第238話 農民、戦闘と並行して色々な話を聞く
「本人が意識していないってことは、技術に要素が乗った可能性があるか」
そう言いながら、ユウがラースボアを倒した時の十兵衛さんの動きを模倣しようと試みる。
ユウとエディウスの推測によれば、あの時の十兵衛さんは、意識して魔法を使っていなかったんじゃないか、って説が濃厚らしい。
前提条件として、ユウが言うには、俺たちのように向こうから来た者にとっては、魔法の使い方というのが感覚として身についているとは考えにくい、って。
『訓練系のクエストの一環で、俺もスキルを頼らずに魔法を使えるようにしごかれたけど、あれ、ある意味で、使えるようになるまでが一番きつかったからな』
『スキルも魔法もないところだったんだろ? ユウやセージュがいた場所って。随分と技術に偏っているとは思ったけど、うちの隊長とかの話だと、この大陸でもそういう地方ってのはあるんだってさ』
ユウがやれやれと肩をすくめて。
エディウスはエディウスで、魔法を使うってのはうちの家では割と当たり前のことだったから、と苦笑する。
もっとも、それはエディウスがオーガスタの家に生まれたからであって、その手の技術に関しては、それぞれの『家』で隠匿している手法もあるのだそうだ。
レジーナ王国の場合、いわゆる学校と呼ばれる教育機関は貴族以上が通う場所だけで、そこに入学できない者は、『教会教室』と呼ばれる、教会の支援システムに通って、簡単な事柄についてはそこで学んだりするらしい。
もっとも、『教会教室』では魔法などに関する専門教育は行なっていないとのこと。
国によって制限は様々だが、レジーナの場合は平民に対して、基本教育までの支援については、教会に許可を出しているのだとか。
『だから、神聖教会の支部がある町だったら、読み書きぐらいまではできる者も多いかな。うちの隊長や王妃様の話だと、これでも他の国と比べるとかなり先進的なんだってさ』
『もっとも、貴族と平民で格差を残す必要もあるらしくて、現状でもやり過ぎだという苦情が割と来ているらしいな』
『でもねえ、辺境に住んでた者として言わせてもらうとさ、そういう風に上に立つ者の自尊心を護るだけの方策には、無駄だとしか言いようがないよ? その土地に住んでる平民の能力を底上げしていかないと、対モンスターなり何なりの諸問題を解決できなくなるからさ』
『そういう風に言えるから、エディは貴族らしくないってことなんだろうさ。いや、むしろ、『貴族らしい貴族』ってことなのかもしれないな』
なるほどな。
戦いながらも、『同調』でレジーナの話を聞くことができて、何となくどういう国なのかを把握する。
ユウの話だと、レジーナ王国の場合、王家を頂点として階級社会が広がっているらしいんだけど、その貴族階級については、いわゆる二種類の『貴族らしい貴族』がいるのだそうだ。
ひとつはエディウスの家のように、領地に対する責務に忠実な家だ。
領地領民を護るために尽くす、誇り高き貴族。
たぶん、ノブレス・オブリージュ、ってやつだろう。
もちろん、貴族である以上は、冷徹さと恩情のバランス感覚も必要なのだろうけど。
エディウス曰く、彼の場合、ちょっと甘すぎるのでそれで家から出されちゃったところがあるそうだ。
もちろん、上の兄弟が家督を継ぐからというのもあるだろうけど、護るだけではなく、しかるべき処断を行なえない者では領地を継げない、という現状もあるらしい。
そして、もうひとつの『貴族らしい貴族』が、権力におもねって私腹を肥やすダメ貴族たちだな。
能力がなく、家柄ばかりを誇るケースもこのたぐいが多い、と。
ユウたちの話だと、王都にはその手の貴族も多いのだそうだ。
『俺の感覚だと、半々ぐらいか?』
『さすがに本当の意味で無能な人は上の方にはそんなにいないけどね……って、これ以上は叛意と取られることがあるからここだけの話ね?』
『ただ、親の方はさておき、馬鹿息子みたいなのは多いだろ』
『俺の意見は差し控えるとして……家のために子供作るのが仕事みたいなところがあるから、さすがに全員が全員優秀ってわけにはいかないんだろうね』
『エディのうちもか?』
『勘弁してよ。うちに帰れなくなるってば』
『ということは、いるってことだね?』
『……けっこう、厳しいことを言うね、セージュ。その通りだけどさ』
そういうところは見て見ぬふりをするのが処世術だと、エディウスが苦笑する。
ユウの悪乗りに乗っかるあたり、君たち似た者同士だね、と。
――――と。
そうこうしている間に、ユウが十兵衛さんの動きを模倣する形で、『鎧』に対して、何度か剣を水平に振り切る動作を繰り返す。
単発であるなら、『鎧』の礫を回避するのはそこまで難しいことではないので、どちらかと言えば、弾除け込みの剣術訓練のような様相を呈してきたな。
たぶん、元々持っていた剣を投げてしまったことが、『鎧』にとっても悪手だったんだろうな。
剣戟と礫を混ぜられると、かなりの脅威になっただろうし。
もちろん、投剣を食らったのがみかんじゃなかったら、かなりやばかったのも事実だけど。
ふと、後ろの方を向くと、ビーナスに抱えられて左右に揺れているみかんの姿が見えた。
どうやら、命には別状はなさそうだよな。
食らった時は身体の四分の一ぐらいが飛ばされたように見えたけど、そこから回復するんだから、大したもんだよ。
ある意味、みかんが一番タフな気がする。
「『水』を乗せる! 『水』を乗せる――――っ!」
単純な剣戟だけでは、『鎧』にほとんど傷を付けられない。
俺も鎌で斬りつけたけど、ほとんとダメージが通らなかったしなあ。
それでも、この鎌、さすがはペルーラさんの作というか、刃こぼれするでもないし、なかなか使い勝手がいいのだ。
ユウが『剣術』を目指しているのと一緒で、俺は俺で、この鎌を使って、『農具』のスキルを高めてみようと思ってたし。
鎌が壊れるのも覚悟していたけど、今のところは大丈夫そうなので、ユウとは別の角度から俺は俺で攻撃を繰り返していく。
さっきから、延々と『鎧』の礫を回避してきたせいか、今の『同調』感覚があれば、ユウの指示がなくても、どういう風に弾が飛んでくるのがわかるので、労せずに回避することができるようになった。
だからこそ、危ない攻撃を除いては、ユウも各自に任せるって風になったしな。
戦争系ゲームの時もそうだった。
俺が慣れるまで、補助してくれたというか。
ちょっと上のランクから、こっちが育つまで待っててくれるというか。
そういう意味では、ユウのやつ、優しいとは思うし。
あ、そうだ。
せっかく鎌なんだから、死神の鎌みたいな使い方もやってみるか。
礫の飛んでくるタイミングをよく見て。
間隔が開いている瞬間を待って。
俺は、『鎧』に対して、遠心力を使った攻撃を試みた。
「――――回転斬りっ!」
ゲームとかでよくある範囲攻撃をイメージして。
それと、俺も十兵衛さんの剣を使った回転切りを真似するイメージで。
――――と。
さっきよりも強い衝撃と『鎧』の肩の部分が少し欠けて、破片が散るのを感じて。
それと同時に頭の中に、ぽーんという音が響いた。
『新しいスキルを取得しました』
『注意:農具スキルは攻撃用のみではありませんので、通常の武器スキルのように置き換わることはありません』
「おっ!?」
新しいスキルが生えたようだ。
そのまま、『鎧』から少しだけ距離を取って、ステータスを確認するとスキル欄に『農具技』というスキルが追加されているのに気付く。
あれっ?
てっきり、『鎌』とか『鎌技』とかだと思ったら、ちょっと違う感じになったようだ。
『農具』を使った『技』ってことか?
一応、注意にもあったように、『農具』スキルはそのまま据え置きのようだ。
「あ、セージュ、スキルを覚えたのか?」
ユウがこっちのぽーんに気付いて、そう声をかけてきた。
どうやら、『同調』をしている間は、その相手のメッセージも把握できるようになっているみたいだな。
ただ、ちょっと面白いよな。
何となく、目の前の『鎧』が訓練用の的のように思えて。
この調子で他のスキルも伸ばせないかな、と考える俺なのだった。




