第232話 農民、弾を回避する
『うわっ!? やばっ!? 散って散って! 一か所にまとまるとまずいよっ!』
「ていうか、あんなのアリかよ!?」
『みかん、大丈夫ー?』
「ぽよ……」
『ほら、レランジュの実があるから今のうちに食べて!』
何とか、みかんの頑張りやビーナスの『実の弾』による麻痺攻撃などで『鎧』の下半分までは『小精霊』を奪って無力化することに成功した俺たちだったが、問題はその後だったのだ。
まず、動きが鈍ったことで開き直った『鎧』が持っていた剣を投擲して、それがみかんの身体に直撃した。
それによって、みかんの身体の四分の一ぐらいがなくなってしまったのだが、そこはさすがはみかんというか、俺たちが持っていた『レランジュの実』を食べたり、ウルルちゃんたちが『小精霊』を分け与えてくれたおかげで、少し小さくなってしまったけど、無事再生することができた……んだが。
その結果、『鎧』の剣が遠くに飛んで行ってしまって。
おまけに機動力も落ちてしまった『鎧』はその場に落ちていた石を投げ始めたのだ。
指弾、か?
正確には鎧の手の部分で弾いている感じだけど、それも『貫通』能力は宿っているらしく、飛んできた礫によって、『精霊の森』の結界が数枚貫かれてしまったのだ。
あー、うん。
原因の一端は俺とかアルルちゃんにある。
散弾のように礫が飛び散るので、効果的に攻撃を通すことができた『石礫』。
あの魔法を使い過ぎたんだよな。
おかげで、血塗れで大分ボロボロになってきた『鎧』の周辺には礫になりそうな手頃な石がたくさん落ちているってわけで。
結果として、この場は一転、弾幕をかわしていくシューティングゲームのような状況になってしまったというわけだ。
まあ、さすがに弾幕ってのは大袈裟だけど。
それでも、それなりの速度で礫が飛んでくるので、それをどうにか必死に避けているのが現状だ。
こうなると、ゆっくりめの拳銃を相手にしているのと変わらないよな。
ゲームの世界じゃなかったら、一歩も動けなかったっての。
てか、ここで活躍してくれたのがツクヨミさんだ。
どうやら、この人、現実でも銃撃戦とかの経験もあるみたいで、クレハさんを護るついでに、致命傷になりそうな場所に突っ立っていた俺とかアスカさんのことも助けてくれたりしたのだ。
「この程度は、朱雀院の執事としての嗜みです」
うん。
すごいし、カッコいいよ、ほんと。
ぶっちゃけ、『朱雀院』って何なんだとは思ったけど。
何せ、クレハさんもある程度は射線がわかるようなのだ。
何だかんだで、クレハさん剣術みたいなことも嗜んでいるみたいだし、家全体で武芸に秀でている感じではある。
とはいえ、ここからどうしたもんか。
できれば、今のうちに何とかしないと、また『鎧』の麻痺が治って、活発に動き始めてしまうだろ?
そうなったら、正直、勝ち目がない気がする。
みかんが残っている『小精霊』を食い尽くせば、こっちの勝ちだけど、致命傷になる礫が飛んでくる状況だと、近づくこともままならないんだよな。
この場合、遮蔽物がまったく意味をなさないし。
……うん?
あれ?
もしかして、塹壕戦の方がまだ見込みがあるか?
でも、怖いのは地面でも一定距離までは貫通するんだよな、この礫。
穴を掘って、真下まで近づくのもそれなりに覚悟がいるぞ、これ。
『死に戻り』覚悟の案件だよな、今更だけど。
「オットー! どうにかできそうか!?」
『だめだめー! さすがに打ち出される方向を読み切れないよ! 破損した結界は十五! 今の状態だと、結界を発動させるだけ無駄だねっ!』
「最後に一度だけ飛ばせるか?」
『数枚犠牲にすれば、何とか、かなー?』
「それでいいから、西側にもう一度だけ飛ばせ! 戦闘区域をそちらまでずらす。今のままだと『森』まで『空間変動』が及ぶからな!」
『了解ー! グリードも支援頼むねー!」
「ああ!――――まだ何とか行けるな!? 礫ではこれは防げまい? 『山落とし』!」
うわっ!? これも『土魔法』か?
グリードさんが『鎧』の頭上に巨大な岩山を生み出したかと思うと、そのままそれを下へと落とす。
慌てて、頭上の岩山に反応して、指弾を上へと連打する『鎧』。
それだけで、岩山が少しずつ削れていくが、さすがに落下までに破壊するのは無理があったらしく、そのまま、下敷きとなる『鎧』。
いや、さすがにちょっと待て。
これでも壊れないのかよ?
丈夫とかそういうレベルじゃない気がするぞ?
ただ、そのぐらいはグリードさんたちもわかっていたらしく、すぐさま、オットーさんによって結界が発動して、そのまま岩山ごと『鎧』を離れた場所へと飛ばして。
『よしっ! 行ったよー! 北西方向。今のうちに距離を詰めて!』
「よくやった! ではここにいる全員、『印』を刻まれていると見なすぞ! 今度はこっちから攻めるからな! 俺に続いてくれっ!」
グリードさんの号令と共に。
俺たちは、『鎧』が飛ばされた方角へと移動するのだった。
あれっ?
しばらく進んだ場所で、想定外の異変が起こっていることに気付いた。
遠くに見えるのは『鎧』だ。
だが、その側で、それと戦っている人影も見えたのだ。
「……もうすでに戦っている人がいる?」
「こんなところに人だと? モンスター同士ならわかるが……妙だな。さすがにオットーの眼もこの辺りまでは届かないようだしな」
先頭を走っていたグリードさんも首を捻る。
てか、やっぱり精霊さんって移動速度が速いな。
俺たち、カールクン三号さんとモミジちゃんがいなかったら、完全置いてきぼりを食らっただろうし。
ちなみに、すでにオットーさんの声も聞こえなくなってしまった。
あの精霊と連絡できるのも『森』の側までらしいな。
つまり、ここからは結界の護りは存在しない、と。
もっとも、さっきの礫による攻撃を見る限りだと、どっちにせよ、結界は当てにできなかったけどな。
まあ、それはそれとして。
「戦っているのは、鎧を着ている人たちですかね?」
「そのようだな……うん? あの銀色の鎧は……?」
近づきながらも、グリードさんが驚いたような表情を見せて。
「間違いない。あれはレジーナ王国の第九騎士団の鎧だな。しかし、なぜこんなところまで出向いている……?」
「第九騎士団……? グリードさん、そんなところまでわかるんですか?」
「まあ、あの騎士団は色々な意味で有名だからな。レジーナの騎士団の中でもちょっと特殊な団だ。王妃直轄だからな――――って、ああ、そういうことか。これは要するにあの女狐が絡んでるってことだろうな」
「女狐?」
「レジーナの王妃のことだ。あまり積極的には関わり合いになりたくない相手ではある、が、今回ばかりはあの『鎧』が絡んでいる以上は仕方ないか。ふん………………」
まあいい、とグリードさんが頷いて。
「ある意味、俺たちにとっても敵ではないかも知れん。それはそれで好都合だ」
目的がはっきりしない以上、楽観視はできないが、それでも『倒す』という点で利害が一致する可能性が高いから、と。
ふうん?
レジーナ王国の騎士団、ねえ。
ここからでもかなり離れているって話だけど、随分と遠くまでやって来たんだな?
そんなことを考えながら。
その『鎧』と『騎士』たちの戦いの場に乗り込む俺たちなのだった。




