第206話 農民、精霊のおかあさんに出会う
「お帰りなさい、ウルル、待っていたわよ……あら? そちらの方は?」
「ただいまー、お母さん。えーとね、こっちはセージュとなっちゃんだよー。ウルルが迷子になって泣いてたところを助けてくれたのー」
『館』の勝手口を入ってすぐのところで、ひとりの女性が待ち構えていた。
この人がウルルちゃんたちのお母さん、か?
確かに身につけているものはウルルちゃんのそれと似ているな。
天女の羽衣衣装というか、ギリシャ神話っぽい感じの服というか。
白い肌に、蒼と緑の中間のような長い髪をした妙齢の女性だ。
見た目だけなら、うちの母親よりも若いか?
まあ、相手が精霊さんってことは、見た目で判断はできないってことらしいけどな。
カミュが前にそんなことを言っていた。
たぶん、横にいるウルルちゃんも見た目相応の年齢ではないだろうし。
俺がそんなことを考えていると、その間にウルルちゃんがここまでのことを話してくれていたようだ。
『精霊樹の森』で迷子になっているところに俺たちと出会って、その後、レランジュマスターと色々あって、何だかんだで和解して、一緒にここまでやってきた、とか。
うん。
その場にいないと、流れがよくわからないだろうな。
「あらあら、そうだったの? うちの娘たちがご迷惑をおかけしたようで、ごめんなさいね?」
「いえ、こちらこそ助かりました。一緒に来た仲間ともはぐれてしまって、困っていたところでしたし」
正直、『村』にたどり着いて、とりあえずは一息つける状態にはなったのだが、それはあくまでも俺たちだけなんだよな。
カミュや他のみんなの無事を確認しないことには、気を抜けないのだ。
そう、俺が伝えると、一瞬だけ、目の前の女性が口元の笑みを消したのに気付く。
……うん?
あれ、やっぱり、感謝の言葉こそもらえたけど、あんまり歓迎されてない?
ただ、本当にそれは一瞬だけのことで。
すぐににっこりと笑みを返してくれた。
…………気のせい、か?
「改めまして、セージュ君、ね? ようこそ、私たちの家へ。私はフローラ。この『館』の家主みたいなことをやっているわ」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします。こんな夜分にお邪魔してすみません」
「セージュ、あのね、あのね、お母さんはすごいんだよー。何せね……」
「ウルル、ちょっと待ちなさいね。その前に、セージュ君にいくつか、どうしても確認しておかないといけないことがあるの」
「えーっ!? そうなのー?」
目の前のフローラさんの言葉に驚くウルルちゃん。
いや、俺は何となく、そんな雰囲気に気付いていたんだけどさ。
たぶん、今の状況って、いきなり見ず知らずの男が自分の子供を家まで届けてくれた、って状態だろ?
ウルルちゃんは、『うちへおいでよー』って感じだけどさ。
これ、向こうの基準で考えたら、胡散臭いことこの上ないもんな。
しかも、こんな夜中に。
向こうの世界なら、まだお店によってはやってる時間だけど、こっちの世界だと、夜って本当に真っ暗になるから、ほとんどの町や村は眠っている時間なんだろ?
いや、精霊さんたちがそうなのかまでは知らないけど。
だとすれば、不審人物ど真ん中だもんな。
普通の人だったら、この辺まで近づこうともしないって話だし。
フローラさんも笑顔だけど、やっぱり、眼の奥は笑ってない気がするし。
というか、どっちかと言えばウルルちゃんが警戒心なさすぎって感じなんだが。
さておき。
「その、確認したいこと、とは?」
「ええ、ごめんなさいね。まずひとつめ、セージュ君たちは『ここがどこなのかわかっている』のかしら?」
「正確なことは自信がないですけど……ここに来るまでにウルルちゃんから色々と教えてもらいましたよ? ここは『精霊の森』の『一区』にある『村』、ですよね?」
そう言ってから、ここまでの道すがら聞いたことをフローラさんに正直に答える。
例のよくわからない、『かくりよじっけん』って言葉も含めてだ。
ただ、それを聞いたフローラさんがちょっと複雑そうな表情でウルルちゃんの方を半眼で見つめて。
「ウルル……あなたにもアルルとは別の意味で教育が必要みたいね」
「えっ!? えっ!? 何でー!? ウルル、別に変なことしてないよっ!?」
「あのね、その認識自体に問題があるのよ…………ふぅ、それは今はいいわ。正直に答えてくれてありがとう、セージュ君。それじゃあ、次の質問ね。ここが『精霊の森』だと知っていたのよね?」
「はい、ただ、俺たちがいた町で耳にした話ですと、この『村』は『精霊の森』の中ではなくて、すぐ側にある村って聞いていたんですけど」
「聞いたって、誰から?」
「町にいるお婆さんからです」
「お婆さん…………?」
一応、俺も正直に答えているつもりだけど、ひとつひとつの問いに答えれば答えるほど、フローラさんの微妙な表情が色濃くなっていることに気付く。
元々は『不審者』って感じのカテゴリーだったんだろうけど、何だか、それとは別に『セージュ君って、何なの?』という感じの不思議そうな表情というか。
とは言え、こっちも勝手に侵入しちゃったものとしては、その後も尋ねられた質問に答え続けることしかできなかったんだけどな。
俺がいくつかの質問に答えると、納得したようにフローラさんが頷く。
「わかったわ。やっぱり、偶然にやってきたわけじゃないのね?」
「はい。もちろんダメ元でしたけど」
「つまり、ここが『精霊の森』と知ったうえで目指してきたってことよね? 一応、確認しておくけど、この森……特に私たち精霊種ね、その多くが『外』に対して、排他的だってことは知っていたのよね?」
「ええ……まあ……」
さすがにちょっと答えづらい質問だったけど。
少なくとも、ウルルちゃんとかを見ていると、そこまでって気もするんだけどなあ。
ウルルちゃんも、みかんもどっちかって言えば、人懐っこい感じだし。
というか、フローラさん自身も別に俺とかに対して、そこまで嫌悪感を持っているような感じじゃないし。
自分から『排他的』って言っている辺り、心の中でどう思っているかまではわからないけど、見た感じだと、人の良さそうな若奥様って風格なんだけどなあ。
「何のために? その目的は?」
「実は、俺、今ちょっと鳥モンさんたちのために家を建てないといけないんです。そういうクエストがありまして、それでです」
「えっ……? 鳥モンさん? 家? どういうことかしら?」
意味がよくわからないわ、とフローラさんが首を傾げる。
まあ、それもそうだよなあ。
普通、家を建てるのに、わざわざ『精霊の森』を目指したりしないだろうし。
俺としては、ゲームを楽しんでいるつもりだったから、面白い選択肢を何となく勢いで選んだ結果、今に至るってところだしなあ。
とりあえず、例の手順表を取り出しつつ、それを見せながら、ここまでの経緯を説明する。
どうして、精霊さんと知り合いになりたかったか、という部分も含めて。
あ、一応、ラルフリーダさんのことについては、適当にぼかしておいたけど。
「ちょっと見せてもらってもいい? これが家を建てる手順表ね?」
「はい、どうぞ。ただ、今の俺だと中身が読めませんけどね」
どういう理屈か知らないけど、そうなっているから、とフローラさんに伝えて、手順表を手渡す。
と、それを読み始めたフローラさんの表情が一変して。
「どういうこと……? ええ、ええ、確かにこれは精霊種が必要って理由がよくわかるわ……問題は一介の町の商業ギルドで、どうしてこういうものが出回っていたかってことね……」
「……もしかして、フローラさんはその内容を読めるんですか?」
「ええ、もちろんよ。だって、これって……」
「あー、これならウルルも読めるよー。でも、セージュ、よくこんなもの持ってたねー。だって、これって、『精霊眼』じゃないと読めないでしょ?」
「そうなのか、ウルルちゃん?」
「うんー! へえ、すごいねー、これって、小精霊の活性化の術式も組み込まれているんだねー?」
えっ?
小精霊の活性化の術式?
そんなものも組み込まれているのか?
ということは、この『手順表』自体が魔法のスクロールみたいな効果があるってことなのか?
そう、俺が尋ねると、フローラさんがその言葉に頷いて。
「ええ……でも、本当におかしいわ? こんなもの、『外』で出回るはずがないものだわ。私たちの中でもかなり作れる者が限定されるもの」
「……もしかして、『魔境』の方にいる精霊さんたちが絡んでいるのかも」
「っ!? セージュ君、『グリーンリーフ』の側から来たの!?」
「ええ……って、あれ? 俺、言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないわ。いえ、詳しく聞かなかった私も悪いけど」
そういえば、オレストの町とは言ったけど、詳しい場所については言ってなかったかもしれない。
そして、フローラさんにとっても、『外』の細かい国とかの違いはあんまり興味がないらしく、俺がどこから来たか、とかは割と気にしていなかったのだそうだ。
『外』から来たってわかればいいって。
「懐かしいわね。『精霊の森』を閉ざす前の話だもの。セージュ君、そっちに住んでいる皆は元気かしら?」
「えーと、今は『魔境』の奥深くにいるらしくて、俺は会ったことがありません」
というか、そっちに会う方が難易度が高そうだから、この『精霊の森』までやってきたのだ。
ただ、そのことを伝えるとむしろフローラさんが複雑そうな表情を浮かべて。
「それで、ここに来たの? セージュ君、ちょっと変わってるって言われるでしょ?」
「え? でも、可能性があるなら試してみるのが普通じゃないですか?」
自分ではごく普通の考え方だと思ってるんだけど。
ただ、これについてはユウなどからも言われたことがあるから、自分ではわからない部分でおかしな部分があるのかもしれない。
てか、それ、絶対親父殿の影響だぞ?
小学校の時に、鹿をさばいた話を同級生にして、そのまま引かれたのは今でも忘れられない思い出だし。
「普通は、家を建てられる人の手が空くのを待つんじゃないのかしら? ふぅ……ただ、セージュ君の人柄は何となくわかったわ」
そう言って苦笑するフローラさん。
どうやら、質問は終わりのようだな。
「レランジュマスターの件でもお礼を言わないといけないしね。この子たちがやらかしたことの後始末を手伝ってくれてありがとう。一応、まだ『様子観察』は必要だけど、私からこの『村』に滞在する許可を出すわ」
「あ、ありがとうございます、フローラさん」
おっ!
良かった。とりあえずは、問題ないって判断されたようだな。
けっこう、みかんの件は大きかったみたいだし。
そう考えると、みかんが暴れまわっていてくれて感謝だよなあ。
そんなことを考えながら。
フローラさんにお礼を言う俺なのだった。




