第218話 農民、精霊の遊びをのぞき見る
「おっ? あれは何をやっているんだ?」
レランジュの樹がいっぱいあった果樹園を抜けて、そのまま先へ進むと、今度は小さな泉のようなところへとたどり着いた。
そして、その泉の前では、俺たちの身長の半分以下の、小さな精霊さんたちがいっぱい集まって、空中で何かボールのようなものを投げ合っていたのだ。
人型っぽくなっている精霊さんは、そのボールのようなものを手で受け取るようにして。
獣っぽい精霊さんは口で受け止めたり、尻尾だったりという感じで、身体のどこかでそのボールをキャッチしては、ふたり? 二霊? その組みとなった精霊さん同士で交互にボールを受け合っているというか。
なんだか、不思議な光景だよな。
「あー、あれはね、周囲を漂っている小精霊を集めて球にしたもので、球遊びをしているんだよー」
「へえ、球遊びなのか?」
「精霊さんもそういう風な遊びをしたりするのね?」
ウルルちゃんの言葉に、アスカさんが感心しているな。
というか俺もちょっとびっくりしたけど。
かくれんぼといい、ボール遊びといい、何となく、精霊さんってそういう遊びとかが好きなのかもしれないな。
だが、そんな俺たちの態度にウルルちゃんが首を横に振って。
「もちろん、遊ぶの自体も楽しいけどねー、それだけじゃないんだよー」
「そうなのか?」
「うんー、あれって、小精霊のコントロールの練習でもあるんだよー。ウルルも小っちゃい頃によくやったもん。あ、今もよくやるよー? 楽しいもんねー」
なるほど。
ウルルちゃんによると、ただ遊んでいるように見えて、あれはあれで精霊種にとっての力のトレーニングにもなっているのだそうだ。
「あの小精霊でできた球もね、簡単なように見えて、作るのはけっこう大変なんだよー。ウルルも初めて挑戦した時は、ものすごく疲れたもん」
ボール遊びをするための手順その一。
小精霊でボールを作る。
なのだそうだ。
うん。
サラッと言っているけど、この時点でどうすればいいのかさっぱりだよな。
そもそも、小精霊ってのは何なんだ? って話だし。
魔素と同様に、こっちの世界特有の何らかの構成要素ってことは間違いないみたいだけどさ。
「ふふ、まあ、この『森』だったら、精霊種がたくさんいるからな。周囲の小精霊の濃度も他の場所と比べても圧倒的に濃いよな。だから、具現化しやすいってことでもあるだろうがな」
そう言って、カミュが苦笑する。
少なくとも、他の普通の町などで同じようなことをやろうとしても、ちょっと再現が難しい現象ではあるそうだ。
その言葉にウルルちゃんも少し驚いているな。
「そうなの、カミュ? 少なくとも、ウルルたちみたいに『人化』を覚えた霊たちだったら、簡単にできることだよー?」
「いや、そりゃあんたらならできるだろうさ。精霊種の種族特性じゃないか。普通は小精霊の『具現化』なんか不可能だから、『精霊金属』の希少価値が異常に跳ね上がるんだろ」
「あっ? ってことはカミュ、もしかして、『精霊金属』って、あのボールみたいな感じで作るものなのか?」
「理屈はそうだが、難易度は天と地ほども違うな。前にウルルも言ってただろ? 自分にはできない、って。精霊種の中でも更に特殊な才能が必要だから、まあ、まったくの別物と考えておいた方がいいぞ」
そういうものか。
てか、『小精霊』って、微生物とか菌とか、そっち系を意味する言葉じゃなかったのか?
もしそっちなら、『具現化』って言葉自体がおかしいもんな。
何となく、エーテルとかそっち系の物質なのか現象なのかよくわからない風の何か、ってイメージだなあ。
「うんー、そうだねー。『精霊銀』はちょっと難しいかなー。でも、カミュ、あの球だったら、シモーヌも作れるからねっ! ウルルたちといっぱい遊んで練習したからねー」
「うん? ちょっと待てよ? シモーヌってのは確か――――」
「ウルルたちの『妹』だよ。精霊種じゃないけどねー」
人間種だよー、とウルルちゃんがえっへんと胸を張る。
ただ、それを聞いたカミュはめずらしくかなりの驚愕の表情を浮かべているな。
「本当か!? そいつはすごいな……もしかして、ユニーク持ちか? いや……それだと、エヌの能力ではちょっと……ふむ……」
カミュってば、またぶつぶつと考え込んでしまったな。
何を言っているのか聞き取れなかったんだが、それだけ、めずらしいケースってことだろうな。
何気に、すごくないか? そのシモーヌちゃんって。
あ、そうだ。
「ねえ、ウルルちゃん。あの球遊びって、俺たちでもできるのかな?」
「うーん、どうだろー? 興味があるなら、後でやってみる? ここのは糸を紡ぐお仕事も兼ねてるから、球を作れないと参加できないのー」
「えっ? 糸を紡ぐ?」
またウルルちゃんが不思議なことを言い出したぞ?
いや、ちょっと待てよ?
離れたところから見ていた時は普通にボール投げをしているようにしか見えなかったけど、よくよく見ると、投げた後のボールから細い線のようなものが走っていないか?
いや、遠目だと光の加減で一瞬、輝くような感じがするだけで、ほとんど見えないんだが、確かに細い糸のようなものがボールから伸びているように見えるぞ?
「ウルルちゃん、あれが糸か?」
「うんー。ほら、横で球遊びを見てるだけのようにしている霊たちもいるでしょ? あの霊たちが糸巻を作る係なんだよっ!」
「あっ、本当だ」
空中でボール投げをしている精霊さんたちを、手を振って応援しているだけのように見えた地上にいる精霊さんたちの手元をよく見ると、確かに糸巻のようなものを持っていて、その糸が空中へと続いているのがわかった。
要するに、少し浮かんでボール遊びをしている組と、そのふたりの中間の地点の真下に立って、そこから糸を紡いでいるのだ。
すごいな。
ただの遊びかと思ったら、これも素材集めの一種ってことか。
というか、糸素材を作っているのなんて、こっちの世界では初めて目にしたぞ?
まあ、ウルルちゃんたちも服を着ている以上は、何らかの素材はあるだろうとは思っていたけど、もしかすると、その服も『小精霊』を加工したものってことか?
「そうだよー。この糸を使って、布を作って、服にするのー。今、ウルルもその工程を勉強中なんだー。もう少し頑張れば、自分で服が作れるようになるかなー?」
へえ、それはすごいな。
精霊の仕立て屋さん、って感じらしい。
ちなみに、あの糸を出しながら、ボール遊びをするのが手順その二なのだそうだ。
球状の形を維持しつつ、一本の細い糸状に伸ばしていく。
その工程を続けることで、『小精霊』の『形状変化』のトレーニングになるとのこと。
単なるボール遊びに見えて、かなり奥が深いんだな、と感心する。
「だから、未熟な子がやってると、糸の太さが安定しないんだー。そういう時はお母さんとかがチェックして、容赦なく分解されちゃうんだ。ひどいよねー、しょうがないけどー」
散々分解されて、その度に泣いてたもん、と苦笑するウルルちゃん。
どうやら、フローラさんもそういうところはかなり厳しいらしい。
というか、フローラさんで思ったんだが。
「ところで、ウルルちゃん。この工程って、俺たちに教えても大丈夫なことだったのか?」
「えっ……? うーん……わかんないっ!」
あははと笑って、細かいことは気にしない方がいいよ、とウルルちゃん。
いや、俺たちとしては、ありがたいんだけどさ。
後で、ウルルちゃんが怒られないといいけど。
「はは、まあ、セージュたちが好き勝手に吹聴しなければ問題ないだろ。ちょっと得したな、ぐらいに思っておけよ。あ、そうそう、アスカはこの手のことは絶対に拡散するなよ? 精霊種を敵に回すことになるぞ」
「ええ。十分気を付けるわね」
カミュの言葉に、アスカさんが真剣に頷いて。
直後に苦笑を浮かべて。
「となると、面白いけど、『精霊の森』でのことはほとんど使えないわね」
本当はこういうところこそ、観光名所にしたいんだけどね、とアスカさん。
そんな風に彼女が悩んでいるのを見ながら。
お仕事って大変だなあ、と思う俺なのだった。




