第222話 精霊憑き、訓練中に異変と遭遇する
《少し時間は遡る》
《精霊の森、最西端エリアにて》
「こちらでトレーニングですのね、グリードさん?」
「ああ、そうだ。どうしても『村』の住みたいのであれば、『精霊術師』になってもらう必要がある。クレハとツクヨミはそこまで到達するのが目標だな。今のところは、客人のままだからな」
「畏まりました、グリード様」
「――――――――!」
「そして、モミジ、お前は『人化』を取得すること。そうすれば、『人の館』での生活を許可しよう」
クレハたちが今いるのは、『村』から更に西へ行った場所にある荒れ果てた場所だ。
土埃が舞う、草木もほとんど生えていない荒野のような場所だった。
なぜ、こんなところへやって来たかというと、昨日、『火の館』に泊めてもらった後、三人が朝起きると、ひとりの太マッチョな男に捕まってしまったからだ。
グリード・リリングレイド。
そう名乗った男は一見すると、ギリシャ神話に出てきそうな服装に、筋肉隆々の身体だが、こう見えて実は精霊種なのだそうだ。
そのことはエドガーからも話は聞いていた。
他の精霊たちからも慕われている、精霊種のまとめ役のような存在。
それでいて、『外』にも通じていて、それなりに顔も広く、隙あらば、出かけて行ってはしばらく帰ってこないという、精霊の中でも変わり者として有名なのだとか。
そう、クレハたちは聞いていた。
その男が突然、『森』へと帰って来たかと思うと、クレハたちの前に現れて、開口一番。
「修行するぞ!」
と言ったかと思うと、朝ごはんも早々に、いつの間にか、変な場所まで連れて来られてしまった、というわけだ。
改めて、周りを見てみても、サボテンのような草木とテーブルマウンテンのような頂上が平らな形をした小山が至る所に存在していて、砂は吹き荒れていて、言うなれば、風化する砂漠の一歩手前の雰囲気が漂う場所だった。
確かに修行をするのには打ってつけかもしれない。
「まあ、もっとも、お前らを連れてきたのは修行のためだけじゃないがな」
「そうなんですの?」
「ああ。ひとつ確認しておきたいことがあってな。今日一日が経過して何も起こらなければ、問題なし。何か起こったとしても、それを対処すれば、それでよしだ」
「何かが起こるというのですか?」
「――――――――?」
「まあな。『戦闘狂』どもに関わるな、という話だ」
そう言って、グリードがニカッと笑いながらも苦み走った表情を浮かべて。
「本来なら、『森』に入れるわけにはいかないが、さすがに同胞を放逐するというのも寝覚めが悪いからな。それでは俺たちもどこぞの連中と変わらん。で、あるからこそ、俺が修行の見届け役に就くことになった。心配するな。何が起こっても、お前らの身柄はきちんと護ると約束しよう」
「つまり、わたくしどもを襲撃する輩がいる、とおっしゃいますか?」
「あくまでも可能性の話だ。『戦闘狂』どもにも色々なやつがいるからな。印を刻むタイプだと厄介だと言っているだけだ。倒すまで、決着を付けるまで、ずっと追って来るからな」
だから、関わるなと言ってるんだ、とグリード。
「どうやら、私たちは大変なお相手に目を付けられてしまったようですわね」
「あの『鎧』でしょうね、お嬢様」
「まあ、『死の鎧』が相手なら、俺らにとっては与しやすい相手だ。やつらを動かしているのは、残留思念が残った小精霊だからな。少なくとも、精霊種の相手じゃないぞ」
「そうでしたか、頼りにしておりますわね、グリードさん」
「そうでない可能性もあるがな。『鎧』と聞いたら、まずそれが思いつくってだけだ。それじゃあ、訓練の方を始めるぞ!」
「「はい!」」
「――――――――!」
こうして、お昼頃までクレハたちは精霊術の練習に汗を流した。
そして、異変は突然訪れることになる。
「よし、少し休憩するか。俺が見たところ、中々筋がいいぞ。とても人間種とは思えんな」
「ありがとうございます、グリードさん」
「恐れ入ります」
労いの言葉をかけてくれたグリードへとお礼を言いつつ、クレハは周囲へと目を遣って。
「ところでグリードさん、こちらは『精霊の森』のどの辺りに位置するのでしょうか?」
「西側だな。それも最西端と呼ばれている場所だ。この辺だけは結界を突出させている。なぜかはわかるな?」
「ええ。『戦闘狂の墓場』ですわね?」
「そういうことだ。この辺りは、他の区画と比べても、桁違いの数、結界を張り巡らせているんだ。それこそ、通過しようとすれば、俺たちでも飛ばされるぐらいにな」
「そうですの?」
「まあな。この辺りだと、まだまだ未熟な精霊が知らずにやってきたりもするかも知れないしな。『森』の住人なら、安全な場所へと飛ばせるようにしてある」
実際、厄介なんだ、とグリードが苦笑する。
「俺が巡った限りだと、『無限迷宮』の中で一番厄介なのは『幻獣島』だが、やばいのは『戦闘狂の墓場』だ。それこそ、『不死属性』持ちもごろごろしてるしな。何か知らんが、滅んでも一定の年月が経つと、いつの間にか蘇ってるって話だ。まったくもって、剣呑な場所だ」
「どうして、そんな場所の側に『森』を?」
「仕方ないだろ? 条件に合致するのがこの辺だけだったんだ。この辺は小精霊も豊富だしな。近くに剣呑な場所はあるが、それ以外では余計な連中も近づいてこれないようになってるんだ。言い方は悪いがこれ以上の場所は見つけるのは難しいぞ」
その『戦闘狂の墓場』だけに目をつぶれば、精霊種にとってはこれ以上はないほどいい立地なのだそうだ。
「実際、精霊ってだけで狙われるのはしんどい。俺たちに興味がないのは、幻獣のやつらや竜種、それに樹人のやつらぐらいだからな。俺みたいに、『種族隠蔽』ができるならまだしも、他のやつらはここしか安心して暮らせる場所がないんだよ」
安寧の場所のためなら、その『墓守』もやむなし、と。
「大変ですのね」
「だからこそ、お前らにもここで修行してもらってるんだろ? 面倒な追跡者を追っ払うのと、修行で成長。一度で二度おいしいだろ」
というかだ、とグリードが突然、明後日の方角を向いて。
「来たぞ。今のままだと見えないが、待ち人が結界と接触するな。お前ら、とりあえず、俺の後方に下がれ」
「わかりましたわ」
クレハが頷いて、グリードの後ろへとまわったその時だった。
クレハたち三人の頭の中に、ぽーんという音が響いた。
『クエスト【試練系クエスト:『流血王の鎧』の暴走を止めろ】が発生しました』
『注意:こちらのクエストは強制クエストとなります』
『加えまして、イレギュラークエストでもあります』
『逃走は可能ですが、逃げた場所にも追いかけてきますのでご注意ください』
『皆様の思うがままに行動してください』
「これは……クエスト発生ですのね?」
「『流血王の鎧』、でございますか?」
「――――――――?」
「はっ!? ちょっと待て!? ツクヨミ、お前、今何て言った!?」
「はい、『流血王の鎧』でございます。今、わたくしたちにクエストが発生しました。その内容が、『流血王の鎧』の暴走を止めろ、というものでございますね」
ツクヨミの返事に、グリードは血相を変える。
「――――しまった!? いや……だが、所詮は『鎧』だろ? 例の能力を持ってるはずがないだろうが……念のため、だ。『遠話』! おいっ! オットー! 聞こえるか!?」
『はいはーい、聞こえるよ。てか、グリードどしたの? そんなすっとんきょうな声を出しちゃってさ。らしくないよ? いつも飄々としてるのがグリードの売りじゃないのさ』
「んなことはどうでもいい! さっき会った時、俺が『結界が数枚は破られるかも』と忠告したろ!?」
『ああ、うん、そのつもりで対応してるよ? もうそろそろ『外敵』との距離も近いし』
「危険度を上方修正する! 『全ての結界が破られることも考慮せよ』だ!」
『えっ? ええっ!? ちょっと待って!? 何で!? さすがにそれはあり得ないでしょ? だって、西側の結界って、十や二十じゃきかない数があるんだよっ!?』
「そのまさかだ。オットー、お前も『流血王』の能力は知ってるよな?」
『えーと……『流血王』って誰だっけ?』
「あほぅ! レジーナの建国王だろうが!? あの女狐のとこの初代だ!」
『うわっ!? 思い出したっ! あれだよね!? 『我が剣に斬れぬものなし』って!』
「それだ、それ! ……まあ、念のためだがな。すぐに結界の管理をマニュアルに切り替えろ。あと、トワにも連絡。もし結界がひとつでも破られたら、即全域に警報流せ」
『王への連絡はどうするの?』
「寝てるだろうが。今は俺が責任を取る。いいから急げ。やれやれ……」
そう言って、グリードは思わず肩をすくめて。
「久々に戻ってきたらこれかよ。もしかすると、今日が『精霊の森』最後の日になるかもな」
「…………」
「あ、気にするな、お前ら。少なくとも、俺たちは同胞を見捨てない。だからこそ、そうならないように手を貸してくれ」
「私たちでも、何かできることがありますの?」
「ああ、意外とな」
そう言って、グリードは笑って。
そして、すぐ真顔に戻って、『敵』と相対するべく動き始めた。




