第215話 農民、『村』の中を歩く
「それにしても、この辺りは『精霊の森』って言っても、普通の風景と変わらないんだな?」
「そうみたいだねー。ウルルも『外』に行ったことがないから、詳しくは違いとか知らないけど、お母さんが言うには、『村』の中については、なるべくそういう風に平均的な環境にしてるみたいだねー」
なるほど、そういうものか?
ウルルちゃんによると、この『トヴィテスの村』の環境については、『平均的』という言葉通り、どの属性の精霊でもそれなりに過ごせるような環境に整えてあるのだそうだ。
「程ほどに過ごしやすくて、程ほどに暮らしにくいって感じかなー」
「あ、暮らしにくいのか?」
「うんー、だって、『精霊の森』の区画って、普通はそれぞれの属性に適した形の環境になってるからねー。そこと比べるとどうしても不便さもあるんだよー」
「そういえば、そうかもな。『森』の環境って、極端なとこが多いもんな」
「うんうん、カミュの言う通りだよー。って、あれー? もしかして、カミュって、この辺以外の区画にも行ったことがある人なのー?」
「以前、ちょっとな。ま、ここがその時と同じとは限らんがな」
「へえー、めずらしいね。そんなこと、ウルルも初めて聞いたよー? お母さんとかなら知ってるのかなー?」
カミュの言葉に、ちょっと驚いたように首を傾げるウルルちゃん。
シモーヌとか『村』の人でも奥には行けないんだけどねー、って。
まあ、その辺はカミュだからなあ。
相変わらず、謎が多いというか、行動範囲が広いというか。
さておき。
『人の館』から外へ出て、今、俺たちが向かっているのは『火の館』の方角だ。
夜が明けて、すっかり明るくなってきたので、昨日の夜に比べると周囲の景観などがはっきりと見えているのだが。
改めて、周りを見渡してみると、そこに広がっているのはごくごく普通の『田舎!』って感じの風景なんだよなあ。
どっちかと言えば、向こうのうちの実家がある辺りでも、この手の自然は広がっているんじゃないか、って感じの、だ。
草原と平原、それに遠くに行くにつれて、低木が生い茂っている場所があったり、それなりの高さがありそうな山が見えたりしているぞ。
いや、普通と違うところもあるけどな。
自然がというより、その風景の中で、あっちこっち至る所に不思議な生き物が飛び回っていたり、走り回っていたりしているところが、だ。
うん。
精霊さんだな。
そこだけは、ありふれた風景の中でも、全然違う感じのインパクトがあるぞ。
「精霊さんたちはいっぱいいるんだな」
「すごいね。昨日はほとんど姿が見えなかったのに」
俺の言葉に同調するようにルーガが頷く。
ルーガやカミュたちも、俺たち同様、夜中に『村』に着いたらしいけど、その途中ではまったく、こんな感じで精霊さんに遭遇しなかったのだそうだ。
それは、俺たちも同じだな。
というか、『館』に入った時も、フローラさんから許しを得るまでは、姿が見えなかったから、警戒心が強い時の精霊さんって、姿が見えないのかもな。
何だかんだでその前に出会えたのって、アルルちゃんだけだけど、あの子の場合もウルルちゃん同様に『人化』してるから、それで姿が見えただけのような気がする。
「ウルルちゃんには、他の精霊さんの姿が見えていたのか?」
「もちろんだよー。というか、ウルルたちは精霊の『眼』を持ってるからねー。そうじゃないと、本体に戻った状態だとお互い気付けないんじゃないかな?」
あ、そっか。
そういえば、『精霊眼』ってのもあったんだよな。
どうやら、それも種族スキルの一種らしい。
「ああ。精霊種と妖精種は共に、隠匿系の能力が得意だからな。特に、精霊種の場合は、本体の状態で『隠れたい』って思っただけで、気配を薄くして、周囲の環境に溶け込むことができるんだよ。元々、『鑑定』のたぐいは効きにくいが、そうなるとより一層、見つけるのは難しくなるな」
だから、伝手がないと遭遇が困難なんだよ、とカミュが笑う。
要するに、精霊さんから嫌われれば、まず姿を見せてくれることがなくなる、ってことらしいな。
カミュによると、環境適応型が精霊種で、気配を遮断したり、認識を阻害する能力持ちが妖精種らしい。
あれ? そういえば、銀狼のクリシュナさんも似たような能力を持ってなかったか?
「クリシュナの場合、月属性の能力だろ。そっちの適性を持ってるやつは少ないが、あれはあれで厄介な系統なんだよなあ」
「あっ!? そうだよねー! 『月』の子たちなら、ここにもいるけど、本当、普通の精霊ともちょっと違うんだよー。ウルルの『眼』でも見えない時もあるし」
かくれんぼとかで絶対に見つけられないんだよー、とウルルちゃん。
というか、精霊さんたちもかくれんぼとかするのか?
まあ、この手の遊びって、万国共通ってことなのかも知れないけど。
それにしても、月属性、か。
「けっこう、色々な属性があるんだな?」
「そうだねー。ウルルたちの場合、それぞれの属性に特化してるから、そういうのって重要なんだよー。うん、それもシモーヌがいるから、人間さんってそうなんだ、って知ったんだけどね」
「精霊種の場合、複数属性を持っているやつはめずらしいからな。もっとも、持って生まれた能力はかなり強い傾向にあるがな。人間種の場合は、複数の属性の資質に目覚めやすい反面、それぞれの能力のレベルは低いな。はは、その辺は一長一短ってやつだ」
そうカミュが笑いながら話を続けて。
「『精霊の森』が区画ごとに分かれて、環境が極端になっているのもそれが理由だ。この『村』はどちらかと言えば、あたしらに合った風になってるが、それ以外の場所はそうはいかないってな。てか、あたしやルーガは『氷の館』に泊めてもらったんだが、あそこも建物の中は大概だったぞ?」
「えっ? そうなのか?」
「うん、外から見たら大きな建物だったんだけど、中の造りに氷が使われてたりもしたよ。泊めてもらったお部屋は普通だったけど、廊下とかは寒かったもの」
ルーガが少しだけうんざりしたような表情を浮かべる。
どうやら、あまり快適な場所ではなかったらしい。
ルーガもあんまり寒いのは得意じゃないみたいだしな。
「あー、そうだねー。『氷の館』はちょっとウルルも苦手かなー。もうちょっと成長すれば、そっちにも適応できると思うけど、でも、寒いの嫌だしー」
そう言って、ウルルちゃんもぶるぶると寒そうな仕草をしてみせた。
というか、水の精霊が寒さに弱いのか?
俺がそう尋ねると。
「今は『人化』状態だから仕方ないよー。うーん、こういうところはたまに不便かなー、って思うよ?」
どうやら、精霊種にとっては、『人化』していることでデメリットも多いようだな。
メリットは実体が固定化しやすい、ってことらしいけど、その反面、本体の時には無かった弱点なんかも増えてしまうとのこと。
「でも、『人化』できないと『森』の『外』に行っちゃダメって言われてたしねー」
「へえ、ウルルちゃんも『外』に行きたいって思ってるのか?」
「うんー! シモーヌがもうちょっと大きくなったら、そういう風に思うかも知れないって、お母さんが言ってたから。だったら、それにウルルたちもついて行こうって」
「なるほどな。仲がいいんだな」
「うん、だって、ウルル、お姉ちゃんだからねー」
言いながら、満面の笑みを浮かべるウルルちゃん。
昨日も何となくは思ったけど、そのシモーヌって子のことを随分と大切に思っているんだな?
こういうほんわかした雰囲気は嫌いじゃないな。
やっぱり、種族同士が揉め事ばっかりってのはあんまり面白くないからなあ。
「ふふん、随分と『精霊の森』も丸くなったもんだな。いい傾向だ――――おっ!? 向こうからやって来るのって、アスカじゃないか?」
「あっ、本当だな。遠くから見ていても、やっぱり白虎さんって早いんだな」
カミュが指差した方向を見ると、土煙をあげながらこっちの方へ猛スピードで近づいてくる白いモンスターがいた。
背中に人影が見えるので、あれ、アスカさんで間違いないよな。
「うんー、どうやら『火の館』まで行く必要はなさそうだねー」
そんなこんなで、俺たちもスピードを落として。
勢いよく近づいてくるアスカさんたちの到着を待つのだった。




