第228話 農民、精霊の力に驚く
「すご……」
「やるな。さすがは精霊のダブルというべきか」
呆気にとられた俺の横で、カミュが感心したような声をあげる。
泥で出来た龍の顕現化。
その『龍』が『鎧』を一飲みしたかと思うと。
後に残ったのは、巨大な龍が頭から地面に突き刺さったような形のまま固まった、大きめの山のようなものだけだった。
これが精霊種の本体の力か。
それが『憑依』状態となって、シモーヌちゃんを通じて混じり合うことによって、このような大規模な『泥魔法』を使うことができるようになるのだそうだ。
純粋に相性の問題もあるだろうが、この場合すごいのはアルルちゃんとウルルちゃんだけではない。
その受け皿となりながらも、力の操作に飲まれていないシモーヌちゃん。
見た目はファン君ぐらいのちっちゃな女の子にも関わらず、その『依代』としての資質については、精霊さんをして、驚きをもって迎えられるほどのものらしい。
「双子の親和があるとはいえ、いや、むしろだからこそ難しい。そもそも、アルルもウルルもフローラの名を受け継ぐだけの資質を持っている。その力は決して弱くない」
『まだ、精神的に未熟だけどねー。僕みたいにもうちょっと大人にならないと』
「おい、オットー、お前それ、突っ込み待ちか?」
呆れたようにグリードさんが言って。
目の前に新しくできた大きな地層を見つめる。
「『泥』は『土属性』に含まれる。だが、ウルルたちのこれはもはや別の属性としてもいいぐらいだな。土から泥。泥から土。それによって、強制的に相手の動きを封じる『地層封印』だ」
『普通のモンスターなら、その時点で生き埋めだね』
そう、グリードさんとオットーさんが教えてくれた。
やっぱり、精霊種は『精霊化』――――本体に戻った時の方が、本体の属性の力を発揮できるようになるそうだ。
ウルルちゃんなら『水』。
アルルちゃんなら『土』。
両者の力をシモーヌちゃんがパスとなって通じ合わせて。
それによって、生み出されたのがこの『泥の龍』なのだとか。
いや、やっぱり凄かったんだな、このふたり。
俺が感心しながら、そう言うと。
ウルルちゃんもアルルちゃんも首を横に振って。
『違うよー、セージュ。これ、ウルルたちだけがすごいんじゃないんだよー』
『そうよそうよ。別々の精霊の力を混ぜ合わせられるのは、シモーヌの力よ』
『特に属性違いの精霊の力って混ざらないからねー、ねー、シモーヌっ』
「えっへん」
「へえ、そいつはすごいな。あたしも何人かは『精霊術』を使えるやつは知ってるが、ちょっと普通じゃないな。生まれながらにして、かなり親和性が高いってことか」
胸を張る三人に対して、カミュも頷く。
どうやら、シモーヌちゃんの能力も、カミュから見ても大したものらしいな。
「おそらく、精霊種に近しい存在の側に住んでいたのだろうな。幻獣のやつらの話だと、我らもこの世界の由来のものではないそうだしな」
『案外、シモーヌも精霊の血が混じってるのかもね』
「うん? おい、グリード。あんた、この世界でも幻獣種に会えたのか?」
「この世界、か? いや、確かに此度の放浪では遭遇できなかったな。まあ、連中も気まぐれだからな。たまたま留守だったのだろうさ」
「……そうか」
グリードさんたちの言葉にカミュが考え込むような仕草を見せる。
――――と。
俺たちの後ろの方から声がして。
「マスター、来たわよ! それで、わたしは何をすればいいの?」
「クエッ!」
「――――ぽよっ!」
あ、そういえば、さっきビーナスたちも呼び寄せていたんだよな。
どうやら、『村』にいた人たちの避難もある程度は済んだらしく、それでこっちの方へとやってくることができたようだ。
カールクン三号さんに乗ったビーナスとみかん。
無事、『転移陣』を使ってご到着、と。
「おい、オットー、詳しい説明はしていないのか?」
『いや、どこにそんな余裕があったのさ!?』
「どこにって、お前、割と余裕を振りまいてたよな?」
『あのね、グリード。追いつめられる時ほど、そういう風に振舞わないとダメなんだからね? 僕らが焦れば、士気が下がるんだからさ』
うーん。
何か、グリードさんたちが揉めてるよな?
というか、『鎧』が目の前の地層に固められてはいるんだけど、これでもう安心ってことなのか?
何というか、倒したって感じはゼロなんだが。
とは言え、ビーナスがむすっとしてきたので、ひとまず、ここまでの事情について簡単に説明をする。
「ふーん? つまり、わたしがその『鎧』のマーキングを解けばいいのね?」
「できるのか?」
「そうね、やってみないと何とも言えないけど……でも、このおっきな山みたいなのの下敷きなんでしょ? 出て来てくれるか、掘り返すかでもしないと試しようがないわよ?」
ビーナスによると、どうやら、呪いの解除や呪い返しをするには、元の術師がどこにいるのかを認識できた方がうまく行きやすいらしい。
指向性のある呪いなら別に返すだけだけど、無差別に敵認定された時の印みたいなものになると、ちょっと毛色が変わったりとかもするのだとか。
いや、そうは言っても、だ。
せっかく、動きを封じたのに、また掘り起こすのか?
能力的に、かなり生け捕りが難しい相手の気がするんだが。
「どうしたもんかね? ……あ、そうだ。これも地層ってことは一応は地面の中になるんだよな?」
だったら、俺の例の特技が使えるか。
相変わらず、言い争っているグリードさんたちの横で、そのかちかちに固まった地層の山の一部に手を触れてみる。
たぶん、中の状態ぐらいは何となくわかるような気がしたし。
それにしても、意外と硬いな、これ。
『泥』って言っていたけど、石とか砂利も混じって、それで固められてるみたいだな。
「どう、マスター、どの辺に埋まってるかわかる?」
「ちょっと待ってくれよ。人間大の大きさの異物だろ? それらしい反応はけっこう、奥の方にあるな」
「セージュ君、地面の中の状態がわかるの? それも『土魔法』なのかしら?」
「だと思いますよ、アスカさん」
『あれーっ? 『土魔法』なら、アルルも得意だよねー? そんなことできるのー?』
『できなくもないけど……『土魔法』単体だと触れてる土の側ぐらいよ? わたしやウルルなら『精査』や『感知』を使った方が確実ね』
「あっ、そうなのか?」
アルルちゃんって、ノームだから『土魔法』特化だよな?
それでも、そっち側の能力では俺みたいなことは難しいらしい。
どこに何が埋まっているかは、別の系統の能力を使った方がいいようだ。
ふーん?
やっぱり、これって、『土の民』の種族特性っぽいな。
俺、そっちの『感知系』の能力は持ってないし。
「とりあえず、動きは封じたがな。これで倒せた保証もない。本当に『印』を外すことができるならそれに越したことはないぞ。後はオットーが封印を二重に重ねて、俺が『戦闘狂の墓場』まで送り届ければ、それで何とかできるがな」
『うんうん、そうすれば、封印が解けても、追って来る心配がないからねー』
おっ? どうやらグリードさんたちの言い争いも終わったようだな。
どうやら、俺とビーナスのやることには興味があるみたいだ。
実のところ、グリードさんたちの見立てでも、さすがに今の攻撃で『鎧』の本体を破壊できたかは微妙らしくて、もしビーナスが『マーキング』というか、呪いを解除できないと、もうちょっと面倒くさくなるようなのだ。
「まあ、いっそのこと『幻獣島』まで捨ててくるのも手だな。連中の異界に送っちまえば、もう出て来られないだろうしな」
冗談交じりでそう言って、グリードさんが笑う。
もちろん、できれば、ここでケリがつく方が助かるとも言ってるな。
無理やり倒そうとすると被害甚大なので、グリードさんたちの中では封印状態でどこかに投棄する方向で考えているようだ。
うーん。
そういう解決の仕方でもいいのかね?
土の中を調べつつ、俺が微妙な表情を浮かべていると。
不意に、どこからともなく、何かを囁くような声がして。
『………………』
「……えっ?」
何だ、今の?
俺が違和感を感じて、周囲を振り返った、その時だった。
一切の前兆がなく、突然、俺たちが立っている地面が左右へと揺れ出した。
「うわっ!? これ、地震!?」
「まさかこれも『鎧』が!?」
「いや! 違う! 揺れの範囲が『森』の外向きに広いぞ――――まずいな、『地層封印』は地震との相性が悪いんだ――――おい、オットー! 上から封印を重ねろ!」
『すぐやるっ! でもグリードも、地震を相殺してっ! これ、どうやら、自然の地震じゃないよっ!?』
「――――何だと? 『森』に対する攻撃、か?」
グリードさんが動揺を浮かべたのは一瞬。
すぐに動いて。
「くっ!? けっこう範囲が広いな……周辺魔素の残量が心配だが……仕方ない。重ねるぞっ! 『地震』!」
『こっちもっ! 『氷結封印』っ!』
グリードさんとオットーさんの魔法が同時に発動した。




