第219話 農民、『村』の話を聞く
「でも、すごいな、この『村』の遊びって」
「そうだよー。遊んでいる中にも、色々と成長するための要素が詰まっているからねー」
さっき見せてもらったボール投げは、『小精霊』のコントロールと、カミュが言うにはいわゆる『精霊糸』と呼ばれる特殊素材の採取も兼ねているみたいだし、かくれんぼは精霊種同士の気配を読み取るための能力を高めるためのものなのだそうだ。
精霊さんたちの場合、本体の多くが周辺環境にきれいに溶け込んでしまうので、ウルルちゃんがぶっちゃけた話だと、本気で隠れようとすれば、同族間でも気配をたどるのがかなり難しくなってしまうのだとか。
だからこそ、それに気付けるようになることが大切で、結果として、ウルルちゃんの『鑑定』とか『精査』みたいな感じで、そっちの『感知』や『探知』系統のスキルが向上していくとのこと。
「だからこそ、だよな。『精霊からは逃げられない』。一度、敵に回して追いかけられた最後、逃げ切るのは不可能に近いってこった」
そう言って、カミュがシニカルな笑みを浮かべる。
だから、精霊さんたちとは仲良くしておくのが得策だ、って。
まあ、向こうでラウラも言ってたもんな。
精霊種を敵に回して、壊滅した都市とかもある、と。
実際、ウルルちゃんも性格はのほほんとしているけど、能力的にはかなり高いもんなあ。
精度の高い『鑑定』持ちだし、何気に移動速度とかも早いし。
これも、精霊の『本体』に戻れば、もっと早くなるんだっけ?
ちょっと鬼ごっことかじゃ、勝てそうにないよな。
おまけに、高レベルの『水魔法』の使い手でもあるし。
暴走していたみかんとの戦闘でも、攻撃、防御、ともに『水魔法』を上手に駆使して、俺とかビーナスのことも守ってくれたもんな。
さすがはウンディーネというべきか。
しいて言えば、感情失禁での、周囲の天候操作っぽいのがネックではあるが。
あれ、ウルルちゃん本人でもどうすることもできないらしいし。
さておき。
「でも、『館』に『外』から来た人が住むようになってから、色々と教わったことも多いよ? 『人化』状態では、『再現』によってじゃなくて、普通の服を着た方がいいってことになって、そのための服をここで作れるようになったのも、師匠のおかげだもん」
「ウルルちゃん、その、師匠って誰のこと?」
「エドガーさんだよー」
「やっぱり、そうでしたか。エドガーさんでしたら、私たちも昨日お世話になりましたよ」
一瞬、誰? と思ったんだが、どうやら、そのエドガーさんという人とはアスカさんも面識があったらしい。
何でも、アスカさんたちが『村』にたどり着いた時に出会った人なのだとか。
今は『火の館』の方に住んでいて、ウルルちゃんによると、この『村』で必要な布製品の多くは、エドガーさんとそのお弟子さんたちによって生み出されているそうだ。
元々、この『村』の来るまでは、『外』で仕立て職人をやっていた人、と。
「お母さんが言ってたよ? エドガーさんみたいにウルルたちを育ててくれる人を受け入れているんだー、って」
「へえ、そうなのか?」
どうやら、『村』に住めるようになるためには色々と条件があるらしい。
少なくとも、俺たちは難しくて、クレハさんたちは許可をもらったんだよな?
もしかすると、『精霊を育てる』ってのも条件のひとつかも知れないな。
そう考えると、だ。
無邪気で子供っぽい精霊さんたちを育てるために招かれた人たちって、何となく、幼稚園の先生とか、そんな感じの印象も受けるよな。
まあ、年齢的には、目の前のウルルちゃんでも俺より上かも知れないけど、精神年齢的にはまだまだ子供って感じだものな。
案外、『かくりよじっけん』ってのも、そっちがメインの話なのかもしれない。
響きは普通じゃないけど、精霊の子育て支援みたいな実験だったりして。
うん?
じゃあ、遊びってのも、『外』から持ち込まれたのか?
そう考えると、それほどおかしな話じゃないかもな。
「そういえば、今、この『村』にはどのぐらいの『外』の人がいるんだ?」
「基本は『館』ごとにひとりだけだよー。だから、空きがないと、新しい人を受け入れたりはしないんだって。あー、でも、全部で何人なんだろ? ウルルも会ったことがない人もいるみたいだし、そういうのを把握してるのって、お母さんとかだもん」
あ、なるほどな。
それぞれの属性の『館』にひとりずつだけ許可を与えるというわけか。
ちなみに、精霊さんたちにとっての属性ってどのぐらいに分けられるんだ?
まあ、『人の館』もあるってことは、必ずしも属性のみってことでもないかも知れないけどな。
一部の『館』については、建設中だったり、フローラさんが非公表だったりして、ウルルちゃんもよくわかってないのが実情らしいな。
「ウルルが知ってるのは、『火』『水』『風』『土』の四つと、『光』と『氷』だねー。後は『人』もかなあ? 『月』の霊たちはそもそも、どの辺に住んでるのかも知らないしー。『木』はお母さんの担当だから、『人の館』で一緒に住んでるしねー」
「あれ? ウルルちゃん、『闇』は?」
ざっくりと説明してくれた中で、ちょっと気になったのが闇属性だ。
闇の精霊に関しては、ビーナスも会ったことがあるって言ってたし、基本の六属性のひとつでもあったから、普通に『館』も存在すると思っていたんだが。
だが、俺の問いに、ウルルちゃんが首を横に振って。
「『精霊の森』には、『闇』の霊はいないんじゃないかなー? ウルルもちょっと気になって、お母さんに聞いたことがあるけど、結局教えてくれなかったし。もしかしたら、いるかも知れないけど、ウルルにはわかんないよー」
「そうなのか?」
ありゃ。
まあ、いる可能性はゼロじゃないのか。
もしかすると、『グリーンリーフ』と同じような感じで、存在自体を隠しているだけかも知れないしな。
ただ、そうなってくると、いよいよ、ルーガとビーナスがいた『山』がどこにあるのかが謎になってくるんだが。
確か、精霊種のほとんどが、この『精霊の森』にいるんだよな?
「結局、ルーガたちの住んでいた『山』ってどこにあるんだろうな?」
「あれー? セージュとルーガっておなじところから来たんじゃないのー?」
「違うよ、ウルル。わたしもセージュも違うところから飛ばされちゃって、その後で知り合ったの。どっちも迷い人っていうものらしいよ?」
「えっー!? そうだったのー!? セージュとルーガもシモーヌとおんなじなんだー?」
「ああ。ビーナスも一緒だぞ? それに、この中だったら、アスカさんもそうだな」
「そうね。私はセージュ君と同じところから来ているわ」
「すごいね! すごいねっ! 迷い人さんがいっぱいだー。それだったら、シモーヌもきっと喜ぶだろうから、後で必ず会って行ってねー!」
そう言って、喜色満面で周囲をぴょんぴょんと飛び跳ねるウルルちゃん。
確かに今更ながら、迷い人の比率が多いメンバーだよな。
まあ、俺たちテスターの場合は固まっていて当たり前だけど、ルーガもビーナスもだし。
そう考えると、俺の場合、こっちの世界の迷い人とも遭遇しやすいような気がするぞ?
シモーヌちゃんもそうみたいだし。
ちなみに、シモーヌちゃんも『山』出身なのかね?
その辺は、ルーガたちのことも考えるとちょっと気になるよな。
その『山』が迷い人と縁がある場所なのか、って意味も含めて。
「きゅいきゅい――――!」
なっちゃんとかはそうじゃないよな。
一緒について来てくれているカールクンたちも『グリーンリーフ』の出身だし。
「ふふん、確かに大分偏ってるよな。まあ、偶然だと思うが」
「あ、そういえば、カミュはルーガやビーナスの故郷に関して、何か思い当たるところはないか? 高い『山』っぽいところらしいんだけど」
「いや、それだけだと判断のしようがないだろ。山って言っても、この辺だって、それこそ山のようにあるしな」
『精霊の森』にたどり着くまでにも、二つ三つ越えたろ? とカミュが肩をすくめる。
まあ、確かにな。
特に、カミュの場合、あちこちの山を知っているだろうから、もうちょっと特徴的な部分がわからないと選択肢をしぼれないみたいだしな。
「ラルフリーダさんの話だと、『グリーンリーフ』の周辺じゃないのは間違いないみたいだけどな」
「だろうな。そもそも、植生にマンドラゴラなんていないしな。あたしもビーナスと会って、少し驚いたぐらいだしなあ。『即死系』のスキル持ちなんて、ほとんど出会ったことがないぞ? てっきりユニークスキルかと思えば、種族的に普通に持ってるみたいだしな。とりあえずは話が通じるうえに、ラルの監視下にあるようなもんだから、まあ、黙認だが、普通なら教会が総出で動くような事態だからな」
「あー、まあ、そうかもなあ」
カミュが少しだけ真剣な表情を浮かべるのに、俺も頷く。
今はビーナスと仲良くなれたから、そういう風には感じないけど、冷静に考えれば、自分の命と引き換えに辺りに死をばらまく種族だ。
怖がられるのもしょうがないんだろうな。
うん。
少なくとも、俺やルーガたちだけでもそうじゃないように接しないとな。
何となく、ふくれっ面でいじけているビーナスの姿を想像する。
うん。
やっぱり、愛嬌がある気がするよな。
たぶん、直接そういうことを言うと怒り出すだろうけど。
そんなことを考えながら。
俺たちは、もう少しだけ散策を続けた後で、『人の館』へと戻るのだった。




