第241話 農民、絶対絶命に陥る
それに気付いた時には、すでに俺は手詰まりな状況にはまっていた。
油断。
気の緩み。
今となっては何とでも言えるだろう。
だが。
グリードさんも、ユウも、『油断するな』とは再三言っていたし、俺も戦闘中である以上は気を抜いているつもりなんて、微塵にもなかった。
そのつもりだった。
だが、それは間違いだったことに、今に至って気付く。
ユウとの接触。
遭遇からの共闘。
それが、俺にとって、この『PUO』がゲームであるという認識を、無意識のうちに高めてしまっていた。
と、今更ながら反省する。
今、俺たちが戦っていた相手は、一撃で致死に至る攻撃手段を持っている『敵』だ。
その動きが読みやすい状況だから。
簡単に攻撃を避けられるから。
決して、そういう認識では戦ってはいけない相手だったのだ。
最初に、『鎧』の動きに異変を感じたのはユウだった。
『――――おいっ!?』
実際の声ではなく、『同調』を使った念話。
『水』の『剣術』の取得を目指して、剣を振るい続けていたユウが一瞬だけ下がって、その間隙を補う形で、俺が鎌による『土』系統の『剣術』まがいの攻撃を試みようとしたその瞬間。
そこで、今まで単調な動きで石礫を俺たち目がけて飛ばすだけだった『鎧』の動きが変化したのだ。
いや、動き自体が突然速くなったわけでも、特殊な攻撃を行なってきたわけでもない。
だが、明らかに異質な行動。
『――――こいつ、自分に!?』
ユウがそれに気付いて、更に距離を取るのが横目で見えて。
次の瞬間、俺も何が起こっているか、認識した。
『――――うわっ!?』
エディウスも同様に気付いたようだ。
そう。
俺も、『同調』で同じ感覚を共有しているからな。
ユウのそれから一拍遅れて、『鎧』が何をしようとしているのかわかった。
今まで、俺たち相手に飛ばしてきた石礫。
その外向きだったはずの射線が、内向きに――――『鎧』自身に向かって打ち出されるのに気付いて。
だが、何のために――――?
そう、俺が疑問を浮かべている間にも、ユウからの『同調』による叫びが聞こえた。
『――――セイ! エディ! 致命傷だけは避けろ!』
悲鳴のような疾呼。
だが、ユウの言葉にも、俺は一瞬、何のことなのか理解することができなくて。
『鎧』が自傷行為のようなことに及んだ。
それ自体が訳のわからない行為にしか思えずに、反射的に身体が硬直してしまった。
――――だが、何のために?
指弾のようにして弾かれた石礫が、『鎧』へと当たって。
あれ程、俺たちが攻撃を繰り返してなお、ほぼ無傷であった『鎧』がその石の礫によって、貫かれて、粉々になっていくのを目の当たりにして。
そこでようやく俺も気付く。
『鎧』が粉々になりながらも、その人型を維持して、回転を行なう前のように見えない身体に捻じれを加えたことで、だ。
――――しまった、と。
もう一度、考えろ。
この『流血王の鎧』の能力は何だ?
『武器による切断・貫通能力特化』。
だからこそ、『鎧』の材質……それに関しては、俺も『鑑定』できなかったので詳しくはわからないが、かなりの強度を誇っていた金属があっけなく、石の礫によって貫かれて、破片へと変わっていく。
相手の強度など関係なく、攻撃を通してしまう絶対性。
能力が及ぶ範囲では、武器による攻撃は避ける以外に対処不能な、至極厄介な敵。
正しく、矛盾でいうところの『矛』の能力を備えたスキル持ち、だ。
ならば、だ。
その『武器』というのはどこまで適用される?
例えば。
自分の切断された腕、などはどうか?
切り離されたそれをもう一方の手で持って、『鈍器』として使った場合、それでもこの能力は適用されるのか?
いや。
たぶん、適用されるだろう。
グリードさんが言っていた。
この『能力』はかなり融通が利く、と。
その辺にある木の棒だろうと、拾った石であろうと、何であろうと、だ。
それこそ、使い手が『武器』として認識すれば、何でも、だ。
だったら。
今、『鎧』が何をしようとしているのか。
思考だけが速度をあげている、この状況下で推測されるのは、ひとつ。
そう考えている間にも、無数の破片へと砕け散っていく『鎧』。
グリードさんの話だと、もはや、この状態では『鎧』は死に体だ。
人型を維持できなくなれば、能力は失われ、『死霊系』のモンスターに憑いていた『小精霊』も昇華されて、そのまま、倒れる、と。
だから。
俺も『同調』によって、得られた『情報』によって、次の『鎧』による攻撃の射線を把握しようとして。
完全に逃げ道がないことに気付く。
一瞬前のユウの言葉の真意に気付く。
――――自爆覚悟で、『鎧』自身の身体を『武器』にしやがった!
回転による遠心力によって、飛び散るであろう破片は全方位に及ぶ。
エディウスの『雷』によって、破片の射線の『情報』は把握できる。
だが。
できるがゆえに、それをかわすことへの絶望にも気付いてしまう。
自分の身体を貫くように刻まれた予測の射線。
もう、どう動いても、完全にかわすことは不可能なほどの軌跡予測に。
だが、ユウの助言通り、致命傷だけは避けるべく、身体を動かそうとする。
まるで、走馬灯を見ているような感覚。
一瞬が、死に迫ったことで、思考速度の高速化によって、ゆっくりに引き延ばされたような感覚の中で、一瞬後に迫る、不可避の攻撃に対して、必死に身体を動かそうとして。
半ば自棄になって、持っていた鎌を飛んでくる破片目がけて、振り下ろす。
どうせ、無駄だろうがな、と。
俺が思ったその時、信じられない現象が起こって。
「――――は!?」
その現象に俺が動揺する間もなく。
次の瞬間、後ろから飛んできた複数の白い光が、俺を避けるような軌跡を描いて、破片を放った直後の『鎧』へと直撃して。
そのまま、『鎧』の破片ごと、その光は彼方へと消え失せてしまった。
「……えーと」
何が起こった……?
とりあえず、俺の身体はほぼ無傷で、何とか生きてはいるようだった。
いくつかの破片はかわしきれなかったが、それは、弧を描いて後からゆっくりと落ちてきたものだけだ。
そっちだけなら、何とか『雷』の射線予測のおかげで、ぎりぎり対処は可能だった。
直接、まっすぐ勢いよく飛んでくるはずの礫は、後ろから飛んできた光によって、弾き飛ばされたおかげで、ぎりぎりで回避行動が間に合った、というべきか。
だが、今の光はいったい?
それに、光が届く直前、俺の眼は確かにそれを見た。
俺の破れかぶれで振り下ろした鎌が、その破片のひとつを弾いたのを、だ。
次の瞬間、鎌の側面にあたった破片によって、鎌自体が貫かれてしまって、きれいに穴が開いてしまっているのも、だ。
なので、飛び散る破片には『鎧』の能力が残っていたのは間違いない。
にも関わらず、俺の鎌による攻撃は確かに、破片を弾いた。
そして、白い光も同様だ。
何が起こったのかも全然わからずに、俺が後ろを振り返ると。
「ルーガ!?」
「――――きゅい!?」
「ぽよっ!?」
辺りに響いたのは、ビーナスたちの悲鳴と。
その場に倒れているルーガの姿と。
「おい! しっかりしろ!」
『大丈夫ー!?』
慌てて、そのルーガの側へと駆け寄るグリードさんたちの姿だった。




