第244話 巡礼シスターと王妃の会話
《同時刻》
《『精霊の森』から少し離れた、とある山中》
「あらあら、予想通りと言うべきかしら? それとも、予想外というべきかしら?」
「馬鹿な……ルーガの『光閃』で決着、だと?」
「くく、私よりもカミュの方が驚いているようね?」
そう言って、頭の上の狐耳を楽しそうにぴくぴくと動かしながら、遠く離れた場所を映し出していた空中の水鏡を消し去るハイネ。
水鏡として機能していた水が、ただの水玉と化して、その直後に単なる水の塊となって、地面へと落ちていく。
それを見ながらも、身体に水がかかることも気にせずに、カミュがハイネの方を睨みつける。
「あの『鎧』の能力だったら、投石として機能したら、石の表面すべてが『武器』として認識されるはずだろ? だったら、例え『光閃』であろうとも貫かれて終わりだ。どうやったら、あんなことになる?」
「あら、カミュったら、その問いに私が答えると思うの?」
「…………だったな。仮に知ってたとしても、あんたが答えるはずがないか」
「くく、まあ、いくつかは推測できるのではないかしら? 例えば、『鎧』の形状の問題ね。わかる、カミュ?」
「…………おっ!? それこそ予想外だな。まさかあんたがこっちの話に付き合う意思があるとはな」
「ええ。ちょっとだけよ? 今、面白いものが見れたしね。『鎧』が粉々になってしまったことを差し引いても、それ以上に私はご機嫌なの」
だから、特別よ? とハイネが口元を隠しながら微笑む。
一方、その反応からカミュは眉根を寄せて。
だが、下手に余計なことを言えば、ハイネが気分をころころと変えてしまうだろうから、あえて触れずに、そのまま話を続ける。
「『鎧』の形状か……つまり、あんたは既に『鎧』による攻撃の絶対性が失われていたというんだな?」
「ふふ。断定はしないわ。あくまでも推測のひとつね。でもね、それでは面白くないと思わない? あなたならどう考えるのかしら? 仮に、あの時点でまだ『初代王』の能力が残っていた場合、それを打ち破る手段は存在するの?」
「不可能だろ」
やや考えた後で、カミュがそう答える。
「本当に?」
「真正面からでなければ、方法はあるさ。だがな、能力が発動した状態の『武器』はあらゆるものを切断し、貫通する、そういう呪いに近い」
「ふふ、もう少し考えなさい、カミュ。あなたは既に答えを知っているはずよ? もっとも、そのためには、あり得ないと最初の段階で切り捨てている可能性を思い出す必要があるのだけれどね」
「あり得ない、だと……?」
そう、疑問符を浮かべるカミュを、ただ微笑を浮かべて見つめるハイネ。
「真正面から破る方法か?」
「ええ」
「ありとあらゆるものを貫くってのにか?」
「では、そのありとあらゆるものを貫く、というのは何に依るものなのかしら?」
「…………ああ、なるほど。そういうことか」
ようやく、そこでカミュが気付く。
だが、確かにその選択肢は、先程ハイネが言った通り、カミュの中で『できない』という意味で排除した可能性だ。
「確かに、同じ能力持ちなら可能だな」
「ええ。あるいは、それ以上の、ね。くくく。ね? 簡単でしょ?」
「まあ、理屈の上ではな。だが、あの場にいた連中だけで、その能力にたどり着くことはできなかったはずだ」
ハイネが言っている可能性は机上の空論に過ぎない。
確かに、『鎧』と同じ、あるいはそれ以上の能力を持っていれば、対処は不可能ではないだろうが、そもそも、それと同等のスキル構成の者があの場にはいなかったのだ。
こんなものは思考実験に過ぎない、とカミュは嘆息する。
「あらあら、そのルーガの能力でも?」
「そもそも、ルーガが使ったのは、元はあたしの『光閃』だ。まだ、ルーガにとっても馴染んでいないし、使い方の工夫をする時間もなかった。事実、使った後で消耗に耐え切れずに倒れているだろ?」
あたしの補助なしで使えるほど甘い能力じゃない、とカミュ。
「そうではなくて。私は別にルーガの能力を、その『光閃』だと言った覚えはないわよ?」
「あん……? 何がいいたい、ハイネ?」
「くくく、もう少しよく考えなさい、ってことよ」
何だと? とカミュがいぶかしげな表情を浮かべて。
ややあって、カミュの顔が驚きの色で染まる。
「ちょっと待て!? まさか、ハイネ、あんたはルーガの『スキルなし』のことを――――!?」
「ああ……そういえば、カミュって、向こうでもほとんど中央大陸でしか過ごしていなかったのね? だったら、確かに気付きにくいかもしれないわね」
「そもそも、こちとら、あんたほど長生きしてないっての……なるほどな。ルーガみたいなケースは向こうでも割と多いのか?」
「多くはないわ。そもそも、『統制型』の能力に目覚めるケース自体が稀だしね。ふふ、でも、簡単なスキルすら覚えられないのは、『統制型』の基本よ?」
覚えておいて損はないわ、とハイネが微笑む。
「そこまでは知ってる。問題はその先だ」
「くくく、だったら、それ以上は教えられないわね。でもまあ、あのルーガって女の子に関しては、カミュも身をもって確認しているんでしょ? だったら、どうすれば可能かぐらいは気付きそうなものよね」
「……いや…………おい、ちょっと待て!? ……だが、そんなことができるのか……? だって、敵対している相手だぞ!?」
「ふふ、詳しくは教えないけど、そういう『縁』があったってことよ」
動揺するカミュに対して、ハイネが満面の笑みを浮かべて。
「だから、私も面白いって言っているの。まさか、こんなところで、別の可能性と出会えるとは思わなかったから」
だから、とハイネが続けて。
「またひとり、興味深い子が増えたわ。ふふ、これで退屈しなくて済みそうね」
「おい……ルーガもセージュも素直なんだから、あんたの面倒事に巻き込むなよな。ただでさえ、トラブルメーカーみたいなやつらなんだからさ」
「あら、ご挨拶ね。私が目をかけるってのはそういうことよ? それをどう生かすかは、その子たち次第よ」
「生かさず殺さず、だろうが……ったく。もういい、あたしは行くぞ」
「ええ。私もね。後は次の機会を待つことにするわ。ふふ、ええ、楽しみね」
楽しくて楽しくて仕方ない、と口元の笑みを隠そうともしないハイネに対して、カミュがもう一度だけため息をついて。
「わかってるだろうが、あんまり無茶なことをするなよ? エヌのやつがぶち切れたら、即座に浸食率が上昇するぞ。そうなったら、あっちにも影響しかねないからな」
「あら……くくく、エヌもスノーもそれが目的だと思ったわよ? でも、カミュ、あなたはどうやら違うようね?」
「当たり前だろ。あたしは教会のシスターだぞ。頑張っている者の味方だよ」
「ふふ、私もそうよ?」
「……あながち間違ってないから腹が立つんだよなぁ……まあ、いいや」
じゃあな、とカミュがその場から立ち去って。
後に残ったハイネもまた、影と共にゆっくりと消えて行き。
消える直前。
一言だけハイネが言葉を発して。
「……『初代王』との『縁』ね。ふふ、エヌの狙いも見えてきたわね」
そうして。
後に残ったのは、静けさを取り戻した森だけだった。




