第225話 農民、『鎧』を目の当たりにする
『クエスト【試練系クエスト:『流血王の鎧』の暴走を止めろ】が発生しました』
『注意:こちらのクエストは強制クエストとなります』
『加えまして、イレギュラークエストでもあります』
『逃走は可能ですが、逃げた場所にも追いかけてきますのでご注意ください』
『皆様の思うがままに行動してください』
「――――っ!? これはっ!?」
俺の頭の中で例のぽーんという音が響いて。
クエストの内容が明示された。
いや、驚く必要はないな。
もう既に、クレハさんたちは強制クエストを受けた状態になっているって言っていたしな。
だが、この内容を見る限りだと、だ。
俺たちも『鎧』のターゲットとしてロックオンされたようだな。
そう考えて、カミュの方を見ると、この金髪の不良シスターも頷いて。
「ああ。あたしの方にもクエストが来た。はは、これはここで片付けないと、延々と狙われ続けるってことになるだろうな」
「倒すしかない、か」
「そういうこった。ほら、セージュ、なっちゃん、見えるか? あっちのずっと奥、色付き結界の向こう側だな。『鎧』のやつ、ゆっくりと近づいてくるぞ」
「あれか」
「きゅい!」
カミュが指差した方角のずっと先の方、淡い桃色っぽい色付きのセロファンを通したような向こう側に、豆粒ぐらいの大きさの『鎧』のようなものが見えた。
まだこの距離だと『鑑定眼』が使えないな。
ちなみに、色付きのセロファンのようなものは、『精霊の森』を包んでいる結界だ。
『狙いを定めやすいように可視化した』
そう、グリードさんは言っていたな。
通常の結界は、トラップ装置のようなものも兼ねているので、透明にしてあるらしいけど、今回の場合は、俺たちが攻撃箇所を特定できなくて困るだろうから、という理由で、内側からなら、どこに結界があるのかをわかりやすくしてくれたのだとか。
所々に穴が開いたようになっている箇所もあり、それが今回の作戦のポイントなのだそうだ。
オットーさんだっけ?
確か、ルーガたちが出会った蛙さん。
その人が、穴が開いた状態のままで結界を維持しているのだそうだ。
『鎧』の攻撃に対して、穴の位置を動かして、結界にダメージを受けないようにしつつ、相手の持っている武器以外の場所に結界を触れさせて、罠を発動させる。
そうすれば、『森』から離れた場所に飛ばすことができる、と。
言葉にすると簡単に聞こえるけど、これ、結界管理者として、かなりの力量がないと難しいことなのだそうだ。
そもそも、カミュに言わせると、広範囲に結界を張りつつ、かつ細かい部分での形状コントロールを行なうなんて、ちょっと人間業じゃないってことらしいな。
もっとも、オットーさんは人間じゃないけど。
「さすがは『ナンバース』のひとりではあるよな。あたしらと出会った時のおちゃらけた雰囲気とは大分違うな。同一人物とは思えないぞ」
『あー、カミュ、ひどいねー。こっちも必死なんだけど』
「えっ!?」
俺たちの会話に、高い声が割り込んできた。
もしかして、これが『遠話』か?
さっきも、グリードさんが話していたけど、相手の会話に関しては、よく聞き取れなかったんだよな。
どうやら、今は俺やカミュに合わせて、声を飛ばしているらしい。
そんなオットーさんに、カミュが呆れたような表情を浮かべて。
「なら、余計なことに労力を使うなよ。てか、いちいち聞いてたのか?」
『もちろんだよー。僕ってば、雑談とか余計なおしゃべりとか大好きだからね』
「……時と場合を考えろ。褒めて損したっての」
『ふふん。実際、話しながらの方が集中できることもあるんだよ。あんまり並列思考を走らせすぎると、情報の波に飲み込まれるからねー』
意外と無駄話って役に立ってるんだよ、とオットーさんの楽しそうな声だけが響く。
へえ、そういうものなのか?
というか、『並列思考』とかそういう能力もあるのか。
まあ、そのぐらいじゃないと、結界の管理なんてできないのかもな。
「ふうん? あたしの知ってる似たような能力持ちのやつは、逆のことを言ってたけどな」
『それは、たぶん、会話自体を余計なノイズとして受け取ってるんじゃない? 情報量が増えすぎて扱いきれないってだけかも知れないけど』
「なるほど、能力不足ってことか。ま、あたしもおんなじことしろって言われたら、頭がパンクする自信があるな」
『人間種って、思考の並列処理が苦手だもんね』
だから、魔法の能力が低いんだよ、とオットーさん。
「えっ!? 魔法の力と関係があるんですか?」
『うん、そうだよ、セージュ君。まあ、初級レベルなら、型が決まっているからあんまり関係ないけど、精密な魔法発動には『並列思考』が不可欠だから。要素をひとつひとつ見極めて、編み上げるようにしないと無駄が多いんだよ。だから、人間種の使う大規模魔法って、大雑把なんだよ。何でもかんでも束ねればいいと思ってるんだから』
なるほど。
それは初めて聞いたな。
オレストの町って、魔法屋さんが閉店休業中だから、詳しい魔法の理屈が全然聞けなかったんだよな。
ただ、聞けば聞くほど、スキルの補助がないと使いこなせそうにない、って印象が強いんだが。
そもそも、『並列思考』って言われてもピンと来ないしな。
てか、大分『鎧』が結界まで近づいて来たぞ?
無駄話をしてられるのもここまでだな。
すでに、俺たちも戦闘に備えて、各人定位置についている状態だ。
俺はカミュとなっちゃんと一緒で、結界から少し離れた場所で待機している。
アスカさんとルーガは遠距離攻撃ができる、俺たちより離れた場所に。
グリードさんは、戦闘経験が豊富ということもあり、先陣に、その後方にクレハさんやモミジちゃん、あとウルルちゃんたち精霊組が待機しているな。
本当はグリードさんが指揮官として動いた方がいいんだろうけど、今回の場合は『敵』を引き付けるのにも技量が必要なので、そういった布陣になってしまったのだ。
何せ、防御ができない相手だ。
闇雲に前衛を増やしても、何の役にも立たないのだそうだ。
少数精鋭。
それを、『結界遣い』のオットーさんがフォローする形だな。
俺たちは状況を見つつ、グリードさんの邪魔をしないように、サポートと攻撃を繰り返す、ぐらいしかできないようで、それが少し悔しい。
十兵衛さんとかがいれば、近接戦闘でも何とかなったんだろうけどなあ。
――――と。
名前:『流血王の鎧』《狂化状態》
年齢:◆◆◆
種族:死霊種(モンスター)
職業:
レベル:◆◆◆
スキル:『◆◆◆』『◆◆◆◆◆◆《『◆◆』『◆◆』『◆◆◆◆』『◆◆◆』『◆◆◆◆』『◆◆◆◆◆』『◆◆◆◆』》』
よし、『鑑定眼』が使えたぞ!
……って、ダメだ、ほとんど何にもわからないぞ。
俺とのレベル差があり過ぎるのだろう。
だが、カミュはそうではないようで。
「あ、なるほど。そういうカラクリか」
「カミュ、何かわかったのか?」
「ああ。わかったからってどうなるわけでもないがな。スキルの中に『限定条件特化』って項目があった。武器を使う条件下で、複数のスキルを内包する能力らしいな。いや、それにしてもひどいな、これ。『切断』『貫通』『防御無視』か。それに魔法は斬る、精霊みたいな非実体も斬る、おまけに不死殺しみたいな能力もあるぞ? まあ、最初の『念動力』は『死の鎧』系なら、大体が持ってる能力だがな……ああ、くっそー、これで『不死属性』を持ってたら、自滅を狙えたのになあ……そこまで甘くないか」
おー、さすがカミュだ。
相手の全部のスキルが読み取れたらしい。
どうやら、『限定条件特化』ってので、それ以降のスキルが強化されていて、それで何でも斬れるようになっているみたいだな。
「なあ、カミュ。不死殺しって、『不死』のスキルを持っているやつでも殺せるのか?」
「当たり前だろ? セージュには前にも言ったよな? どんなに万能に見える能力でも必ず付け入る隙がある、って。ぶっちゃけ、『不死』に関しては、教会で対策済みだ。こっちにしてみれば、むしろ恰好の餌食だよ」
「そうなのか!?」
サラッとすごいことを言ってないか? カミュってば。
てか、死なない者を殺せるって、言葉の響きがおかしいんだが。
だったら、『不死』でも何でもないよな。
「それで、カミュ。この万能っぽく見える『鎧』はどうやって倒すんだ?」
「わかんね」
「おい……ちょっと待て」
「まあ、動きを見てからだな――――っと、グリードが動くぞ」
『僕もあっちに集中するね、カミュ、期待してるよ?』
カミュが真剣な表情に戻るのと同時に、オットーさんからの『遠話』が途切れて。
「無理はするなよ! 各自、危ないと判断したらすぐに退けよ!」
辺りにグリードさんの大きな声が響いて。
俺たちは『鎧』との戦闘に突入した。




