第240話 農民、剣術について考える
「可能な限り、俺が削るから、エディは『雷』の展開を維持してくれ」
「了解ー」
言いながら、ユウが礫の回避行動をしながらも、『鎧』に対して、連続して剣を振るい続ける。
「――――――!?」
大分、戦闘当初よりは『鎧』の動きが鈍っているのがわかる。
声なき声のような、悲鳴のような音を発する頻度も増えてきているしな。
身体がないのに声が出るのは、どういう原理なんだろうな?
例の『小精霊』が悲鳴をあげているってことなのか?
今、ユウが試みているのは『水魔法』を乗せた『剣術』だな。
それがうまくいくと、『鎧』のまとっている『小精霊』が削られて、その分だけ、動きが鈍ってくるらしいのだ。
少し離れたところで見ていた、グリードさんやウルルちゃんたちなら、その削れている『小精霊』の様子も見えているらしい。
「三回に一度ぐらいで、攻撃が通っているな。さっきのみかんほどじゃないが、それなりに効果的な攻撃だな」
『ねえねえ、グリードおじさんー。ウルルたちでも『小精霊』に直接攻撃できるよー?』
「だめだ。倒すための筋道が見えた以上は、余計なリスクは取れん。今のシモーヌだと、お前たちふたりが憑いていても、至近距離からの攻撃を回避できないだろ?」
『どういう攻撃が来るかはわかるんだけどねー』
「通常の物理攻撃と違って、本体が貫かれれば、お前たちでもただでは済まんぞ。今はそういう相手と相対していることを忘れるな」
少し油断し過ぎだ、とグリードさん。
そっか。
一応、ウルルちゃんたちでも『小精霊』潰しの攻撃はできるんだな?
それはグリードさんも同様のようだ。
もっとも、精霊種の場合、防御の面で不安があるので、なるべくなら安全策を取りたいってことのようだ。
本来だったら、物理攻撃もほとんど効かないし、魔法に対してもそれなりに抵抗力が高いので、この『鎧』のような『死霊系』のモンスターとは相性が良いらしいんだけど。
何事にも例外があるってことだな。
それにしても、『剣術』か。
その響きはかっこいいよな。
俺も取れるものなら、目指してみたいスキルだな。
もっとも、俺の場合、さっきようやく『農具技』っていう『技』系のスキルが生えたばかりだから、今のユウみたいにあと少しで届くって感じじゃないんだろうけどさ。
エディウスは、小さい頃からの修練の積み重ねで覚えたらしいけど。
あ、そうだ。
エディウスも『剣術』は使えるんだよな?
確か、ステータスで『水魔法』のスキルも持っていなかったか?
『雷魔法』は消費が激しいみたいだけど、『水魔法』の『剣術』は使えないのかね?
そう、俺が尋ねると。
「んー、使えなくはないけど、そっちも消耗が激しいからさ。ユウがお手上げになるまでは温存かな。そもそも、俺が優先すべきは『雷』の維持だから。むしろ、そっちがなくなれば、かなり攻撃回避が難しくなるから、もっとまずいだろ?」
「あ、なるほど」
今、周囲を展開している『雷』と同時には、『剣術』は使えないってことか。
確かにそれだと本末転倒だよな。
石礫が回避困難になったら、一気に危険な状況に追い込まれるわけだし。
「それにこれ、王妃様に与えられたクエストだからさ。俺たちの場合、一蓮托生だと長期戦考慮で、一撃必殺を狙う前にひとつひとつやれることを潰していかないと怒られるんだよね。後先考えずに突っ込むのは騎士としての資質を問われるからさ」
「へえ、そうなのか」
エディウスの言葉に思わず感心してしまう。
何だかんだで、色々と考えているんだな?
というか、ユウとエディウスの場合、戦闘が長期に渡るミッションのようなものもいくつかやらされていたらしく、どっちかが全力を出したら、もう片方が肩の力を抜いておくのも重要だったらしいのだ。
猪武者みたいな行動では、短期決戦なら何とかなっても、終わりが見えない状況への対処にはならないので、レジーナの騎士団の場合、見習いや新兵に対してはそれなりに厳しく叩き込まれるのだとか。
いや、その割には、ユウはどんどん突っ込んでいくけどさ。
「でも、ユウの場合、突っ込みながらもかなり周りが見えてるからさ。ほら、さっきも攻撃しながらも俺たちに同時に指示を出してただろ?」
どういう目の使い方をしてるのか知らないけど、とエディウスが苦笑する。
俺の方が身体のレベルは高いけど、あれは真似できない、って。
なるほどな。
というか、エディウスが面倒を見る庇護者から、ユウに対して一目置くきっかけになったのも、そのレベル差にも関わらず、一対一で敗れたからなのだそうだ。
「まず、動きが読みずらい。あと、こっちの隠しておいた意図をあっさり見抜く。俺の『微雷剣』に初見で対応できたのはユウが初めてだったし」
「いや、あれはエディが悪い。斬るじゃなくて、ただ剣を当てに来ただけだろ。なら、何かあるって思うのは当然だ」
「そう言われたから、それ以降はフェイントも混ぜるようにしてるさ。でもね、普通はもうちょっと油断するもんだよ?」
見た目は貧弱な攻撃にしか見えないんだから、とエディウス。
それに対して、『鎧』への攻撃の手は休めずに、ユウも反論して。
「実際、エディの第一印象って、おっとりさわやかな感じだから、みんな騙されるんだが、何げに戦い方に関してはえげつないからな? 今の『雷』の使い方もそうだし、ちまちまと『基礎魔法』レベルの弱い魔法しか使わないように見せて、『あれ? 勝っちゃった?』とかやるから、周りから得体が知れないとか、変人扱いされるんだよ。山賊退治でも何だかんだで一番成果をあげて、『鬼子』とか呼ばれてたしな」
「んー、たぶん、その二つ名はうちの家が原因だと思うけどね。てか、隊長が勝手にそう呼び出したのが悪いんだよ。そんな大仰な呼ばれ方したら、誰も油断してくれなくなっちゃうじゃない。あー、めんどくさい」
「何か、もう、楽して勝ちたいの権化みたいなやつだよな、エディって」
「そりゃあ、基本目立たないのが一番じゃない。その手の自己顕示欲とは無縁の生活を送りたいの、俺はね。なのに、ユウといると目立ってしょうがないし。まったく困ったもんだよね」
王妃様に注目されたのって、ユウのせいだからね、というエディウスと、それは自分の能力を過小評価し過ぎだ、と呆れるユウ。
うーん。
傍から見てるとどっちもどっちの気がするけどな。
というか、少なくともいい性格をしているとは思うよ、エディウスは。
あんまり、貴族っぽくも騎士っぽくもないNPCって感じだし。
でも強い、と。
『雷』をレーダーみたいな使い方もしてるし、詳細は当然教えてくれなかったけど、さっきの話から推測するに、自分の武器をスタンガンみたいにすることもできるみたいだし。
そうなると、『雷魔法』って、かなり使い勝手がいい気がする。
というか、いいなあ、レア魔法。
そもそも、俺も『剣術』に挑戦しようとしても、『土魔法』の『剣術』ってどういう感じなのか、想像もつかないし。
火や水や雷ぐらいなら、まだわかりやすいんだけどな。
土属性を帯びた攻撃ねえ。
『石人形』が使っていたやつみたいに、『身体が石になっていく』とかかね?
というか、『石化』って、そもそも『土属性』なのか?
うーん、やっぱりイメージできないなあ。
さすがに、お手本でもないと、ちょっと再現が難しそうだ。
それでも、ユウの真似をして、『土魔法』を意識しながら、鎌を振るっていく俺。
周囲の『小精霊』を倒すってことは、よくよく考えれば、『鎧』に直接当てる必要はないよな?
そう考えて、せっせと、胴体部と兜の間とかを狙ってみる。
……うん。
刃こぼれとかしない代わりに、攻撃してる感がゼロだな。
スカッスカッと空振りの音だけが虚しく響く。
まあいいや。
少しずつでも、鎌を使うのに慣れてきた感じだし。
ダメ元で色々と試してみよう。
そう考え直して、『鎧』への攻撃を繰り返す俺なのだった。




