流していた。
いや、横を向いたら普通にいるもんだから、突然でかなりびっくりしたぞ?
何というか、神出鬼没な存在だよな、カミュって。
さておき。
「怪しいやつ? ……って誰だ?」
「うん? もしかして、さっきの『地震』を起こしたやつか? もしそうなら、俺たちとしても捨て置けないぞ?」
俺の質問に被せる形で、グリードさんからも詰問口調の問いが飛ぶ。
まあ、もし本当に『森』に向けて攻撃を仕掛けてきたのなら、明確な敵だってことになるだろうしな。
ちょっと熱くなっているというか。
『鎧』との戦闘中に、横から変なことをしたのが許せないようだ。
対して、カミュの方もグリードさんの方を見て、渋い顔をしているけど。
「遭遇することはできたのか?」
「あー、グリード、少し落ち着けよ? 一応、あたしも会うことはできた。だが、『地震』との因果関係については、確信が持てなかった。正直、あんたが思っているよりも面倒な相手なんだ。やってないこともやった風に装うし、その逆も同様のやつだからな」
やれやれ、とカミュが嘆息して。
「ぶっちゃけ、まともにやりあうだけ、こっちが損するやつだからなあ。あたしも深くは踏み込めなかったんだ。悪いな」
「ああ……何となく、相手がわかった」
その可能性は考慮していた、とグリードさんもまた肩をすくめる。
「えーと……結局、誰?」
「聞かない方がいいぞ、セージュ。正直、あんたのトラブル体質と関わらせたくない相手なんでな。あたしらが詳しい話をしただけで、面倒事のスイッチが入る危険性があるのさ。ま、それ以上は気にするな」
「そうだな。一生関わらずに済むなら、それに越したことはないだろう」
「うん? グリードもあいつの被害を被っているのか?」
「まあな。一度や二度じゃないぞ。結果的にはプラスになることが多いが、少なくとも、自分から仲良くしたいとは思わんな」
「へえー、そんな人がいるのー? グリードおじさんー?」
「……あんまり興味を持つなよ、ウルル? お前もおそらく、好みの範疇に入っているからな」
こちらが意識すると、あちらも意識を強める。
だから、それについては忘れた方がいい、とグリードさん。
『深淵を覗くものは、深淵からも覗かれているのだ』ってやつかね?
いや、よくわからんけど。
「ふうん? 変なのー」
話を聞いていたウルルちゃんたちも首を傾げているけど、それ以上はカミュもグリードさんも話すつもりはなさそうだな。
というか、その方が俺たちのため、なんだとか。
うん。
何を言ってるのか、さっぱりだよな。
そもそも、さっきまで少し怒っていたはずのグリードさんも、その相手に気付いた途端、『地震』を起こされたことに関しても怒るのをやめているしな。
結局のところ、詳細はさっぱりだが、どうやらカミュはその相手に会うために、戦闘の途中で別行動をとっていたってことらしい。
とりあえず、そっちの件は何だかんだで放って置いても害はないらしいので、改めて、俺たちの方の経緯をカミュに伝える。
『鎧』の方は、みかんやウルルちゃんたちの頑張りやユウたちの協力などのおかげで倒すことができて。
最後に『鎧』が放った自爆攻撃みたいなのも、ルーガの魔法みたいなので回避することができた、って。
もっとも、その代わりにルーガが今も『枯渇酔い』で意識を失ったままだ、とも付け加えておく。
「できれば、ユウたちにもカミュと会わせたかったんだけどな。カミュって、『けいじばん』で有名だから、俺たち迷い人にとっては、会ってみたい存在になってるし」
「悪いな。まあ、そっちはあたしも興味があるから、今度、レジーナの王都に行く機会があったら、ちょっと顔でも出してみるよ」
まあ、好んで出向きたい場所じゃないけどな、とカミュが苦笑を浮かべる。
そうなのか?
アーガス王国に関しては、カミュも嫌いだって言ってたけど、レジーナの方も、そんなに乗り気じゃないってことか?
うーん。
何となく、『PUO』の人間の国ってあんまり良い国がないのかね?
まあ、その件は別にいいや。
それよりも、カミュにはもっと聞きたいことがあったんだよな。
「カミュにひとつ聞きたいんだが」
「うん? 何だ?」
「さっき、ルーガが気を失う直前に、光る槍みたいなのを飛ばしたらしいんだけど、それについてカミュは何か知ってるか?」
「うんうんー、後ろから見た感じだと、『光魔法』の槍みたいだったよー?」
「そうね、ウルル。わたしもそう思ったわ。あれって、光の精霊たちが使える系統の魔法に近いんじゃない?」
あ、どうやら、ウルルちゃんやアルルちゃんにはそう感じたらしいな。
生憎、俺は後ろから何かが飛んできたぐらいしか認識できなかったし、『鎧』の欠片に集中するので手一杯だったので、本当に何が起こったのかさっぱりだったんだよな。
「確かに、さっきまでウルルちゃんが使っていた『水槍』を光に置き換えた感じには見えたわね」
「軌道が直進ではないものもございました」
「ほぼ同時に四発、ですわね」
ふむふむ。
なるほどな。
アスカさんたちの話も踏まえると、その光る槍みたいなのは複数飛んで行った感じみたいだな。
やっぱり、槍か。
それに『光魔法』に近い、って。
「さっき、グリードさんから、俺たちがはぐれた時にも同じようなものが使われたって聞いたからさ。その時はたぶん、カミュとも一緒だったろ?」
正確には、カールクン四号さんと、カミュが騎乗していた白虎さんも一緒だけど。
ベニマルくんでもいないと、四号さんの言葉がわからないのだ。
こっちからの言葉はなっちゃんが伝えることができるっぽいけど、肝心のなっちゃんの言葉も俺だとよくわからないし。
なので、この場合、その時の状況を知っていて、かつそれを言語化できるのはカミュだけってことになる。
俺がそういうと、もの凄く嫌そうな顔でカミュがため息をついて。
「まあなあ……監視されていた以上は、そうなるとは思ったが……悪いが、詳しくは説明できない。それに関しては教会の秘匿事項になるからな。なので、この件に関してはルーガにもほとんど何も教えていないんだ」
「えっ? そうなのか?」
ルーガ自身もよく知らないってことか?
となると、目を覚ました後で聞いてもあんまり意味ないってことなのか?
「私も、ダメなの?」
「ああ。アスカも今のままではダメだな。もうちょっと教会への献身を重ねる必要があるぞ」
なるほど。
どうやら、シスターになったアスカさんでもまだ資格不足らしい。
「そういうことなら仕方ないけどさ。一個だけ確認してもいいか? 教会の秘匿事項ってことは、あれって、もしかしてカミュの能力ってことか?」
「……まあ、そのぐらいならいいか。どうせ、後でルーガから伝わるだろうしな。そうだ。あたしの能力のうち、ひとつだけルーガも使えるようになった、ってわけだ」
「それって、前に俺とかなっちゃんが受けたような『付与』によるのか?」
「残念だが、それも含めて、秘匿事項だな」
けっこう、厳しいな。
違うとも正しいとも言えないってことか?
まあ、何らかの形で、カミュの持っていた能力をルーガも手に入れたって、そういう風に認識しておくか。
うん。
何であれ、そのおかげで、あの時、俺も『死に戻ら』ずに済んだしな。
「カミュ、ありがとうな。おかげで命拾いしたよ」
「いや……それはルーガの機転のおかげだな。あたしがどうこうって話じゃないぞ」
そう言って、苦笑を浮かべるカミュ。
……って、あれ?
俺たち、細かい部分までカミュに話したっけ?
どこか違和感を覚えつつも。
そんなこんなで、『鎧』との戦いを話しながら。
そのまま、『精霊の森』の『村』へと戻る俺たちなのだった。




