第223話 農民、精霊の森の最西端に向かう
「ここは……? 荒野って感じの場所だな?」
「うんー。『村』の外れから、更にずーっと西に進んだ辺りだねー、ここ」
飛ばされた先は、砂嵐が舞う、荒れ果てた地形のところだった。
ウルルちゃんたちによると、『村』の一番遠い『館』までの距離の倍ぐらい離れたところなのだそうだ。
普通に歩けば、俺たちの足だと一日以上かかるかも、って。
「普段は、今みたいなことはできないけどねー」
「結界の管理とセットになってるって聞いたわ」
なるほどな。
ウルルちゃんとアルルちゃん、ふたりの言葉に頷く。
さっき、俺たちがいた『人の館』。
そこから、突然空中に浮かび上がった、大きな魔法陣のようなものに触れた途端に、いつの間にか、この荒野まで飛ばされてしまっていた。
グリードさんが言っていた『転移陣』ってのがこれだな?
一瞬で遠くの場所まで転移するための魔法陣。
俺たちが『精霊の森』の結界と接触した時も、似たような目に合っているから、この手のことは精霊さんたちにとっては、お手の物なんだろうな。
もっとも、今が非常時だからってのもあるのだろうけど。
俺の他に飛ばされてきたのは、不良シスターのカミュと、俺と同じく迷い人のアスカさん、それにルーガとなっちゃんも一緒だ。
それと、どうしてもついてくるって聞かなかったのが、ウルルちゃん、アルルちゃん、シモーヌちゃんの精霊三姉妹だ。
いや、シモーヌちゃんは精霊さんじゃないみたいだけど。
というか、俺たちに対しても、どこかおどおどしてたのに、わざわざ危ないところについてきたのな?
「大丈夫だよー。ウルルたちと一緒なら、シモーヌも強いからー」
「そうね。こう見えて、十分戦力になるわ」
「頑張るっ!」
どうやら、ウルルちゃんたちのシモーヌちゃんへの評価はかなり高いらしい。
まあ、戦えるのなら、年齢とか関係ないか。
カミュの表情を見ている限り、かなりやばそうな相手みたいだしな。
ちなみに、ビーナスとみかんはカールクンたちと一緒に残って、『村』に住む精霊種以外の人たちの避難のお手伝いをしている。
精霊さんたちみたいに、遠距離をひょいひょい移動できる人ばかりじゃないので、そのためのフォローって感じだな。
てか、さっきの『転移陣』を使えばいいと思ったんだが、『精霊の森』の内側へのルートを『転移陣』で結ぶと、万が一、そこから侵入された場合、対処不能になるので、そういう使い方はできないそうだ。
何か、便利なようで不便なもんだよな。
一応、避難が終わったら、ビーナスたちもこっちに来るって言っていた。
今はお互いにやれることを頑張る、ってとこだな。
「で? どっちだ? 今戦ってるって場所は」
「うんー。ここなら、グリードおじさんの匂いがわかるねー。あっちあっちー」
「まだ直接はぶつかってないのかも。結界の向こう側に気配がひとつあるわ……あっ!? 気配が『森』から離れたところに飛ばされたっ!」
「なるほど。ってことは、まだ弾き飛ばすタイプの結界は生きてるってことか……よし! 今のうちに距離を詰めるぞ!」
「カミュ、移動しながらでいいけど、その『敵』がどういう相手なのか教えてくれよ」
危険だ、危険だ、って言われても、どうしていいかわからないぞ?
俺がそう尋ねると。
「基本は『死の鎧』と同じに考えていいだろうな。要は鎧だけの状態で、生前のやつが着ていたのと同じような動きをしてくるんだ。それだけでもけっこう厄介だぞ? 何が憑りついているかによって、肉体の代わりに煙状のものが見えたりとか、半透明の肉々しい感じの身体とかが見えるタイプもいるが、純粋な『小精霊』だけの場合は、普通に見ても身体の部分が見えないこともある」
いいか? と移動しながらも俺たち全員に聞こえるような声で、カミュが続ける。
「それこそ、ウルルたちみたいに『精霊眼』を持ってるか、『小精霊感知』みたいな感知系の能力があれば別だが、普通は身体が見えない。そうすると何が起こるかって言うと、透明な相手と戦っているような変な感じになるんだ。距離感が微妙に狂う。普通のモンスターや人間を相手にするより、かなり近接戦闘はやりにくくなるんだ。武器を持っている手が見えないからな」
「あ、なるほど。そういうのがあるのか」
「武装した透明人間と戦う風になるってことなのね?」
「まあな。ただ、アスカ、それも少し違うんだ。そういう認識だと足元をすくわれるぞ? 透明な人間なら、身体の形やその使い方は大きく変化しないだろ? ただ、『死の鎧』の場合は、その身体も『小精霊』だ。だから、いきなり手が伸びたような攻撃をしてくることもある」
うわっ!?
それはちょっと面倒だな。
一見すると、人間っぽくても、攻撃が普通とは異なる場合も多いんだな?
だから、そういうのにも注意して戦え、って。
近距離だと、何をされたのかわからないうちに傷を負わされることも多いのだとか。
「ねえねえ、カミュ。でも、ウルルたちだったら、その動きも見えるよー?」
だから、わざわざ『森』の住人が全員避難するほどじゃないんじゃない? とウルルちゃんが首を傾げる。
横にいるアルルちゃんも頷いて。
「そうね。ちょっと大げさな気もするわ。でも、グリードおじさんの判断よね?」
「焦るな。いや、少しは焦らないとまずいか。普通の『死の鎧』、いや、死霊系のモンスターが相手なら、そもそも精霊種の敵じゃないんだよ。『精霊化』した状態なら、物理攻撃との相性もいいし、動いている『小精霊』を散らしてしまえば、あっさり無力化できるからな。だからこそ、ここで『墓守』みたいなこともやってるわけだしな。問題は今回の敵の能力だ。『流血王』って言葉、どこかで聞いたことはあるか?」
「いや、俺は初めて聞いたぞ?」
「私もそうね。『けいじばん』でも話題にのぼったことはないわ」
「ルーガたちもそうだな?」
「うん、知らないよ?」
「きゅい――――?」
「ウルルたちも聞いたことないよー?」
「だろうな。セージュやアスカ、それにルーガが知らないのも無理はない。何せ、数百年前の逸話だからな。ぶっちゃけ、教会でも知らないやつは知らないぞ。ただ、まあ、魔族の襲撃とは別の意味で、かなり大勢の血が流れた時代があったんだ――――あ、時間がないから詳しい話は端折るぞ。今のレジーナ王国が生まれた時の最初の王が、その『流血王』と呼ばれる王だ」
「あっ!? レジーナ王国なのか?」
確か、ユウが騎士として頑張ってる国だよな?
そこの初代王が、いわゆる『血塗れの玉座』に上り詰めた人らしい。
「まあな。かつての大国の多くは、魔族の襲撃の余波でかなり疲弊していて、この大陸全土が荒れ果てていた時代のことだ。その身と剣ひとつで、敵を斬って斬って斬り刻んで、挙句、自分の国を作ってしまった――――って、まあ、ある意味で英雄だな。今に続く、大国レジーナの礎をたった一代で築き上げたからな」
「うわあ……その人のアンデッドが今回の相手ってことか?」
正直、それを聞いただけでもあんまり戦いたくない相手だよなあ。
やっぱり、その二つ名の響きが嫌だ。
「それは、あたしも直接見てみないと何とも言えないな。ただ、『戦闘狂の墓場』の英霊だったら、まだ言葉が通じなくもないんだがなあ……まあ、それは無理か。あそこの外に出てくるのはモンスターだけだ」
「ねえ、カミュ。その人って、どういう能力なのー?」
「そうよね。歴史なんかより、そっちの方が大事よね」
「ああ、悪い。話がずれたな」
そう言って、やれやれとため息をつくカミュ。
何となく、あんまり言いたくなさそうな表情をしてるようにも見える。
そのまま、ふぅ、と一息ついて。
「スキル自体の名称は残っていない。残念ながら、『ステータス』が発見される前の時代の話だからな。だが、伝承にはこうある――――『我が剣に斬れぬものなし』、だ。いわゆる、切断系特化の能力だな」
だから、とカミュが続けて。
「武器で受ければ、その武器ごと斬られる。防具もそのまま真っ二つにされる。飛んできた魔法は炎だろうと、風だろうと、爆発だろうと切り裂かれ、結界や障壁も意味を成さない……な? この上なく厄介だろ?」




