第210話 シスターと狩人少女、おしゃべりな蛙と遭遇する
「あー、あー、言葉これで通じる? 最近、精霊言語でしか話をしてなかったもんでね。共通言語なんて、記憶の彼方に飛んで行っちゃったんだよねー。『村』の実験に関しても、僕ってば、ノータッチだし。まったく、フローラってばずるいよねえ。大変だ、面倒だ、って言いながら、面白そうなところは全部担当しちゃうんだもの。まったく、『森』の見張りなんて、役割としては退屈で退屈でしょうがないんだよねー。だってさ、『侵入者』なんて、それこそ年に何回かだし、下手をすれば、結界を突破して入って来るのなんて、数十年誰もいないこともあったし。いやあ、退屈で退屈で困っちゃうよ」
緊張感のまま、ルーガやカミュたちが構えていると、眼を閉じたままにも関わらず、水面の上を忍者のようにひょこひょこと歩いて来た蛙が、開口一番に話してきたことがこれである。
それを聞いたルーガも目を白黒とさせているし、カミュはカミュで、呆れたような表情で目の前の蛙を見つめている。
ちなみに、その蛙。
身体の色は青系統のパステルカラーのような色をしていて、大きさは一メートルから二メートルの間ぐらいで、水の上を歩いているの以外は、どちらかと言えば、大型の蛙のモンスターのようにしか見えない存在だった。
それでいて、先程の『鑑定』失敗からもわかるようにれっきとした『精霊種』だ、とカミュがルーガに説明する。
「……なあ、一応確認な。あんた、あたしらを排除に来たんじゃないのか?」
「排除? それができるのならやったかも知れないけどね。僕じゃ無理でしょ。ねえ、カミュ・ハルヴ・エンフィールドさん?」
「へえ……やっぱり、あたしのこと知ってるのか」
「うん。グリードから聞いてる。『神聖教会』の中でも敵に回したらダメな人のひとりってね。ふふ、お会いできて光栄だよー」
くるるるるぅと喉を鳴らしながら、どこか楽しそうに話す大蛙。
それに対して、カミュは少し顔をしかめる。
「『マリアベルの秘蔵っ子』『最恐の護衛』『魔を狩る者』『機転詐欺師』『化け物喰らい』、ほんと、とある業界の中では、かなりの有名人だよねえ。二つ名にも枚挙にいとまがないし」
「おい、やめろ。今のあたしはただの巡礼シスターだ。そういう呼び方はやめろ」
「おー、こわいこわい。ふふん、まあ、これも『精霊の森』に許可なく勝手に踏み入った者への意趣返しだと思ってもらえるとありがたいね。ちょっとした嫌味ぐらいは言わせてよ、ってのがこっちの感情だからねー」
僕はさておき、少なくともそれ相応の精霊が怒っているってことがわかってもらえれば、それでいいよ、と大蛙が笑う。
無邪気な口調ながらも、どこか棘がある言葉にカミュも嘆息して。
「わかったわかった。あたしらにも問題があるってことだろ? それに関しては素直に詫びるさ。ただな……婆さんのことまでからかい半分で口にするな。あたしのことを知ってるのなら、それがどういう意味かはわかるだろ?」
「おっと、これは失礼。ちょっと僕の方も踏み込みすぎたみたいだねえ。ま、そういうのも含めて、人のうちに勝手にあがりこむってことがどういうことなのか理解してくれると嬉しいね」
「はあ……わかった。悪かったよ。で? わざわざ出向いて来たってことはそれなりの理由があるんだろ? 確か、あんたは『ナンバース』のひとりだったよな?」
「あれ? 僕のこと知ってるの? もしかして、グリードと直接接触したことがあるの? それとも、別の理由かな?」
カミュの返しに驚きを持って応じる大蛙。
その言葉にカミュは首を横に振って。
「いや、こっちではまだだ。だが、そのことを知ることはできるってことさ」
「ふうん? あ、そっちのお嬢さんがきょとんとしてるみたいだから、僕のことも改めて伝えた方がいいみたいだねえ。ええと、お嬢さんはどなたかな?」
「わたしはルーガ。『山』で狩人をしていたよ」
「へえ? どこの山?」
「ああ、ルーガは迷い人だよ。だから、どこって言われても困ると思うぞ?」
「へぇへぇへぇ、なるほどねえ。そいつは僕の方も失礼したね。変なとこに飛ばされちゃって、不安だったりするのかな? あの子も最初はそうだったし。うんうん、そういうことなら、ちょっとだけ優しさのランクを上げようかな。ええと……どこまで話したっけ?」
「いや、あんた、まだ名乗りかけでそのまま名乗ってないぞ」
「ああ、そうそう! 僕の名前はオットー。オットー・トトシヴァルグだよ」
よろしくねっ! とさわやかに話す大蛙ことオットー。
そのことに、またルーガが目を白黒させる。
「トト……シヴァルグ、さん?」
「相変わらず、精霊種の名前って、舌をかみそうなものが多いよな」
「んー、まあ、それは仕方ないんじゃないかな? 名前にもそれなりに意味はあるしねえ。あ、言いにくかったら、この姿の時の僕はオットードっていうから、それだけでもいいよ?」
「……オットーじゃだめなのかよ?」
「そっちは本体の真名だからねー。この姿の時はできれば、オットードか、フルネームだとありがたいかな? 『人化』している時は、人間種の風習に準ずるけど、まあ、その辺はちょっとしたこだわりってことで覚えてくれているとありがたいねえ」
「わかったよ、オットード」
「はい、オットードさん」
「うんうん、それでいいよ。えーと、またどこまで話したっけ? ああ、そうそう、僕の役割だったね。さっき、カミュ――――ああ、さん付けが嫌いなんだっけ? じゃあ、カミュのままね。どうやらカミュは僕のことを『ナンバース』だってことも知ってるみたいだったから言うけど、『精霊の森』の『五区』の担当だよ。あとは、まあ、こうやって、『森』全体を監視しつつ、外敵とか侵入者とかお客さんとかの対応とかも担当かな? 必要によってはチェックしたうえで排除もするし、交渉もするし、こうやって、どうでもいいような世間話をしに来たりもするよ」
「おい、オットード。どうでもいい話だったのかよ、これ?」
「まあまあ、そう、いちいち目くじらを立てない立てない。この手の役に立たないどうでもいい話を挟むことで、物事って円滑に進んだりもするんだって。これ、グリードも言ってたから、たぶん、本当だよ? 失敗しても僕は責任持たないけど」
「はあ……」
「あんた、話が長いって言われるだろ?」
「うん! 特に、フローラからはしょっちゅうだね」
そう言って、くるるるるぅと楽しそうに喉を鳴らすオットード。
ただ、カミュの方はいい加減、話が進まないと感じたらしく、別の角度から質問を投げかけた。
「あんたのペースに任せるとらちが明かないから、あたしからも質問するぞ。あたしらと一緒の『森』の中に入った連中がいるんだが、そいつらの所在を知ってるか? いや、当然把握しているよな? 監視役ってことは」
「うんうん。もちろんだよー。というかね、審判のためのトラップエリアに飛ばされたのって、君たちだけだよ? 結論から言うと、他のみんなは条件をクリアしたから」
「おっ? そうなのか?」
「セージュたちも無事なんだね?」
「あー、そうそう。セージュ君ね。そのことでもちょっと聞きたかったんだよね。ねえ、カミュ。そのセージュ君って、『ナンバース』と知り合いだったりする? 可能性があるとすればグリードだと思うけど」
「その問いに答える前に、ひとつ確認していいか? グリードってのは確か『例の男』だよな?」
「例の、がどういう風なのかは知らないけど、うん、男ではあるよ? それがどうかしたの?」
「ああ、それがわかればいい。だとすれば、あたしに答えられることはないな。可能性はある、とだけ言っておく」
「ふうん? ふふ、面白いね面白いね! じゃあ、結界のシステムエラーってわけじゃなかったかも知れないのか」
「ねえ……その、『ナンバース』って何?」
「うん? あ、それも話してなかったっけ? ごめんごめん。『ナンバース』ってのは僕みたいな『精霊の森』の各区画を取り仕切っている責任者のことだよ。まあ、普通の精霊よりもちょっと偉いんだぞっ! ってことを覚えてもらえればいいかな?」
「ルーガ、こいつの軽い口調にだまされるなよ? 本当に、オットードが『ナンバース』ならば、それは精霊種の中でも、何かしらの属性の頂点だからな」
それが『ナンバース』だ、とカミュがオットードの言葉に補足して、ルーガに説明する。
「頂点、ってことは強いの?」
「うーん? ルーガにとって強さってのはどういうことかな? 強いってこと、それは人ぞれぞれでイメージが違うと思うんだ、僕はね。所詮、強さというのは相対的なものでしかなく、でも、比較するためにはそれぞれの相性ってものがあって、得意な属性と苦手な属性、それぞれにぶつかった場合で、大分条件が変わってくるわけだよね? だったら、本当の強さって、何だろう? と、僕なんかは思うわけだよ。だからね――――」
「あー、面倒くさいな、あんた。で、結局何しに来たんだよ?」
「えーと、何しに来たんだっけ……? あー、そうだ思い出した! そうそう、君たちの行動は『森』に入ってから、ずーっと見させてもらったよ。それを踏まえた上で、今晩は『村』への滞在を僕の権限で許可するから、それでお願い、って話」
「それでお願いってのは?」
「いや、だからね――――」
そう言って、オットードが続けて。
「今日と明日は滞在を許すから、その後は他のみんなと合流した後で『精霊の森』から出て行ってくれ、ってことだよ」
その瞬間、大蛙の雰囲気が変化して。
辺りの温度が一気に冷たくなったようになる。
「どういうことだ?」
「今ね、ちょっとした実験中なんだよね。その実験に対して、さすがにカミュみたいな存在がいてもらっては困るんだよ。だから、そういうこと。ふふ、ちょっと脅しみたいになっちゃってごめんね。でも、さっき、カミュも自分で言ったよね? 『悪かった』って。そう思っているんだったら、滞在は今日と明日だけにしてもらえないかな?」
「ああ……わかったよ。あたしらは招かれざる客だものな」
「そういうこと。ま、力づくとなると、こっちも面倒だから、下手に出てるってのが本音かな。それで納得してくれるのなら、今日のところはきちんと歓迎するよ?」
「――――って、ことらしいぞ、ルーガ」
「うん。セージュやビーナスとも会えるんだよね? だったら、それでいいよ」
「だとよ」
「うんうん、物分かりがよくて感謝だよ。それじゃあ、『村』へどうぞ。大分遅い時間になっちゃったけど、約束通り、今からでも歓迎するからねー」
そう言いながら、湖だった場所に道を開くオットード。
『じゃあ、後について来てね』という彼の言葉に頷いて。
ルーガたちも『村』へ通じる道へと向かうのだった。




