第203話 農民、みかんと仲良くなる
「あ、こっちはもらってもいいのか?」
「ぽよっ――――♪」
レランジュマスターの敵意もなくなって、戦闘もひと段落したので、俺たちが改めて『村』の方へと向かおうとしたら、新しく生えてきた樹になったひとつの小さなみかんを、そのバレーボールぐらいのレランジュマスターがくれたのだ。
というか、このバレーボールぐらいのみかん、どっちが顔なのかよくわからないんだよなあ。
こういう、生きている果物と接するのって、俺も初めてだから、何となく不思議な感じがするぞ。
ただ、なっちゃんの『土魔法』の手みたいな要領で、そのレランジュマスターも『水魔法』をコントロールできるらしくて、ぷっと自分の果汁のようなものを身体から出して、宙に浮かせたあと、それで小さなみかんを包んで、ふよふよとこっちまで届けてくれたのだ。
どうやら、助けてくれたお礼らしいな。
さっきは金色に輝く実だったんだけど、その実から生えた樹でも普通の実はなるみたいで、今くれた分の手のひらサイズのみかんは、特に輝くでもない普通の果物という感じだ。
「ありがとうな、レランジュマスター」
「ぽよっ!」
「えっ!? 違うのか?」
「あー、そうじゃないよー、セージュ。もう、その子、レランジュマスターじゃないみたいだよー?」
「えっ……と? そうなのか?」
「ぽよっ――――♪」
ステータスがちょっと変わってるよー、というウルルちゃんの言葉に、目の前にふよふよ浮いているバレーボールみかんも頷くような仕草で上下に揺れる。
へえ、どれどれ?
名前:レランジュボール
年齢:8
種族:霊実種(モンスター)
職業:
レベル:40
スキル:『浮遊』『体当たり』『回転』『果汁乱舞』『強酸の汁』『水魔法』『ジューシージュース』『樹霊吸収』『栽培』
「あっ、本当だな。レランジュボールっていう風になってるな」
「たぶん、役割の引継ぎが終わったんじゃないの? 『山』でも次代の子に役割を引き継いでいく種族ってあったもの」
へえ、そうなのか。
ビーナスの話だと、その手の一子相伝みたいな力の引継ぎはたまに見られたことらしい。
確かに、レベルが見えるようになってるもんな。
『マスター』だった時は、三桁はあったであろうレベルが40まで下がっているし。
いや、それでも俺たちよりも高いんだけどな。
「ぽよっ♪」
「……えっ? 何よ?」
「ぽよよっ――――♪」
「あら、わたしにもくれるの?」
「ぽよっ♪」
そのレランジュボールが、今度はビーナスに手のひらサイズの実を差し出してきた。
ビーナスも『別にわたし食べないわよ?』と困惑しつつも受け取ってるな。
と、その瞬間、例のぽーんという音が響いて。
『こちらのレランジュボールと、あなたが主従を結んでいるマンドラゴラとの間に【絆】が結ばれました』
『マンドラゴラは個体名を付けることができます』
「はあっ!? あ、そっか。そういうことか?」
「えっ!? 何よ、この変なの!? マスター、これどういうことよ!?」
おっ、どうやら、ビーナスの方にもステータスメッセージが流れたようだな。
というか、ビーナスにはあんまり、この手のメッセージは馴染みがないのか?
そういえば、ルーガも最初の時はびっくりしてた気がするし。
なので、メッセージについて、俺から説明する。
いわゆる、ステータスから発せられる『世界の声』みたいなもんだ、と。
「要するに、俺とビーナスがそうなった時と同じような感じってことだろ」
「えっ!? そうなの!?」
「きゅい――――♪」
「あ、なっちゃんもそうだ、って言ってるな」
「ぽよっ♪」
一応、みかんの表情はわかりにくいけど、レランジュボールとなったこいつもそうだって頷いているな。
というか、ビーナスとかの場合でもモンスターをテイムできたりもするんだな?
てっきり、俺たち迷い人限定の仕様だと思っていたんだが。
「でも、何でわたしなの!?」
「あー、たぶん、さっき、せっせと与えてた『苔玉』が気に入ったんじゃないのー? それでたぶん、懐いちゃったんだと思うよー」
あれ、食べた時、一気に大きくなったもんねー、とウルルちゃんが笑う。
そういえば、そうだったよなあ。
『お腹が膨れる水』でもそれなりには成長したけど、ビーナスの例の『木属性』特化の『苔』と組み合わせると、それ以上にでっかくなったもんな。
要するに、こいつの口に合ったってことだろう。
いや、口があるかどうかは知らんけど。
「ええっ!? でも、わたし、名前なんて付けたことないわよ? それなら、代わりにマスターが付けなさいよ」
「いや、俺も名付けるのは苦手なんだが」
それに、ビーナスに懐いているのに、俺が名前を付けるのって、ちょっとどうかと思うんだよなあ。
主に、このレランジュボールの気持ちを考えると、だ。
「せっかく懐いているんだから、ビーナスが付けるのが筋ってもんだろ」
「えー、えー、こういうの苦手なのよね……うーんうーん……」
あ、めずらしく、ビーナスが真剣に悩んでるな。
感情の起伏は激しい方だけど、根っこの部分はけっこう真面目なんだよなあ。
ラルフリーダさん相手だと、義理堅いところもあるし。
そんなこんなで、しばらく悩んでいたビーナスだったが。
「――――みかん」
「えっ? 何だって?」
「だから、この子の名前は『みかん』よ!」
「……みかんにするのか?」
「そうよ! 最初にこの子と遭遇した時、マスターがみかんみかん言ってたじゃない! だから、この子は『みかん』でいいのっ!」
「お前はそれでいいのか?」
「ぽよっ♪」
どうやら、いいらしい。
だったら、別に問題ないか。
俺的には、このレランジュボールの名前が『みかん』だと、まんまなんだが、まあ、こっちの世界だとみかんって響き自体にあんまり馴染みがないようだしな。
あっちでも果物の名前を子供に付けるケースって少なくはないし。
何にせよ、名付け親と当の本人が納得しているなら、俺が口を挟むことじゃないしな。
そう思っていると、また例のぽーんが鳴り響いて。
『個体名:みかん』
『はい、こちらの名前で受け付けました。ステータスが変更されます』
名前:みかん
年齢:8
種族:霊実種(レランジュボール)
職業:ビーナスの飼い実
レベル:40
スキル:『浮遊』『体当たり』『回転』『果汁乱舞』『強酸の汁』『水魔法』『ジューシージュース』『樹霊吸収』『栽培』
あ、ほんとにみかんになったな。
というか、『飼い実』って何だよ?
そんな日本語、初めて聞いたぞ?
一応は、果物のペットってことでいいのかね?
いや、そもそも、あっちの世界だとペットになりそうな果物がないし。
「ぽよっ――――♪」
「わっ!? ちょっと!? いきなりくっ付かないでよ、みかん! ちょっと! 頭の上は重いからやめてって! せめて太ももにしてよ!」
「すごいな、ビーナス。もうすっかり懐かれてるなあ」
「むっ! 後で覚えてなさいよ、マスター!」
ぷりぷりと怒りながらも、ちょっと困ったようにみかんをあやすビーナス。
その光景を見ながら、何となく和んでしまう俺たちなのだった。




