第242話 狩人少女、必死になる
《対『流血王の鎧』戦》
《ルーガ視点》
《少しだけ時間は遡る》
このままだとセージュが死ぬ。
そう、気付いた時にはすでにわたしの身体は動いていた。
違和感……というか、どこかおかしいなって思ったのは、それほど前の話じゃない。
さっき、最後にオットードさんが血塗れの『鎧』を岩山と一緒に『精霊の森』の外まで飛ばした後。
そのまま、グリードさんが先導する形で、完全に『森』から離れて、しばらく行った先で男の人ふたりを相手に『鎧』が戦っているのを見た、その少し後。
そうだね。
セージュが、その男の人の片方が『友人』だって気付いた後かな。
自分のことをユウって名乗った黒髪の男の人と、そのまま、セージュがパーティのようなものを組んで、『鎧』に立ち向かった時。
その直後。
わたしの視界にも、周囲に淡くて黄色い光が見えるようになったのだ。
その瞬間、あれっ? って思った。
セージュとか、そのユウとか、グリードさんたちが話をしているのを聞く限りだと、この黄色い光のようなものは、周囲にほんの微かに散りばめられた『雷魔法』から洩れている光を視えるようにしている状態のようだ。
と言っても、普通では認識できない光なんだって。
『おそらく、『雷』の使い手が感じ取ったものを可視化しているんだろう。俺たち精霊でも、その黄色い光ってやつは見えないからな。『雷』の適性と後は何らかの操作をしている可能性はあるな』
『ウルルたちの『眼』だと、周囲の『小精霊』がざわついているのが見えるかな。本当にかすかな力の動きみたいなのはわかるよー』
グリードさんやウルルたち精霊種の場合、そういう風に見えるんだって。
光ではなくて、周辺の『小精霊』の動きが、って。
だから、何が起こっているのかはわかるって。
うーん……。
だったら、どうして、わたしにもその黄色い光が見えるんだろ?
『鎧』もその黄色い光に包まれているおかげで、石を弾こうとしている仕草が見えて、弾かれた石が真っ直ぐ飛んで行く方向が、その黄色い光の中に線となって現れるんだよね。
たぶん、セージュたちはその線を見て、飛んでくる石を避けているんだね?
でも、すごいなあ、って思う。
だって、線が見えてから、石が飛んでくるまでの時間って、ほとんど差がないんだもの。
わたしみたいに、少し離れたところから見ている分には、何となく線が見えて、どういう風に動けばいいのかわかるけど、あれだけ近づいている状態で、すぐに身体を動かせるなんて、とてもわたしには無理だもの。
でも、あの三人はそれをやっている。
だから、すごいなあ、って思う。
――――と。
不意に、誰かの声が思い出された。
『随分と脆い装甲じゃな。お主らの種が目指すところがよくわからんわ』
『愚か者の美学というものですよ。己が速さのみで、あらゆる攻撃を掻い潜るのには浪漫があります』
『うすっぺらい服でも、きょうりょくなしょうへきがあればふせげるよ?』
『衝撃を食べちゃえばいいのよ』
『ああ……それでは駄目なのですよ。◆◆殿も、◆◆◆◆◆◆殿も、仰ることはよくわかりますよ。ですが、それでは駄目なのですよ。何と言われましても、私どもが美学を捨てることはありません。故に『愚か者』なのですよ』
『ふぅ……◆◆◆◆◆◆◆は真似をするでないぞ? こやつらは己の強さを磨いた先に行きついたところが、妙であっただけじゃ。お主はあるがままなのが一番じゃよ』
えーと……?
これはいつの記憶だろう?
うん。
ひとりはお爺ちゃんだよね?
でも、その周りにいる他の人たち――――もうすでに、影のようになってしまって、その姿形などはおぼろげでしかなくなってしまっているけど。
……だめだ。
思い出せないや。
セージュと出会った場所。
あの、真っ暗闇な通路の時にも思ったおかしな点がそれだ。
わたしがどうして、あの場所にいたのか。
最後に『山』にいた時に何をしていたのか。
その辺りのことが、まったく思い出せない。
たぶん、遠くへと飛ばされるような出来事があったはずなのに、そのことがすっぽりと抜け落ちてしまっているんだよね。
まるで。
本来あるべき記憶が欠けているかのような感じ。
セージュと出会ってから、セージュとずっと一緒にいるのも、それが怖かったからだ。
わたしという存在が、あやふやになっているような。
そんな薄皮を通したような、曖昧な恐怖。
ビーナスともその話はしたけど、ビーナスの場合はそういう感じじゃなくって。
『え? 思い出せないことを気にしても仕方ないわよ?』
という風に軽く流されてしまった。
そのうち思い出すでしょ、って。
だから、わたしもビーナスの気にしない性格に引きずられて、そうであろうとしてきたんだよね。
でも。
セージュとはぐれて。
カミュとふたりで行動するようになって。
自分の覚えていないことに関する、漠然とした不安がまた蘇ってしまった。
『スキルなし』。
うん。
それは、お爺ちゃんと『山』で暮らしていた時もそうだったと思う。
確か、お爺ちゃんもわたしがそういう意味でスキルを覚えないってことは気付いていたと思うし、それに関しては『気にするんじゃないぞ』って言われた記憶もある。
だから、セージュにそのことを指摘された時にも、それほどは動揺しなかったのだ。
でも。
逆に、カミュと一緒にいた時に、突然、妙な感覚に襲われて。
なぜか、わたしがカミュが持っているらしい能力を使えるようになって。
……確か、『聖術』の『光閃』って言ったよね?
それが使えるようになって。
逆に不安が蘇ってしまった。
今もそうだ。
この黄色い光が見えること。
それは、向こうで戦っている三人が何かをしたからだと思う。
――――違う。
『と思う』じゃなくて。
黄色い光が見えるようになったのと同時に、わたしの頭に中にも少し小さめの声だけど、三人の会話のようなものが聞こえてきたからだ。
内容に関しては、少しよくわからない言葉とか数字とかが飛び交っているおかげで、何のことなのかはわからない部分もあったけど。
でも、三人が戦いながら、お互い話している内容を、なぜかわたしも聞き取ることができていたのだ。
言葉じゃなくて、頭に直接響いているような感じ。
なので、周囲にいるビーナスとかなっちゃんを見ても、その内容を聞いているような感じじゃなくて、ただ、セージュたちの戦いぶりを感心しているだけだった。
それに加えて、こっちまで飛んできている石を時々避ける感じかな。
三人の会話がわかっているのはわたしだけ。
グリードさんも、ウルルも、他の人たちも。
それに関しては、まったく気付く様子がなくて。
だから、おかしい、って。
そうして、だ。
そうこうしているうちに。
とある行動の手前。
何か嫌な予感のようなものを感じて。
あの、ユウって人が突然慌てていることに気付いた。
『――――おいっ!?』
次の瞬間に伝わって来たのは、三人の身体が『鎧』の破片で貫かれているイメージのようなものだった。
――――えっ!? と思った。
そして、それがそのユウって人のつかんでいるイメージだって気付いて。
不意に『虫の知らせ』っていう言葉だけが頭に浮かんで。
でも、まだ『鎧』の方は変な動きとかしていなくて。
次の瞬間、黄色い光に残った線が『鎧』に向かっているのがわかって。
さっきの破片で貫かれたイメージが、一瞬後の光景であることがなぜかわかって。
セージュが血を吐いて、身体が穴だらけになっているイメージを視て。
「――――っ!?」
その時にはすでにわたしの身体は動いていた。
「……ルーガ?」
わたしの行動に気付いたビーナスが、不思議そうな声をかける。
だけど、それに対してわたしが何かを返す余裕はない。
どうすれば、セージュを助けられるか。
それだけがぐるぐると頭の中に渦巻いていく。
『聖術』を使う。
ダメだ。
その放った『聖術』が弾かれるイメージが浮かんで。
矢を放つ。
やっぱり、ダメ。
あの『鎧』の破片には攻撃が通用しない。
そう、気付いてしまった。
どうしよう。
どうしよう。
――――と。
不意に、頭の中にカミュが言っていた『パーティ』という言葉が蘇る。
そして。
『それが『スキルなし』の正体か』
再び、カミュの言葉が頭の中をよぎる。
パーティ、スキルなし、『鎧』の能力。
ぐるぐると、ぐるぐるとその三つのイメージが頭の中をぐちゃぐちゃにしていって。
あ、そうだ、と気付く。
あの『鎧』とパーティを組んでしまえばいい。
そういう考えに至ったことがおかしいとも気付けずに。
我に返った時には、わたしは行動を起こした後だった。
「――――っ! 『聖術』っ!」
放ったのは、今のわたしができるありったけの『聖術』だ。
さっきは『鎧』の破片に弾かれるイメージしかなかった光の槍たち。
それらが、弧を描いて、わたしの狙い通りに飛んで行くのを見届けてから。
そのまま、わたしの世界は真っ白に塗りつぶされた。




