第236話 添乗員、目の前の戦闘を見つめる
《対『流血王の鎧』戦》
《アスカ視点》
その時、セージュ君とユウ君がお互いを見つめて笑いあった瞬間。
今までの『鎧』との戦闘が大きく変化したのを私は感じた。
何が、と改めて尋ねられると困ってしまうのだけど、今までのものが『様子見』だとすると、今の状態は『きちんと敵と向き合っている』という感じだろうか。
それというのも、今、私たちの目の前で展開されているのは、さっきまでの話を聞いていたものにとっては信じられないというか。
『死線』とも言えるような戦いだったから。
セージュ君たちが採っているのは『鎧』との近接戦闘だ。
ヴァーチャルリアリティのゲーム。
そのテスターとして参加している私。
だけれども、それはあくまでも旅行プランナーとして、VRの媒体を活用した『異世界旅行』の計画立案する。
その目的のために、この『PUO』に参加しているに過ぎなかった。
特にゲームに思い入れがあるわけでもなければ、テツロウ君やクラウドさんのように、ゲーム関係の職業についているわけでもない。
そう。
ただの素人に過ぎない。
だから、目の前で起こっていることが、VRゲームを楽しむ人たちにとって、どれほどの凄いことなのかもわからない。
「セイ! A二から十! B1! R半! 再度、A十一から五!」
「おう!」
「エディ! そっちは『同調』の指示のままで続行!」
「了解。バックアップね。あと、『同調』だけじゃ足りないからって、同時に口に出さないでって。こっちも一瞬順番がわかんなくて混乱するから」
「慣れろ。セージュはきちんと対応できてるぞ」
うん。
少し離れた場所から聞いていると、何を言っているのかわからないけど、三人――――ユウ君とセージュ君、それにユウ君と一緒に現れた銀色の鎧を身につけた騎士の人。
その三人があの血塗れの『鎧』への特攻をかけた瞬間から、矢継ぎ早に指示を繰り返しているのはユウ君だ。
でも遠くから見ているだけだと、本当に何を言ってるのかわからないのだ。
さっきから、数字と英語を組み合わせただけの指示で。
でも、それを聞いたセージュ君と騎士さんは時折頷きつつも動いているように見える。
今もセージュ君が『鎧』の弾いた石の弾を後ろに飛んで、そのまま横に半歩だけずれて回避したかと思うと、すぐさま、持っている鎌で袈裟懸けに斬りつけていた。
金属同士が削り合う音が響く。
でも残念ながら、『鎧』の強度の方が強いようで傷はほとんど付けられない。
それでも、諦めることなく攻撃と回避を繰り替えす三人。
騎士の人はユウ君とセージュ君より数歩離れた場所に位置して、長槍による牽制を繰り返している。
見ていて怖いぐらいの接近戦を繰り返しているのは、ユウ君とセージュ君のふたりだけ。
それはまるで高速で舞踏しているかのようだ。
全然、攻撃が通用していないのに。
相手は致死性の攻撃を繰り返しているというのに。
怖くないのかな? とは思う。
というか、これがゲーマーにとっての当たり前なのかな?
私はゲームの素人で。
やっぱり、ゲームの中とは言え、死んだりするのは怖い。
だって、このゲームは、痛みを軽減してくれているとはいえ、死ぬ時はそれ相応の痛みや苦しみを経験することになるって、『死に戻り』したことがある迷い人さんも『けいじばん』で言っていたし。
おそらく……医療に精通した人も、このゲームの開発に携わっているのは間違いないわよね。
『施設』が医療従事職で固められているのを見れば、そのぐらいのことは推測できる。
大分前に、妊婦さんの産みの苦しみを男性でも疑似体験できる装置が開発されて、今はVRの中でよりリアルな痛みと苦痛を体験できるプログラムへと発展している。
一応、子供を授かった夫婦の旦那さんも、なるべくそのプログラムを体験することが推奨されていることは、子供のいない私も知っている。
それと同様に。
既に、致死に関する痛みの研究もVRの世界へと発展しているのだ。
もちろん、一歩間違えると拷問装置のようにもなってしまうので、倫理的にはそういうことはやりません、という風にはなっているけど。
それでも、だ。
ちょっと前のクレハさんやツクヨミさんの言葉。
そして、このゲームの住人であると自称しているカミュさんの言葉。
それらを耳にして以来。
私の中で、以前よりもずっと強く、『死に戻り』への恐怖心が芽生えてしまった。
このゲームが単なる玩具の延長線上ではなく。
人間の生命に関する研究実験の材料になっているんじゃないか、って。
そう、妄想してしまったから。
「危ないですよ? アスカ様」
「――――えっ!?」
不意に、ツクヨミさんに身体を抱き寄せられて。
一瞬前に自分が立っていた場所を石の弾が通過していったのを感じた。
――――っ!?
あまりにも近い風切音に身体がビクッと怯えて。
それでも、助けられたことに気付いて、感謝の言葉を口にする。
「あっ!? ありがとうございます、ツクヨミさん」
「いえいえ。ですが、アスカ様。今はまだ戦闘が終わっておりませんので、あまり他のことを熟考されるのはおすすめしませんよ?」
そう言って、その白髪の執事さんは苦笑を浮かべた。
セージュ様やユウ様が頑張っておられるのに、わたくしどもが気を抜いてはいけません、と。
――――ふぅ。
そうだった。
うっかりしていた。
いや、気を抜いていたつもりはなかったんだけど。
恐怖心から、現実逃避をしようとしていた自分に気付いて、パンと頬を張る。
残る頬の痛みと共に、現実感が戻って来る。
いや。
よくよく思い起こせば、昨日の朝、『オレストの町』を出てから『精霊の森』に至るまでの間ずっと、私にとって、今までとは大分異なる状況が続きすぎたのだ。
そもそも、『試練系』のクエストって何?
そんなの今まで『けいじばん』でも触れられたことなんてなかったじゃない。
なのに、セージュ君やクレハさん、他の皆もそれを当たり前のように受け入れちゃってるし。
血塗れの『鎧』にずっと追いかけ回されるなんて、ホラーもいいところじゃない。
どんな装備を身につけていても、一撃で殺されるって、何とかの殺人鬼と変わらないじゃない。
というか。
それ以前から、ちょっとおかしいとは思ってたのよね。
セージュ君が連れている女の子も、可愛らしい虫のモンスターも、緑色の肌をして、せっせと苔を育てている毒舌の子も。
ちょっと逸れたらいつの間にか、精霊の女の子と空飛ぶみかんみたいなモンスターも味方にしちゃってるし。
うん。
やっぱり、普通じゃないわ。
もっとも、セージュ君にしてみると、自分はごくごく普通のゲーム好きだって評価みたいだけど。
私はそうは思わないわよ?
ユウ君は、スタート地点も違うし、レア職業か何かが原因で離れてしまっているから、普通とちょっと違うのはわかる。
でも、セージュ君の場合、みんなと同じスタートなのに、だいぶ他のみんなとは別の道を歩いているような。
そんな印象を受けるのだ。
だからこそ、目の前の、一見すると異常な戦闘もごく普通に感じているのかも知れない。
どこか楽しそうに笑いながら戦っているふたりと、肩をすくめて苦笑しつつも、それをフォローするように周囲を駆け続ける騎士さん。
そんな三人を遠巻きに、興味深げに見つめている私以外のみんな。
「へえ、すごいじゃないの、マスター。いつもこのぐらい本気出しなさいよ」
「うん、よくセージュ、あんな近くから全部避けられるよね」
「きゅい――――♪」
「そうよね、ルーガ。ふふ、今のマスターならちょっとかっこいいかもね」
「ぽよっ♪」
まるでちょっとした舞台を見ているような感想を口にしているのは、セージュ君と一緒に行動しているNPCさんたちだ。
もちろん、NPCさんって言っても、ゲーム内で一から生まれて、時間をかけて育っているから、その人格は普通の迷い人と変わらないって、カミュさんは言っていたけど。
それにしては、死に対する恐怖とかは育っていない気がする。
下手をすれば、セージュ君が『死に戻る』かも、ってことは考えないのだろうか。
あるいは、『死に戻って』もすぐ復活すると考えている、とか?
右へ左へ。
キンキンと金属音を響かせながら、続いていく高速戦闘。
『鎧』の攻撃が放たれるのとほぼ同時に、ともすれば、攻撃よりも早く、三人の身体が予期せぬ方向へと移って回避して。
次の瞬間には、攻撃へと転じている。
攻撃の方法は様々だ。
時には持っている武器による攻撃。
時には魔法。
セージュ君に至っては、爪で切り裂こうとしたりしているし。
それでも、だ。
「……あの距離で当たらないのね」
「まったく大したものだな。あれが、セージュたちの本気か? それだったら、さっきまでも牽制役を任せても良かったな」
私の独り言が聞こえていたらしく、少し離れた場所にいたグリードさんもまた、そう言いながら苦笑する。
十分に『鎧』と戦えている、って。
なので、私もグリードさんに尋ねる。
「あのままで、倒すことはできるのでしょうか?」
「攻撃の通りは甘いので何とも言えんがな。『雷』の使い方といい、攻撃の手順といい、連中、相当に場馴れしているようだ。案外、俺の知らない策でもあるのかも知れない」
だから、と。
「少しは期待を持ってもいいんじゃないのか?」
そんな精霊さんのお偉いさんの言葉に、私も頷いて。
どこか期待した気持ちで、目の前の戦いを見つめるのだった。




