第217話 農民、精霊金属の話を聞く
「ほらー、この辺りがレランジュの実が生える樹がたくさんある場所だよー」
「あっ、本当だな。へえ、こうして見ると普通のみかんの樹って感じなんだな」
ウルルちゃんがまず連れて来てくれたのが、『村』の敷地内でレランジュの樹を栽培している場所だった。
俺たちが泊まった『人の館』から、カールクンたちの足で三十分ってところか?
方角については、詳しくはよくわからなかったけど、太陽の動きから、たぶん、西の方に動いたんだろうな、とは感じたな。
いや、『PUO』の世界が向こうと同じように太陽が動いていなかったり、それとは別に『精霊の森』が結界の中と外でちょっと異なる風だったりしたらわからないけど。
ステータス画面とかでも全体マップとかが存在しないので、実は移動範囲が広くなると方角がわからなくなったりするんだよな、ここって。
その辺はちょっと不便な気がする。
さておき。
昨日、フローラさんが『改良』した、って言ってたけど、むしろここに生えている樹の方が、俺たちにとっては馴染みのある感じがしたな。
みかん畑というか、果樹園というか。
「ねえ、セージュ。この実がモンスター化した子を、ビーナスがテイムしたの?」
「ああ、そうだよ、ルーガ。あー、しまったなあ、折角だから、ビーナスとみかんも連れてくれば良かったな」
ルーガと話しながら、ちょっと残念に思う俺。
ちなみに、ビーナスとみかんは今、俺たちとは一緒にやってきていない。
『村』の中を巡ってみよう、って話になった時、ビーナスが『まだ治癒中だから』って言って同行を断って来たのだ。
『また、ここに戻ってくるんでしょ?』って。
顔色とか見ると大分よくなったみたいだけど、何だかんだで、カールクンの背中に乗ってあちこち移動するのって、ビーナスにとってはけっこう消耗する行為らしい。
まあ、それなのに、わざわざここまでついて来てくれて、本当にありがとう、って感じだけどな。
ビーナスがいなかったら、順調な旅なんて絶対無理だったろうし。
今も、ビーナスがつるで作ってくれた簡易式の鞍とかがあるから、俺ひとりでもカールクン三号さんに安定して乗っていられるわけだしな。
何か、俺、ビーナスの能力に頼りっぱなしのような気がする。
マスターというよりもひもっぽくないか?
うん。
そうならないように、俺も頑張らないとなあ。
さておき。
みかんもビーナスと一緒がいいのか、単に『苔』が食べたいのか、ずっとくっついて離れないんだよな。
昨日今日だけで大分仲良くなっている気がするぞ?
ビーナスはビーナスで、表向きはみかんにぶっきらぼうに当たっているけど、根っこの部分は優しいからな。
何だかんだぶつぶつ言いながらも、きちんと世話してるし。
そういうのも見ていると微笑ましく思うのだ。
もっとも、そういう風な生暖かい目線を向けると、途端に怒るんだけどな、俺に対してだけは。
「レランジュの実って美味しいよね。朝、凍らせたものを食べたけど、甘くて酸っぱくて不思議な感じだったよ」
「へえ、凍らせたレランジュの実か?」
どうやら、ルーガたちの今朝の食卓には氷みかんが出たらしい。
丸ごと凍ったみかんというか、シャーベットみたいなものか?
ルーガも凍った果物なんて初めて食べた、って喜んでいるようだな。
「あー、そうだねー。ウルルも好きだよ、凍ったレランジュの実はねーっ! あれ、『氷の館』で作ってるからねー。ウルルたち精霊種にとっても、その食べ方だと一番効率よく本体への吸収ができるんだよー。もっとも、『人化』状態だとあんまり食べるとお腹壊しちゃうから、お母さんに制限されてるんだけどねー」
「あっ、そうなのか?」
へえ、氷みかんって吸収効率がいいのか?
というか、ウルルちゃんの話だと、そのみかんのシャーベットって、精霊種の間でも人気があるらしく、厳しく数量を制限しないと、あっという間に実がなくなってしまうので、『氷の館』に泊まった時でもないと滅多に食べられないのだそうだ。
昨日の一件でもそうだけど、この『村』ではレランジュの実が準主食でもあるので、かなり大切なものとしての位置づけみたいだしな。
凍らせて良し、生で良し、焼いて良し。
どんな調理法にも合う、不思議果物、それがこのレランジュの実らしい。
へえ、それを聞くと栽培したくなるよな。
オレストの町に戻った後で、そっちにも挑戦してみようか。
みかんがビーナスと一緒に来てくれるなら、そういうこともできそうだしな。
あ、待てよ?
「そういえば、ウルルちゃん」
「なーに?」
「俺たち今日で帰るだろ? その時にみかんも一緒に連れて行っていいのか?」
何となく、レランジュの実って、勝手の『精霊の森』から持ち出したらまずそうなんだが、みかんの場合はどうなるんだろ?
すっかり、ビーナスに懐いているし、そもそもステータスにも『ビーナスの飼い実』ってなってるしな。
そうなると、もう俺たちのお仲間って意識だったんだが。
「うーん、たぶん、大丈夫だと思うよー? ダメだったら、昨日お母さんが注意してるだろうしねー」
「だったらありがたいんだけどな」
一応、ウルルちゃんに聞いてみたけど、この場合、みかんが懐いているので、そうなった場合は『外』に出て行っても問題ないようだ。
ウルルちゃんたちはまだダメみたいだけどな。
何でも、フローラさんの許可が下りないらしい。
「うんうん、ウルルたち、まだ『種族隠蔽』ができないからねー。それができないとすぐに精霊種だってばれちゃうから、それだと『外』は危険がいっぱいなんだってー」
「だろうな。精霊種に関しては、『精霊銀』にまつわる伝承が残っているから、普通にその存在が発覚すれば狙われるだろうしな。特に、『人化』している精霊は、な」
「うん、カミュの言う通りだよー」
カミュの説明にウルルちゃんも頷く。
というか、ウルルちゃんのふわふわな感じを見てると、普通の人間種だったとしても、この子に長旅とかさせるのって大丈夫か? って思うだろうしな。
フローラさんが簡単には許可しないだろう。
「でもねー、『精霊銀』に関しては、『外』の人が勝手に勘違いしてるんだよー。『人化』してる精霊から得られるのって、ただの『骨』だもん」
「まあ、その辺は仕方ない。一応、『精霊骨』も品質は悪いが『精霊金属』として機能するからな。金に目がくらんだ馬鹿なやつらに何を言っても聞きやしないしなあ」
やれやれ、とカミュが肩をすくめる。
どうやら、その『精霊金属』に関する事柄については、教会としても手を焼いているらしい。
「なあ、カミュ、その『精霊金属』ってどういうものなんだ?」
「あー、なんだ、セージュ、そういうのに興味があるのか?」
「まあ、一応はな。俺も『鍛冶』スキル持ってるし」
「やめとけやめとけ、下手に手を出そうとすると大怪我するぞ? せっかく、ここの精霊と仲良くなれたんだろ? それで十分だっての。そもそも、普通の『鍛冶』じゃ『精霊金属』は扱えないぞ? 何せ、ドワーフですら、基礎加工はできないからな」
「そうなのか?」
「へえー、カミュ詳しいねー、精霊でもないのに」
ウルルも詳しくは知らないよ? 加工とかできないしー、とウルルちゃんが感心したように笑う。
何でも、その『精霊金属』って、インゴットとして加工するための行程が一部の精霊種でないとできないのだそうだ。
ちなみに、ウルルちゃんにはその適性がないので、加工できないそうだ。
精霊種でも得意な属性によって、相性が分かれる素材なのだとか。
「わかったよ。ただ、手を出さないにせよ、簡単な説明ぐらいはしてもらえないか? 変に誤解して覚えているのも嫌だし」
「まあ、気持ちはわかるがな、『精霊金属』の生成法なんて、教会でも知らないってことになってるしな……あー、でも正しい内容を知ってた方が無難か。変なガセネタを信じたりしなくなるだろうしな」
ふむ、とカミュが頷いて。
「じゃあ、本当に簡単に説明するぞ? まず、『精霊金属』ってのはさっきも言ったように精霊種が由来の物質のことだ。どういう風にできるかとかは、あたしの口からは言えないから飛ばすぞ? てか、ウルルもな。あたしがどうこう言う筋合いはないが、そっち側に触れるのは精霊種の総意としてまずいと思うぞ?」
「うん、大丈夫ー、そもそもウルルも知らないからー」
知らないことはしゃべりようがないよー、とウルルちゃんが笑う。
うん、まあ、自分でもうっかりしているって自覚はあるのかもな。
「はは、そりゃ安心だな。で、話戻すぞ。簡単にどういうものか説明すると、だ。『精霊金属』はその性質上、魔道具などに用いられることが多い物質だ。何せ、これを機構に組み込むと、魔素の回復がオートになるからな」
「そうなのか?」
「ああ。な? もの凄く便利だろ? 要は周囲の小精霊を取り込んで、それを蓄える性質があるのさ。なので、理屈の上では『精霊金属』が使われている魔道具は半永久的に使えることになる。今、あちこちに残っているアーティファクトと呼ばれる強力な魔道具のたぐいは、ほとんどがこの機能を有しているな。はは、だから、『精霊金属』はあっちこっちから狙われているのさ」
そう言って、カミュがシニカルな笑みを浮かべる。
つまり、魔道具への魔力の充填作業が不要になる、と。
もちろん、強力な魔道具を無尽蔵に使い続けることはできないらしいけど、それでもそれに準じた形での使用は可能になるので、実際のところはそれで十分過ぎる機能ではあるらしい。
さすがにそこまで高性能な『遺物』はほとんど残っていないらしいけど……というか、カミュによると面倒事が起こらないように、一部は教会が壊して回っているそうだ。
その、残っている物から、『精霊金属』の重要性が伝わってしまったのだとか。
それが間違った知識として。
「精霊種を『人化』させて殺せば、そこから『精霊金属』が採れるって伝承だな。まあ、これは正しくはないんだが。さっきも言ったが、それで得られるのは『骨』だけだ。本物の『精霊銀』と比べれば、劣化してるのもいいとこだ……だがな、結果として、ある意味、伝承が間違いじゃない、ってことにもなってしまうんだよ」
そう言って、カミュが嘆息する。
「そもそも、『精霊金属』の存在自体、あんまり触れてはいけないものになってる。昨日、あたしとルーガが『侵入者』として、精霊種から命を狙われたって話したよな? あれでもかなり手加減されていたのさ。過去、精霊種を怒らせて、それで町や国が滅んだケースもある。本気を出した精霊種は天候や環境を操る。親しい相手には祝福を、敵対する者には呪いを。ある意味、精霊種はまっすぐで一途だからな。だからこそ、怖いとも言えるな。なので、結論として、『精霊金属』に関しては、それこそ、精霊種の許しが得られない限りは触れるべからず、ってな。それが今、教会が流布している共通認識だな」
今の関係を崩したくなければ、間違っても欲は掻くなよ、とカミュ。
その言葉に、黙って聞いていた俺を含む全員が頷く。
てか、ウルルちゃんも一緒に頷いているけど。
『へえ、そうなんだー』って感じで。
この子、良くも悪くもふんわりしているよなあ。
ただ、カミュが注意したいことは何となくわかった。
そして、その裏の真意にも。
今の話って、逆に言えば、精霊種と仲良くなれれば問題ない、ってことだよな?
まあ、物目当てで仲良くなろう、って感覚は俺も嫌いだけど、そうじゃなくて、だ。
仲良くなることで、結果的に進展があるかもしれない、って。
そのぐらいに考えていた方が無難だよな。
『殺してでも奪い取る』は、やっちゃいけないのは当たり前のことだしな。
「ふふん、ま、警告はそのぐらいだな。最初に言っておけば、馬鹿なことやらないだろ?」
そう言って、どこか楽しそうに笑うカミュに頷いて。
俺たちは再び、『村』の散策へと戻るのだった。




