第243話 農民、周囲を振り返る
「何が起こった……?」
その場で呆気にとられているのは俺だけではなかった。
最後の破片を回避した後、後ろを振り返ると、ルーガが倒れているのが見えた。
それを周囲にいたみんなが慌てて介抱している。
逆に言えば、最前線で戦っていた俺やユウ、それにエディは最後の方で何がどうしてどうなったのかが、まったくわからなかったのだ。
いや……はっきりしていることはひとつ。
「どうやら、破片は動きを止めたようだな」
「そうだね、ユウ。一応はこれで倒したってことになるみたい」
ユウとエディがそう言って、お互いの顔を見て頷いている。
改めて、俺も『鎧』が立っていた場所に目を遣ると、さっきまで『鎧』がいた地点を中心として、粉々に砕け散った破片が周囲に散乱している光景だった。
あと、さっきの謎の光が破片の一部を彼方へと飛ばしてしまったので、これで全部ではないだろうけど。
まあ、『鎧』の検分は後回しだ。
少なくとも、すでに沈黙しているようだし、それに、だ。
頭の中に、例のぽーんという音が響いた。
『クエスト【試練系クエスト:『流血王の鎧』の暴走を止めろ】を達成しました』
クエスト達成のアナウンスが流れた。
これなら、『鎧』は倒したということで間違いないだろう。
なので、そっちはユウたちに任せて、俺はすぐに倒れているルーガの元へと向かう。
ユウたちにも、『討伐系』のクエスト達成のメッセージが流れたみたいだしな。
「大丈夫なのか? ルーガは?」
「そうね、マスター。気を失ってるだけみたいよ?」
『いきなり倒れるからびっくりしたよー』
『いきなりじゃないでしょ、ウルル。その前の光の槍みたいなのも、そうでしょ?』
「あ、そうだったのか?」
さっきの最後に放たれた光は、ルーガが発したものだったらしい。
というか、横で見ていたビーナスやなっちゃんもびっくりしたらしく。
「驚いたわよ。ルーガって、てっきり弓での攻撃が得意だと思ってたんだもの。もしかして、さっきのも弓の技なのかしら?」
「――――きゅいきゅい!」
「マスターは知ってたの?」
「いや……俺も今まで見たことがなかったぞ?」
ビーナスに尋ねられたけど、俺もルーガに関しては魔法とかは使えないって思ってたからな。
何せ、『スキルなし』だし。
もっとも、この『スキルなし』も曲者で、スキルとして存在しないものでも、ある程度はルーガもこなせていたことは知っている。
弓に関しては言うまでもないよな。
たぶん、スキルに換算すれば、『弓技』レベルのことはできていたはずだ。
何せ、鳥モンさんたちとの戦闘で、かなり離れた距離を飛ぶ鳥モンにも命中させていたからな。
正直、『PUO』の世界の狩人ってすごいんだな、って思ってたし。
後は、『鍛冶』修行での成功までの早さとか。
あれで、俺は『鍛冶』スキルを覚えることができたから、ルーガも今の俺と同程度の技術はあるはずだし。
だから、ルーガに関しては、この『スキルなし』って、ステータスに表示されないだけで、能力自体は持ってるんじゃないか、って俺も疑っていたのは事実だ。
ただ、魔法に関してルーガが使ったことはなかったので、何となく、魔法は無理なんだろうぐらいに考えていたんだが。
さっきの光って、速度といい、威力といい、かなりのものだったよな?
何せ、あっという間に『鎧』に着弾して、そのまま、彼方まで飛んで行ってしまったわけで、少なくとも、かなりの遠距離攻撃が可能であることは間違いないだろう。
結局何なんだろうな、と思っても、当のルーガはと言えば、気を失ったままで、グリードさんの介抱を受けている状態だし。
と、そのグリードさんが頷いて。
「どうやら、魔力枯渇が原因のようだな。自分の限界以上の力を使い果たしてしまったのだろう。まあ、危ないところではあったが、命に別状はなさそうだ」
「本当ですか!? グリードさん!?」
「ああ。『枯渇酔い』の症状がひどいがな。下手をすると一日は目を覚まさないだろうが、時間経過と共に徐々に回復していくはずだ」
そっか、良かった。
ルーガも無事ってことか。
というか、さっきの状況を振り返ると、このルーガの攻撃がなかったら、少なくとも、俺は『死に戻っ』ていた可能性が高いよな。
いち早く、『鎧』の動きに反応していたユウや、少し離れた場所にいたエディウスなら、致命傷は避けられたかもしれないけど、俺はどうやっても無理だったし。
「ありがとな、ルーガ」
未だ意識は戻っていないけど、ルーガに向かってお礼を言う。
どういう能力を使ったのかは知らないけど、ルーガが無理してくれたおかげで助かった、って。
「それにしても『光の槍』か……一応、それに関してはオットーからの報告でもあったぞ? 『一区』のトラップゾーンで使用された形跡があるようだな」
「えっ!? そうなんですか!?」
グリードさんの言葉に驚く俺。
どうやら、俺たちとはぐれた時の出来事みたいだな。
となると、その時にルーガと一緒にいたのはカミュか。
……って、相変わらずカミュの姿はないんだが。
どこ行ったんだ? あの不良シスターは。
「魔法か、武技か、どういう能力かまでは特定できなかったようだがな。まあ、何にせよ、助かった。結果的にあの『鎧』を倒してくれたわけだしな。俺たち、精霊種からも礼を言おう。もっとも、それはルーガが目を覚ました後で改めてだがな」
『うんうんー! ちょっと怖かったもんねー、あれ』
全然魔法が通じなかったもんねー、とウルルちゃんが笑う。
グリードさんも『精霊の森』の管理者のひとりとして後でお礼するって。
それに、そもそもの原因でもあったクレハさんたちも、申し訳なさそうに謝っていたけどな。
そっちも、ルーガが目を覚ました後に、改めてって形になるだろうけど。
一方で、そのウルルちゃんなんだけど、シモーヌちゃんの肩のところに浮いているのはいいとして、今、見た目はほとんど裸の状態なんだよな。
それが精霊種の本体の姿なんだろうけど、緊張が解けた今の状態だと、ちょっと目のやり場に困ると言うか。
まあ、横のアルルちゃんもそうなんだけど。
そう、俺が言うと。
『あー、ちょっと待ってね、セージュ。今戻るからー』
『別に自然の姿なんだから、恥ずかしいとかないと思うんだけどね』
「いや、ふたりとも、『森』の『外』に行きたいなら、もうちょっと恥じらいを持った方がいいぞ」
「ふふ、そうね。セージュ君みたいな男の子ばっかりじゃないわよ?」
だから気を付けなさい、ってアスカさんも言ってくれた。
てか、俺はアスカさんの中では純情って評価らしい。
うん……?
どっちかって言えば、ヘタレか?
ええ、悪うございましたね。
まだ経験不足で免疫がないんですってば。
『ふーん? 別にセージュなら見てもいいよー?』
『恩人でもあるしね』
「だから、見せんでええっての!」
怒った俺に対して、どこかからかうような感じでふたりが羽衣を着た『人化』状態へと戻る。
屈託なく笑っているウルルちゃんたちだ。
うん。
精霊種って、どこかそういうところがあるよな。
そうこうしていると、ユウとエディウスもこっちの方へと近づいて来た。
「どうやら、そっちも落ち着いたみたいだな?」
「ああ。何とか死人がでなくて良かったよ」
一歩間違えれば、誰か死んでもおかしくなかったもんな。
いや、一番危なかったのが俺なんだけどさ。
そういうと、ユウたちも笑って。
「おかげで助かったよ、セージュ。ユウと連携が取れる相手って実は貴重だからさ。おかげで、俺もちょっと楽できたし」
「少なくとも、俺とエディだけだったら、もっと苦戦していただろうな」
「そうか? そういう感じにも見えなかったけどな」
何だかんだ言っても、あの『鎧』にダメージを与えてくれたのって、ユウの『剣術』まがいの攻撃だったしな。
うちの仲間たちだと、みかんが一番頑張ってくれたけど、それでも、功労賞ってことになれば、ユウとエディウスだろう。
そもそも、エディウスの『雷』がなければ、至近距離での攻撃回避とかも難しかっただろうし、いざとなれば、そっちは『剣術』も使えたんだろ?
うん。
やっぱり、強いな、正騎士になったふたりは。
「それで、な。悪いんだが、あっちに散らばっている『鎧』の破片なんだが、俺たちが回収して行ってもいいか? 次のクエストが発生して、必要なんだ」
ユウがそう尋ねてきたので、俺も他の同行者に確認を取る。
「俺たちはいらないぞ。というか、『戦闘狂』どもの遺品を『森』には持ち込みたくないというのが本音だな」
グリードさんたちには不要なものらしいな。
というか、呪われそうだ、って。
あと、アスカさんもほとんど役に立ってないからいいって言ってるし、クレハさんたちも迷惑をかけたからという理由で辞退してくれた。
俺たちのパーティ内でも似たような感じかな。
俺は、ちょっと破片の素材に関して興味があったけど、ユウたちに新たに発生したクエストで必要ってことらしいので、それならいいやってことになった。
ちなみに、ユウたちに発生したクエストはというと。
『クエスト【収集系クエスト:『流血王の鎧の欠片』】が発生しました』
『注意:こちらのクエストは強制クエストとなります』
『引き続き、【連鎖クエスト:王妃の寵愛シリーズ】のひとつでもあります』
『そのため、今までのクエスト同様、成功失敗に関わらず物語が次へと進みます』
『あなたの思うがままの行動してください』
『討伐系』のクエストが終わったと思ったら、すぐ次のクエスト発生か。
しかもこれも『連鎖系』らしいし。
「たぶん、回収が終わるまで、例の魔道具も使えないって仕様みたいだしな」
「そうだね。なので、これ、終わらせないと国に帰れないんだよ、俺たち」
「本来なら、協力者全員で分けないといけないんだろうがな、申し訳ないが、これに関しては貸しにしておいてもらえると助かる」
「わかった。それでいいよ」
帰れないってなると可哀想だもんな。
別に貸しにしなくてもいいけど、その辺はユウたちの気が済まないってことなので、そういうことで落ち着いた。
後は、このまま、この辺の欠片を回収した後で、飛んで行った分を探しに行くとのこと。
「それじゃあ、ここでお別れだな」
「あー、そっか。ちょっと残念だな」
「はは。まあ、また会う機会もあるだろうさ。それに『けいじばん』が使えない情報に関しては、別ルートでセージュにも回すようにしておくよ」
「わかった」
ちょっとの間だけだけど、ユウと一緒に戦えて楽しかったしな。
今度は俺がレジーナの王都に行ってもいいだろうし。
まあ、まずは、『オレストの町』の家づくりの続きからだけどな。
そんなこんなで、軍馬に乗って去っていくユウたちを見送る俺たちなのだった。




