第237話 農民、同調戦闘を体感する
『セイ! A三から九! そのまま、L二B半! 時計九十! 再度A十から四!』
『ああ!』
ユウからの指示が『同調』したままの状態で飛ぶ。
なので、俺も反射的に、その言葉通りに身体を動かす。
右から左へと鎌を水平に振り切って。
そのまま、左へ二歩、後ろへ半歩飛んで。
俺が後ろへと下がった瞬間に、『鎧』が放った石弾が一瞬前に立っていた場所をかすめるのに気付いて、思わず、ぞくりと震えを感じつつも足は止めない。
この震えが恐怖からなのか、興奮から来ているのかはわからない。
だが、この感覚。
そう、この感覚だ。
ユウと一緒に死線を潜っている感覚。
うん。
やっぱり、楽しいな。
もちろん、死ぬかもしれない、というのは怖いけど。
最悪、『死に戻る』かも知れないけど。
まあ、これはゲームではあるし、とも開き直って、ユウの言葉を信じるだけだ。
そういう意味では、ユウの指示には信頼がある。
クロックポジションコード。
ユウと俺の間で既に当たり前のものとなっている行動指示、そのひとつだ。
傍から見ていると何を言っているのかわからないかも知れないけど、それが示すことは至ってシンプルな内容だ。
そう考えながら、もう既に、俺の中では反射に近い感覚になっているそれに身を委ねる。
半歩のバックステップで、礫を回避したまま、今度は相手に対して、右回りで九十度回り込んで、左から右へと攻撃を放つ。
全力で、鎌を振りかざしているため、『鎧』に当たった瞬間、ものすごい衝撃というか反動が、持っている鎌を通じて、俺の両手へも返って来る。
さすがに鉄製の鎌による攻撃では、ほとんど通じていないようだな。
それにしても、だ。
ユウも指示に関しては、前からの付き合いで知っていたけど、それよりもエディウスさんの『雷魔法』、その使い方の凄さには改めて驚かされるよな。
周囲に微弱な雷を散りばめているんだっけ?
静電気みたいなもんか?
いや、そもそもどうすれば雷をそんな形で維持できるのかは知らないけど、この場ではっきりと感じ取ることができるのは、ひとつ。
ユウにかけられた『同調』を通じて、俺の方にも『雷魔法』に関する感覚が伝わってくるのだが、そのおかげで、『鎧』の動きの方向が先取りできる、ということだ。
どういう風に動こうとしているのか。
どんな感じで礫を放とうとしているのか、その方向。
放った瞬間の軌跡。
それらが、俺たち三人の中で共有されている。
『同調』では、ほぼリアルタイムでの会話の返しができるので、戦いながらもエディウスさんとも話をしたりもしたのだが。
この人、貴族って聞いていたけど、あんまり俺の想像していた貴族っぽい雰囲気とは無縁の人だったんだよな。
『はは、俺、貴族って言っても辺境の三男坊だよ? そもそも、家督を継ぐのに不向きな性格だからって、本家から騎士団に入れって言われたんだし』
そういうことらしい。
オーガスタ家の中でも変わり者という評価だったらしい。
ただし、その戦闘能力に関しては、それなりに高い評価を得ていたらしく、王都でのコネクション作りも踏まえたうえで、騎士団に入ったのだとか。
確かに『雷魔法』なんて、レアな能力を持っているのはすごいよな。
俺はそう思ったんだけど、長槍で攻撃しながら、エディウスさんは苦笑して。
『でも、雷属性は燃費が悪すぎる。派手な攻撃手段としてはまったく不向きだ。だから、こんな感じの使い方が俺流だね』
一応、電流を相手に浴びせるような使い方もできなくはないのだそうだ。
ただし、それ一発で『枯渇酔い』まであっさり到達してしまうらしく、エディウスさんの場合、『雷魔法』はあくまでもサポートにしか使っていないのだとか。
いや、サポートとしてかなり強力だと感じたけどな。
エディウスさんも騎士だし、武器を用いた戦術の方が得意とのこと。
魔法も使えないわけじゃないけど、そのほとんどが基礎魔法レベルの使い方だけなのだそうだ。
驚くべきことに、この『雷魔法』による感知も基礎魔法程度のわずかな魔力で行使可能なのだとか。
ばれちゃったから仕方ない、とばかりにこっそりとそう教えてくれた。
要は静電気にすら満たない、微力な雷については、元から周囲にあるものも多いので、そこまで術師の負担にはならないってことらしい。
『同調』を使って、念話のようなことをしながら、隙を見ては三人がかりで攻撃を仕掛けているのだが、やっぱりこの『鎧』硬いな。
まあ、それはグリードさんの岩山に潰されたりしてもなお、形を保っていたから、何となくはわかっていたんだけどさ。
『今の俺たちの装備じゃ、壊すのは難しいな』
『グリードさんの話だと、『小精霊』ってのが『鎧』を操っているらしいから、そっちを取り除けば、普通の鎧に戻るんだってさ』
さっき、みかんが身を挺して頑張ってくれたおかげで、当初の『鎧』が持つ『小精霊』の含有量と比べると半分以下になっているらしい。
おかげで、大分動きが鈍っているもんな。
一番最初の速度で動き回られて、そのまま石礫を飛ばして来たら、俺たちに勝ち目がなくなっていたかもしれない。
『へえ、『小精霊』か……』
『非実体系のモンスターに攻撃を通すのと同じ必要があるんだろうね』
『そうなのか、エディ? だったら、エディの『剣術』で何とかしてくれよ』
『だめ。もう今日の分は使い切ってる。今の状態じゃ、ためが足りないって』
『剣術?』
あ、そういえば、エディウスさん、スキルの中に『剣術』があったもんな。
あれって、ペルーラさんの話だと、魔法剣みたいな技術なんだっけ?
正面に飛んでくる礫を右に飛んで避けながら、そう尋ねると。
『よく知ってるね? ユウと同じ迷い人だってのに。レジーナでも『剣術使い』はほとんどいないから、ごく一部の家系にしか伝わってないはずなんだけどね』
『そうなんですか?』
『あ、そういう他人行儀なの、嫌いだから言葉崩していいよ。そういうの実家の方で散々だったからうんざりだし、ユウの友人で、年もそんなに変わらないんだよね? だったらいいよ。さっきも言ったけど、俺、爵位継がないから貴族じゃないし』
『確かに貴族っぽくないよな、エディは』
『いいんだよ。俺、『変わり者』で通してるんだから』
俺とユウが下がったのと同時に、長槍で突進を仕掛けながら、エディウスさん……エディウスが言葉を返す。
相変わらず、攻撃は効いておらず、今度は三方向に礫を飛ばしてきたので、各自、ユウの指示に従って、そのまま回避行動を取りつつ、『鎧』から少し距離を取って。
『話を戻すと、うちの実家みたいな国の外れの土地持ちで、それなりに強くなければ生き残れなかった家には伝わっていることはあるね。でも、逆に王都にどっぷりの家だと高い身分の貴族でも知らないかも。その辺は誰かが制限しているんじゃないのかな?』
『一応、騎士団だと、訓練系のクエストの一環で、『剣術』に関しては触れることがあったな。適性もあるから覚えられるとラッキーぐらいに思っているといいらしいが』
『いやいや、ユウ、君ね。一桁のレベルから数日で『剣技』までたどり着いてるじゃないか。絶対に適性があるからね』
『それ、たぶん、別のゲームでの経験のせいだぞ?』
へえ、そうなのか?
やっぱり、『剣』『剣技』『剣術』の順にスキルが進化していくので間違いないらしいな。
『剣技』が二段階目で、『剣術』がその更に上位スキルって。
それにしても、『同調』って便利だな。
今、一応戦闘中なんだけど、慣れてくると戦いながらも話みたいなことができるんだものな。
と、油断しているとまた複数の石が飛んでくるので当たらないようにかわす。
やっぱり、飛んでくる動線と、身体のすぐ側のどの辺りを通過するかが予測できると意外と何とかなるんだよな、このドッジボールもどき。
もっとも、こうしている間もエディウスは『雷魔法』を使い続けているわけで、おかげで『剣術』を使用するための溜めができない、と。
なるほど。
溜めがいるんだな? 『剣術』って。
『あ、そうそう、テスターでも俺の知り合いで『剣術』持ってる人がいるぞ?』
『そうなのか?』
『えっ!? その迷い人も同じ年ぐらい!?』
そういえば、十兵衛さんも最初から『剣術』持ってたよなあ、って。
あの時はそういうもんかと思ったけど、今ならちょっとだけ、あの時驚いていたカミュの気持ちがわからないでもないな。
身体のレベルが一桁で『剣術』使えるって、相当めずらしいケースだろうし。
一応、ふたりにも十兵衛さんのことを伝える。
てか、ユウには何かの折に伝えてたと思ったんだけど、全然だったらしい。
いや、俺うっかり。
『初日からカミュに一騎打ちを挑んで死に戻ったのは相当のインパクトだぞ?』
『いや、そもそも、『けいじばん』でその話の詳細を見たことないぞ。セージュ、お前、それに関して吹き込んでないだろ』
呆れたようにユウが嘆息する。
そういえば、あの件って、カミュが早々に『けいじばん』対応をしていたので、俺の出る幕がほとんどなかったんだよな。
だから、忘れてしまったんだろう。
……うーん、他にも忘れていることがあるような。
『そんなことより、セージュ。お前、その人が『剣術』を使っているのを見たか? どの属性かわかるか?』
『いや……向こうでいう武術の技は色々見せてもらったけど、魔法がらみの使い方はしてなかったと思うぞ? カミュとかからもエルフなのにもったいないって言われてたし』
『は!? エルフで『剣術』!? いやいやいや、おかしいよ、それ! うちの家系、竜種から『剣術』の基礎については教わったけど、その時、ついでみたいな感じで話を聞いたってば! エルフって、魔法の適性に振り切ってるから、『剣術』みたいな使い方とびっくりするぐらい相性が悪いって話だよ? 精々が矢を射る時にそれに乗せる使い方をするぐらいだって』
『あ、そうなの?』
いや、今のエディウスの言葉にも突っ込みどころはあるんだが。
それはそれとして。
十兵衛さんって、相当変なスキル構成になっているらしいな。
あ、カミュも呆れてたか?
『うん。それだったら、魔法をそのまま剣状にした方が早いし、そっちの使い方ならおかしくないってさ』
『ふうん? まあ、剣の腕だけで、大型の蛇モンスターの頭を一刀両断するぐらいだしなあ。案外、スキルの力に頼ってないのかもな』
たぶん、純粋な戦闘技術とかなら、ユウよりも十兵衛さんの方が上だろうし。
もっとも、横で共戦しているこの男も、ことゲームなら、けっこうひどい感じの戦いかたをするからな。
この世界なら、十兵衛さんに勝てるかも知れないけど。
ふと、十兵衛さんがラースボアの首を飛ばしている瞬間のことが思い出された。
あれ、俺はちょうど穴から首を出したところだったんだけど、衝撃的だったんだよな。
ゲームが始まって早々に、あんなことに巻き込まれたら誰だってびっくりするだろうけど。
『――――は!?』
『――――ええっ!?』
『うん? どうした、ふたりとも?』
『いや、ラースボアって、巨大変異種じゃねえか!? いくらなんでも普通の剣だけで斬れるものか?』
『あり得ない……けど、実際に首が飛んでるよね?』
あれっ? と思ったけど。
どうやら、俺が思い出した光景がふたりにも共有されてしまったらしい。
あ、『同調』ってそういう効果もあるのか?
かなり衝撃的で、印象がもの凄く強かったイメージだから、ってのもあるかもしれないけど。
ただ、それは偶然にもきっかけになったようで。
『――――もしかして、『水』か?』
『可能性はあるね。直前の強力な『水魔法』が呼び水になっている、とか』
『ちょっと試してみるか』
『いいんじゃないの? どうせ、すぐには倒せそうにないし。これも訓練だよ』
そう言って、不敵に笑うユウたちなのだった。




