第24話 農民、町長と出会う
「あ、こっち側って、畑だけじゃなかったんですね?」
グリゴレさんたちに案内されてきたところは、教会のあった場所から、奥側に見えていた畑の広がっているところだった。
オレストの町の中としては、北側のエリアになるだろうか。
町から外に出るための門は、東側と西側にあるだけなので、どちらかと言えば、あまり訪れそうにない場所という感じだ。
どうやら、先程食べた、アルガス芋や、スープに入っていた野菜などもこの辺りで作っているらしく、畑には、まだ収穫する前の作物が生い茂っていた。
それなりに広さもあって、この町で食べる分はどうにかまかなっているようだな。
ただ、見た感じは町を囲っている外壁というか、柵のところまで、畑が広がっているようにしか見えないんだが。
この辺りに、町長さんの家があるのだろうか?
俺の質問に、グリゴレさんが頷いて。
「ああ、見た目が畑にしか見えないのが、結界の迷彩効果だ」
「ラルのやつ……あ、ラルフリーダってのが町長のやつの名前な、そいつの住んでるとこがちょっと普通の家とはちょっと違うんでな。それで、結界の中まで入らないと見えないようになってるんだよ。はは、まあ、別に怪しいところじゃないぞ?」
もうちょっと進むとわかる、とカミュがシニカルな笑みを浮かべる。
カミュたちに言わせると、今は許可が下りているために、結界が一部開かれた状態なのだそうだ。
ふーん?
何だか、うまくイメージできないんだが、そうこうしながら、畑の真ん中の道を進んでいくと、前方にピンク色のもやのようなものが見えてきた。
どうやらこれが目印のようなものらしく。
「あー、ここだここだ。これが結界の境目な。ここを潜るとラルの家の側に出るんだ」
「へえ……これが結界の入り口か?」
幅、高さともに数メートルほどの大きさのピンク色のもや。
あれ? でも、奥行きはあんまりないのな?
一応、横からも見れるらしく、厚さ自体は十センチかそこらの薄さしかないようだ。
え? これどうなってるんだ?
どっちが前でどっちが後ろとかも謎だし。
そもそも、結界の境目って言うから、大きなバリアーみたいなのものを想像していたんだが、そういうのともちょっと違うんだな。
「じゃあ、ここから中に入るぞ。あたしらが通り抜けたら、入り口が閉じるはずだからな」
「町長って言っても、ラルフリーダさんの場合、町の運営とかには不介入だからなあ。基本は冒険者ギルドとかを中心に、そっちに方針を一任しているというかな」
「あ、そうなんですか?」
グリゴレさんの言葉に少し驚く。
へえ、実務とかはほとんどやらないのか。
普段は、家の方に閉じこもってることが多いのだとか。
逆に言えば、今回のラースボアの件は、そういう意味では、わざわざ町長に報告しないといけないような事態だったらしい。
まあ、あれだけの巨大な蛇、町を襲撃とかしてきたら大変だろうしな。
とは言え、いつまでもピンクのもやの前で立ち尽くしているわけにもいかないので。
まずはカミュがお手本を見せる感じで、ピンクのもやの中へと消えた。
そして、その後に、グリゴレさん、俺と続く。
「おおっ! へえ……ここが町長さんの家か?」
ピンクのもやを抜けると、辺りの景色が一変した。
さっきまでは、牧歌的な畑の真ん中の道だったはずの場所が、ちょっとした森の中という感じの風情になっているのだ。
そして、正面には、大きな家が建っていた。
いや、家というか、大きな樹というか。
端的に言うなら、『木のおうち』という表現がよく似合うだろうか。
大木と一体化する形で、家が形成されていて、木の内側や、太い枝の上にも部屋らしきものが見えた。
おっ、何だか、メルヘンって感じの家だな。
擬人化した動物家族とかが住んでいそうな森の中の家というか。
ただ、まあ、確かにオレストの町の他の場所と比べると、大分印象が異なるたたずまいではあるけどな。ここだけ、別の場所って感じだし。
だからこそ、結界の中に隠しているのかも知れないな。
そして、家だけではなく、家の真ん前に寝そべっている存在がひとつ。
いや、むしろ家よりも目立つぞ?
何というか、俺たちの行く手を阻むかのように、銀色の毛並みがふさふさの狼らしき生き物が、家の玄関口をふさぐように丸くなっているのだ。
うーん、普通に迫力があるよな。
もしかして、モンスター系の種族なのか?
向こうは向こうで、こちらに気付いているのかいないのか、少しだけ目を開けて、ちらりと視線をやったかと思うと、また、何事もなかったかのように目を閉じてしまった。
てか、でかいな、この狼。
小さく丸まっているその姿だけでも、普通の乗用車と同じくらいか、それよりも一回り大きいくらいだし。
やっぱり、向こうの狼とは一味違うようだ。
「おーい、クリシュナ。そこを通してくれないか? 冒険者ギルドから町長宛てで、クエストに関することで相談を持ってきたんだ。アポイントメントも取っているぞ」
そう、グリゴレさんが言うと、その狼が再び目を開けて、グリゴレさん、カミュ、俺の順に、その姿を確認して、軽く頷くように、頭を上下に揺らす。
そのまま、少しだけ、身体の位置をずらして、辛うじて、人がひとり通れるだけのスペースを空けてくれた。
どうやら、この銀狼さんの名前はクリシュナと言うらしい。
終始無言ではあるが、グリゴレさんの言葉は通じているようで、特に、敵意とか、威嚇されるでもなく、普通に横を通ることができた。
ただ、俺の時だけ、通る際に、匂いを嗅がれたが。
たぶん、この銀狼さんは、町長さんの護衛のひとりなんだろうな。
ひとりというか、一頭というか。
普通に、町の中にモンスターの種族の人もいるのもすごいけど、カミュたちも特にそれが当たり前みたいに受け入れているのから、これが自然なのかもしれないな。
そうして、木の家の入口の扉を開けて、中へと入ると、きれいな女の人が俺たちのことを出迎えてくれた。
緑色の髪をした長身細身の女性。
雰囲気としては、どこかおっとりとした感じの人だ。
「ようこそ、いらっしゃいました。こちらからの都合で、わざわざ足を運んでいただきまして、申し訳ありませんね」
穏やかな口調でそう言うと、その女性がゆっくりとお辞儀をして。
「カミュさんとグリゴレさんとは、何度かお会いしてますものね。そちらの方は初めまして、ですね? 私はラルフリーダと言います。建前上は、こちらの町の町長の職に就かせてもらっている者です」
「ご丁寧にありがとうございます。冒険者のセージュです」
「セージュさん、ですね」
はい、覚えました、とラルフリーダさんがにっこりと微笑む。
確かに、町長という響きから想像していたのに比べると、随分とほんわかした感じの人のようだ。
それに、緑色の髪というのは、やっぱり、実際に目にするとびっくりするな。
その辺は、さすがゲームと言うべきか。
と、そのラルフリーダさんが小首を傾げるような仕草をして、カミュの方をじっと見つめて。
「カミュさんとは、こちらでは初めてですかね?」
「さてな、ラル、あんたがそう言うんだったら、そうなんじゃないのか? あたしもその辺のことは詳しくは知らないんでな……ちなみに、状況はわかってるか?」
「何となく、ですがね」
「ふうん……エヌのやつも中々やるな。どこまでできるか、あたしも正直、半信半疑だったんだが」
ラルフリーダさんの言葉に、感心したようにカミュが頷く。
うん?
また、ちょっと意味のわからない会話だよな。
これに関しては、俺だけじゃなくて、グリゴレさんも理解できないようで。
「ふたりが何を言ってるのか俺にはさっぱりだが……それよりも、町長、さっきも連絡しましたが、特殊進化のモンスターに関する相談の件なんですが」
「ええ、そちらの方が大切ですよね。では、立ち話もなんですから、応接間の方までご案内しますね」
本題に戻りましょう、という感じで頷いて、ラルフリーダさんが俺たちを、家の中の一室へと案内してくれた。
木の家の中は、生きている樹のうろをそのまま住居に活用しているらしく、建物の中でも床の部分はでこぼことした部分は残っているようだ。
家具に関しては、明らかに加工されたものはほとんどなくて、調度品と呼べるような、テーブルとか、椅子などは、木の幹などがちょうどいい具合に成長して、椅子であったり、テーブルであったり、木と一体化する形で形成されているようだ。
本当の意味で、生きている家、という印象を受ける。
応接間と呼ばれた大きめの部屋には、中央に円卓状の幹が生えていて、その周囲にも複数の椅子状の形へと成長した枝がつらなっていて、どこか不思議な光景に見えた。
椅子も植物がぐるぐると伸びている感じなのな。
天然の固定式の椅子というか。
これ、そのまま体重をかけても大丈夫かな? と少し不安になったのだが、見た目よりずっと丈夫にできているらしい。
促されるままに、腰を下ろすと、低反発クッションのような感触があって、安定していて、想像以上に座り心地も良かったし。
「そういえば、ラル、今日はあんたの護衛はどうした?」
「その辺りに待機していますよ。いきなり、警戒心むき出しですと、お客様にご迷惑ですので、少し離れた場所から護ってもらってます。あなたがたに敵意がないと判断されれば、大丈夫だとは思いますよ? ふふ、後で、ご紹介しますね」
「ラルフリーダさんは、護衛が必要な方なんですね?」
さっきもそんな話は聞いていたけど、さすがは町長ってことらしい。
この町の重要人物ってところだろうか。
そんなことを俺が考えていると。
「まあ、ラル自体が護衛なんかいるのか? ってくらいの力量なんだがな。その辺は、護衛についてるやつらが過保護なんだろ。溺愛してるっていうかさ。もちろん、この町にとっては大切な存在ではあるんだが」
「今、この町で結界を張れるのが、私だけですからね。そういう意味ではありがたいことだと思います。ふふ、誰かに護られるというのはやっぱり嬉しいものですよ?」
「はは、その辺は、話半分だよな。たぶん、ラースボアくらいなら、ひとりで倒せるだろうに」
へえ! 人は見かけによらないな。
いや、それはカミュも一緒か。
見た感じ、お淑やかな雰囲気のラルフリーダさんも町長だけあって、それなりの実力者らしい。
ちょっと、ステータスとか興味があるな。
失礼にあたるから、『鑑定眼』は使ったりはしないけどさ。
「まあいいや、どうでもいい話はそれぐらいにして、そのラースボアに関してだ。町長としては、どう見る、ラル? 事後承諾だが、討伐系のクエストとして認めてもらってもいいか?」
「はい、それで問題ありませんね。すでに、報酬などに関しては、グリゴレさんから冒険者ギルドへの手続きを済ませてもらってます」
「一応、支払いに関しては、俺も持ってきてるからな」
「よし、そういうことなら、セージュがらみにクエストに関してから、片付けていくか」
まずは、クエストの成否と報酬について。
そちらの結果に関する話を聞くことになった。




