第204話 農民、水の精霊と『村』に向かう
「そろそろ、村に着くよー」
ウルルちゃんの案内で、俺たちは『トヴィテスの村』へと向かっていた。
みかんを仲間にした場所から、しばらく歩いたところで、例のウルルちゃんが『通れない』って言っていた場所にたどり着いたんだが、今度はそこから普通に森の奥へと進むことができるようになっていたのだ。
ウルルちゃんによると、一応、森の奥というか、『村』がある方が『精霊の森』の区画としては外側に位置するらしいけどな。
『精霊の森』は区画に番号付けがされていて、ざっくりと教わったところによると、外側から『一区』『二区』『三区』……という感じで数字が大きくなるのだそうだ。
みかんがマスターをやっていた『レランジュの園』は、『一区』と『二区』の狭間のエリアの一部で、俺たちが最初に飛ばされてきた『精霊樹の森』も同様の場所らしい。
そのせいか、『一区』の結界を抜けた途端に景色が一変したしな。
さっきまではゆらゆらと揺れる巨木に囲まれた場所だったのが、一気に視界が開けて、一見すると普通の高原のような風景へと変化したのだ。
それには俺もちょっと驚いた。
たぶん、ラルフリーダさんの家の周辺と同じような感じなんだろうな。
この手の結界って、ゲーム特有の場面変更みたいなのにも近いような気がする。
そういう意味では、どこかゲームっぽいというか。
とは言え、だ。
道が開けてきたけど、もうすでに辺りは日が暮れて真っ暗になってしまっていた。
一応、星空が見える分、少し前までの森の中よりは明るいけどな。
そして、俺もこの『PUO』内ではほとんど夜間のプレイをしていなかったので、この時初めて、こっちの世界の月が随分と大きいことに気付いた。
というか、前に見た夜明け前よりも今の方が明るいんだな?
その辺は少し不思議な気がする。
もしかして、距離が近いのかな?
その分、明るさもより明るい気がするから、そういう意味ではありがたいな。
あんまり、カンテラ型の魔道具も使いすぎるのが良くないと思っていたし。
そろそろ、魔石の色が変わり始めていたので、使うのをやめて、今は袋にしまっている。
まあ、向こうだと、夜でも街灯とかネオンとかがあるから、それなりに明るいせいで月のありがたみに気付かないけど、やっぱり、ほとんど灯りのない状況だと、光源ってのは重要だってことを知らされるよな。
俺のうちも田舎の農家だったけど、それでも完全な真っ暗ではなかったし。
一応、泥棒対策とかの明かりとかもあったからな。
「それにしても、『村』かあ。パッと見、よくわからないけど、もしかして、『村』の周りにも結界が張られていたりするのか?」
「まあ、こんな時間だしねー。たぶん、夜型の精霊が多い『館』の近くなら、もうちょっと賑やかなんだけどー」
もしかしたら、みんな寝てるのかもねー、とウルルちゃんが苦笑する。
ウルルちゃん自身ももっと早く帰ってくるつもりだったらしい。
一応、ステータス画面の時計によると夜の十時を回っているもんな。
……って!?
もう夜の十時か!?
うわ、今日はちょっと色々あって、途中で戻るの忘れてたぞ?
そろそろ、生理現象的にあっちの身体がやばくないか?
うーん。
安全地帯まで着いたら、早いとこ、ログアウトしないとな。
「『村』もけっこう広いからねー。今向かってるのは、ウルルたちが暮らしてる『館』かなー。たぶん、ここからだと一番近くにあるからねー」
「へえ、けっこう広いのか?」
「うんうんー、だって、ウルルたちだったら、そんなに大変じゃないけど、シモーヌの足に合わせたら、『館』と『館』の間を移動するのにも半日ぐらいかかるところもあるもんねー」
「へっ!? そんなに広いのか!?」
あれっ?
てっきり、オレストの町みたいな規模だと思っていたんだが、どうも、この『精霊の森』にある村は、けっこう広大な敷地をお持ちのようだ。
「ちなみに、その『館』ってのは?」
「『館』は家のことだよー。森の外の人間さんたちが住んでる家に合わせてあるんだってー。今まではずーっと、ウルルみたいな精霊はこの森に閉じこもっていたんだけど、それだけじゃダメってことで、今はじっけんちゅーってことみたいだよ?」
「そうなのか? じゃあ、もしかして、その『村』も?」
「うんー。お母さんの話だと、『かくりよじっけん』って言うらしいよ? きっかけはシモーヌが小っちゃい頃に森の中に飛ばされてきたから、だって」
ふうん?
ウルルちゃんの話だと、それまでは精霊さんたちは家に住むって習慣はほとんどなかったのだそうだ。
前にウルルちゃんも言っていた通り、精霊種の場合、無理に『人化』しなければ、身体を休めたり、ベッドとかで寝たりとかする必要がそもそもないので、よくよく考えたら、家を建てたりする必要もないんだよな。
うん?
おい、ちょっと待て。
そこまで聞くと、俺が今持っている家を建てる『手順表』。
これって、ノームが必要って条件自体がガセじゃないのか?
精霊種で建築に精通している人なんて、ほとんどいないってことだろうし。
そもそも、この手順表を書いた人は誰なのかも謎だし。
もしかすると、ノームの『能力』が必要、ってことなのかも知れないけど。
ま、まあ、とりあえずは、ここにも人が住むような家もあるってことだよな?
それにしても、『幽世実験』、か。
何となく、その響きからは不穏当な雰囲気を感じさせるんだけどな。
一応、ウルルちゃんによると、別に神隠しとかそういう話じゃなくて、段階を踏んで、精霊さんたちが外の世界と接触を持つための実験ってことらしい。
というか、ウルルちゃん自身も詳しくは聞いていないらしく、それ以上のことは知らないみたいだけどな。
「お母さんなら知ってると思うけどねー。ウルルたちは、シモーヌのお姉ちゃんになったから、一緒の『館』で暮らす、ってことしか言われてないしー。ふふふ、おかげで大分、ウルルも『人化』状態で生活するのに慣れてきたんだよ? まだ、『種族隠蔽』まではできないけど、それができるようになったら、『森』の外に行っても良いって言われてるしねー」
「へえ、そうなのか」
「そうだよー。そもそもねー、ウルルたち、『人化』を覚えるのも他の子たちよりもずっと早かったしねー。それもたぶん、シモーヌと一緒だったからだろうけど。ふふ、これはちょっと自慢だよー」
「それはすごいな。となると、やっぱり、そのシモーヌちゃんってのは、精霊種じゃないってことか?」
「うんー、人間種の迷い人だよー」
やっぱりか。
仮に精霊さんだとしたら、話の流れがおかしいところがあったもんな。
というか、迷い人、か。
もしかして、俺たちテスターのうちの誰かか?
「ウルルちゃん、そのシモーヌちゃんって、どのぐらい前にやってきたの?」
「大分前だよー。いつ頃って聞かれると、正確な時間はわからないけどー」
「ここ数日の話ではない?」
「うん、それはそうだよー。だって、シモーヌが森に現れた時って、今よりもずっと小っちゃかったもん」
「なるほど。つまり、ビーナスたちみたいなケースってことか」
俺たちテスターではなく、ルーガやビーナスのように、この世界の別の場所から飛ばされてきた迷い人ってことか。
そう思って、ビーナスの方を見ると。
「うん? ビーナス、少し眠いのか?」
気が付くと、ビーナスがカールクン三号さんの背中で軽く舟をこいでいた。
背中から落っこちるような感じではないけど、めずらしく眠そうな感じだな。
俺がそう声をかけると。
「違うわよ、マスター。これ、睡魔じゃなくって、ちょっとだけしんどくなってってだけよ。ええ……ちょっとさっきの戦闘で力を使いすぎたわね」
「ぽよ……!?」
うーん、やっぱり、声に元気がないな。
太ももの上に乗っているみかんもどこか心配そうな声を出してるし。
「できれば、早く地面に下りたいわね……ラルさまのアイテムのおかげで何とかなってるけど、生命維持はさておき、消耗の方は回復まで行かないみたい」
『治癒』の利きが悪くなってるわ、とビーナス。
「ウルルちゃん、『村』まではそう遠くはないんだろ?」
「うんー、もうちょっとだよー」
「じゃあ、少し急ごう。早いとこ、ビーナスを安全なところに植え替えないとな」
「クエッ!」
「うん、わかったー。スピードをあげるから、後からついて来てねー」
そのまま、羽根が生えたように走りだすウルルちゃん。
うわっ!? 早っ!?
いや、驚いている場合じゃないよな。
そんなウルルちゃんの後を、慌てて追いかける俺たちなのだった。




