第211話 農民、現実で召喚師と食卓を囲む
「ラウラはいつもこんなに夕食が遅いのか?」
「うん、そうだよ。わたしのいるところって、どうも夜のクエストが多くってね。それでこっちで眠る時間とかもずらしたりしてるの」
「へえ、それは大変だな」
「まあね。でも、ここって、食堂とかも夜中も開いてるでしょ? だから、とっても助かってるよ」
今、俺がいるのは現実の方、『施設』の食堂だ。
もうすでに、時刻は夜中の零時を回っているんだけど、今、俺と一緒の食事をとっているラウラも言うように、この『施設』って、一応は入居者のために二十四時間体制で、この手の食堂などのお店も開いているのだ。
俺もいつもは朝早く起きてゲームを始めるために、割と早くに寝ていたせいで、今日初めてそのことを知ったんだけどな。
もちろん、昼間や夕食の時間に比べると、音楽とかも流れていないし、食堂の一部も明かりが消えていて、規模としてはそれなりではあるけど。
それでも、厨房には調理担当のスタッフが待機しているし、夜中でもルームサービスを頼めば、料理を届けたりもしてくれるのだそうだ。
それはさっき一色さんからも教えてもらった。
『入居されている皆様のお時間になるべく合わせられるように、サービスを整えておりますよ。そういう意味では人件費も良質なサービス提供のために使われていますしね』
何でも、ご高齢のかたの場合、生活のサイクルがどうしてもずれてきてしまう人も多いらしく、いわゆる昼夜逆転の状態については、あえて、無理に修正せずに、そのまま個人のライフスタイルとして尊重する形をとっているのが、この『施設』の方針なのだそうだ。
睡眠薬などの薬に頼るのではなく、その人に合った形でサービスを提供する、と。
そういう意味で二十四時間体制を敷いているのだとか。
その話を聞いて、へえ、とは思った。
ずっと夜型の生活を続けてきた人などにとっても、好きな時に起きて、好きな時に寝て、好きな時にごはんを食べて、好きな時にお風呂に入る。
それはそれですごいことだよな。
もちろん、それ相応の資金があるからこそできることだとは、一色さんも言っていたけどさ。
実際、少ないとはいえ、俺とラウラ以外にも、こんな真夜中の時間に食堂に来ている人とかもいるしな。
ゆっくりくつろぎながら、ワイングラスからお酒を嗜んでいる初老の紳士とか。
そういうのを見ていると、何となく老人ホームというよりもリゾートホテルに近いシステムになっている気がするな。
少なくとも、自由度が高い分、自宅で好きに過ごすのと変わらないようにも見える。
そのおかげで、俺たちもサービスを享受できるんだけどな。
ほんと、ありがたい話だよ。
「でも、めずらしいよね。セージュがこんな時間に食事って。どっちかと言えば、朝型のプレイスタイルだったよね?」
だから、わたしともほとんど顔を合わせられなかったし、とラウラ。
何でも、この札幌の『施設』にも俺が知っている以外の複数のテスターがいるらしく、そっちの夜型の人たちとはラウラも知り合うことができたのだそうだ。
今、俺がここの『施設』で知り合っているのは、十兵衛さんとカオルさんとラウラだけだよな。
そのうち、俺が朝型で、十兵衛さんとカオルさんが昼型のような感じになって、ラウラが夜型になる、と。
まあ、もっとも、食事の時間ぐらいしか顔を合わせる機会ってないし、ログアウトのタイミングがぴったり合うわけでもないしなあ。
そもそも、こっちに戻った後は、お互いの交流とかは割と控えめな感じではあったので、会わない人とは本当に会わないんだよな。
何気にゲームを長時間やっていると、多少の疲れもあるし、テスターの中でも、この『施設』の入居者の場合、高齢の人も多いから、こっちに帰った後は休息をとりたいって思うのも仕方ないだろうし。
さておき。
ラウラの問いに返答する。
「今日は色々とあったんだよ。てか、テスターになってから初めて、最初の町から遠出したしな」
「えっ!? へえ、それはすごいね。てことはオレストの町から他の町に行ったってこと?」
「まあな。あんまり詳しくは教えられないけどな……いや、待てよ? ラウラは今どういうクエストをやってるんだ? そっちを教えてくれるなら、俺の方も話すよ」
一瞬だけ、『秘密系』のクエストについて頭をよぎったけど、ちょうどいい機会なので、そっちの方向で話を進めてみることにした。
というのも、俺が『精霊の森』の『トヴィテスの村』からログアウトをして、現実へと戻って来た後のことだ。
今日は色々あって、ほとんど『けいじばん』の内容を見ることができなかったので、改めてそれをチェックしようとしたのだが――――。
理由は不明だが、今の俺が『けいじばん』にアクセスすることができなくなっていたのだ。
というか、『けいじばん』だけじゃなくて、メール機能も、『フレンド通信』も、だな。
そこまで確認して、その理由について、何となく想像がついたのだ。
これ、『精霊の森』に俺が滞在していることが原因だな?
『森』の中で外への連絡をしようとした時と同じような状態が続いているからな。
いや、これも含めてゲームだとすれば、随分と手の込んでいるように思えるのだが、俺の推測が正しければ、『PUO』内で、外部と遮断されている場所にいる場合、こっちの俺の部屋のパソコンから『けいじばん』に入れなくなるというのは間違いなさそうだ。
そこで、ふと思ったのはラウラの存在だ。
ラウラとも、一応は近況などに関しては、メールでやり取りができていたので、その際に『けいじばん』に関する話もしていたのだが、肝心のラウラが『けいじばん』に現れることは一度もなかったのだ。
まあ、十兵衛さんもそうだし、ファン君たちも『けいじばん』は見るだけだって言っていたから、そういう人たちもいるんだろうな、ぐらいに思っていたんだけど。
今回の『精霊の森』がらみでの、便利機能の使用制限があったことで、これらには別の見方もできるようになる。
つまり、情報制限のかかった場所にいる迷い人には、『けいじばん』が使用できないのでは? という疑問だ。
一応、現実で直接会う分には、情報のやり取りが可能というのはわかっている。
ラウラから教わった、アーガス王国のハチミツの件もそれだ。
あれ、カミュですら知らない情報だったから、普通にオレストの町でゲームを進めている限りは到達不可能な情報だものな。
だからこそ、だ。
「ラウラ、ひとつ確認してもいいか? ラウラが『PUO』をプレイ中に『けいじばん』を見ることってできるか?」
「ああ、それね。場所によるよ」
「場所によるのか?」
「うん。わたしがいるのって、アーガスシティだって言ったよね? ここ、アーガス王国の首都でもあるんだけど、この町の中でも『けいじばん』機能が使える場所と使えない場所があるの」
マジか。
何となくで聞いてみたら、想像以上の答えが返って来たというか。
そもそも、ラウラはそのことを把握していたのか。
むしろ、そっちの方がびっくりだよ。
「具体的に、その場所について聞いてもいいか?」
「いいけど、セージュが持っている秘密の情報も教えてよね? わたしもちょっと相談できる相手がいなくて困ってたから、ちょうど良かったんだよ」
『秘密』の交換をしよっ? とラウラが微笑む。
どうやら、ラウラも自分の現状に少し困っていたらしい。
「わかった。俺の方は大丈夫だ。と言っても、『精霊の森』に関する話とかだから、直接ラウラの役に立つかどうかはわからないけどな」
「いいのいいの。いいかげん、わたしも情報を他の人と共有したかったってだけだし。だってね、あの『けいじばん』だけど、その機能が使える場所で情報を吹き込もうとしても、すぐに削除されちゃうんだよ? ほんと、困っちゃうよ」
「そうなのか?」
「うん。おかげで、わたしもほとんどコメントを残せないし」
実はかなり悩んでいたんだよ、とラウラ。
それを聞いて俺も少し驚く。
あ、待てよ?
そういえば、ヴェニスさんも一部の吹き込みは削除されたって言ってたよな?
『けいじばん』担当のナビさんもそんなこと言ってたし。
広まってまずい情報に関しては、『けいじばん』を使えなくなるってことだろう。
「よし、そういうことなら好都合だよ。お互いの情報を交換してみるか」
「うん、それじゃあ、わたしからね」
そんなこんなで、俺とラウラの間で『秘密系』のクエストに関する情報の共有を行なうのだった。




