第202話 農民、巨大みかんの暴走を止める
選択肢が狭められていたので、気付くのが遅れてしまったのだが。
このクエストの達成条件は『倒す』ではなかったのだ。
正確には、レランジュマスターの『暴走を止める』、だ。
暴走というのは、おそらく、レランジュマスターが何らかの理由から、周囲の樹に宿っている『小精霊』を食い漁っている状態を指しているのだろう。
それも必死で。
もちろん、遭遇時は『憤怒』状態だったから、何らかのことに怒っているのは間違いないだろう。
ただし、怒ってはいるけれど、同時に何か別の目的があるような行動もとってはいた。
ぶっちゃけ、目の前のモンスターが俺たちと本気で戦っていないような。
そんな印象すら受けるほどだ。
だったら、このおばけみかんは何を目当てに動いている?
延々と周囲の『小精霊』とやらを取り込んでいる。
それで身体を大きくしている。
ということは、それがエネルギーであり、何かの目的に必要だとすれば。
『倒す』以外に、暴走を止める手段が見えてくるのではないか。
そう俺は考えた。
というか、すでにそのための行動へは取りかかっている。
「セージュー、何か、この水すごいねー。ちょっとかけただけで、またひとまわり大きくなったよー」
「マスター、たぶん、この『苔玉』もその『水』と一緒に投げた方が効果が大きくなるみたいよ?」
「わかった! 今、そっちに取りに行くよ!」
「きゅい――――!」
「もう、なっちゃんに渡したわよ! マスターは隙を見て、能力を使いなさいよ!」
そっちの方が効果がありそうよ、とビーナス。
まあ、そうだよな。
そろそろ、持ってきた『お腹が膨れる水』がなくなりそうだし。
後は、サティ婆さんからもらった『深淵の水』か?
こっちも良い水だろうけど、さすがにジェムニーさん印の魔法水ほどの効果はなさそうだしなあ。
ともあれ。
最終的には、俺の『手』も使うことになりそうだ。
てか、ビーナスはしきりにやれやれって言ってるけどさ。
俺、この『緑の手』のスキルの発動条件が未だにわかんないんだっての。
今はチャンスを待つしかないなあ。
ひたすら、レランジュマスターを育てて行けば、何かが起こるような気がするし。
というわけで、俺たちが採った新しい作戦は、目の前のレランジュマスターに養分を与えて育てるというものだ。
もうすでに、『お腹が膨れる水』を与える前に比べると、大きさが五倍ぐらいになってるしな。
「ぽよぽよっ――――!?」
それに、いきなり、攻撃して来なくなった俺たちに対して、レランジュマスターの方も戸惑っているようで、果汁攻撃が飛んで来なくなったのだ。
これで調子に乗るようだったら、敵対するしかなかったんだが、少なくとも、何とかできそうな雰囲気にはなってきたな。
今もせっせとウルルちゃんやなっちゃんが動いているのを見ながら、俺も何か使えそうなものがないか、所持品の方を調べていると。
「あっ……そういえば、これも『お腹が膨れる水』から作ったものだよな」
見つけたのは、例の空腹軽減効果のある傷薬だ。
そう言えば、これって使いどころが微妙だと思ってたんだよな。
とはいえ、自分で『調合』した中では効果が高めっぽいし。
せっかくだから、この丸薬も投げつけてみるか。
「えいっ!」
「ぽよっ?――――――ぽよぽよっ!?」
「うわわっ!?」
「ちょっと、マスター!? 何したのっ!?」
「いや……お腹が膨れる傷薬を投げつけただけなんだが」
突然、その傷薬を身体で飲み込んだレランジュマスターが呻いたかと思うと、全身からまた汁を出し始めたのだ。
酸の攻撃かと思って、慌てて、俺たちも更に距離を取る。
「あ、そういえば、あれ、そのまま飲むと激マズなんだっけなあ」
「ちょっとちょっと、マスター。せっかく、大人しくなって来たのに、何だか変形しながらじたばたしてるわよ? あれ」
ビーナスの言う通り、まるでボールの中に何か生き物がいて、外に飛び出そうとするがごとく、真ん丸の巨大なみかんがぐにゃぐにゃと痙攣しているのだ。
しかも、宙に浮いたまま。
何というか、不思議な光景だなあ。
「ちょっと……何、遠い眼をしてるのよ、マスター。きちんと現実を直視しなさいよ」
「あれー? でも、周囲の『小精霊』の量は増えてるかなー?」
「まあ、一応は傷薬だしな」
俺も作ったものの味見したことないけど。
いや、実際、運が良いのか悪いのか、傷薬を試す機会が少ないんだよな。
鳥モン相手にした時に隙を見て使ったぐらいか?
でも、あの時も水で溶かしてかけるやり方で使ったから、口にはしてないし。
うーん。
これを見ると、味の改善は必要な気がするなあ。
そんなこんなで、目の前の光景を俺たちが呆気にとられて見ていると、頭の中でぽーんという音が響いた。
『クエスト【試練系クエスト:『レランジュの園』の番人の暴走を止めろ】を達成しました』
「えっ!? 何で!?」
いや、このタイミングで達成かよ!?
というか、まだ目の前のレランジュマスターはぐわんぐわん変形し続けているんだが、これは大丈夫なのか?
「どうしたの、マスター?」
「ああ。俺もよくわからないけど、これでクエスト達成らしいぞ?」
できれば説明が欲しいけどな、と俺が苦笑すると。
再び、ぽーんという音が鳴って。
『失った分の◆◆◆が充填されたことで、『レランジュの園』の番人が新しい番人へと力を引き継ぐ準備が整いました』
『新しい『黄金実』が生成されます』
『注意:こちらの実をどうするかは、よく考えてから行動してください』
『同じことの繰り返しにならないように願っております』
えーと。
うん、とりあえず、何となくだが事情はよくわかった。
その『黄金実』ってやつを持っていかないようにすればいいんだな?
さもなければ、クエストが復活する、と。
「あーっ! 綺麗な『レランジュの実』だー。これを持っていけばいいんだねー?」
「いや、ちょっと待って、ウルルちゃん!」
「ほえっ?」
「それを採ったら、今の戦闘がやり直しになるみたいだ」
きらきらと輝くみかんっぽい実。
それがレランジュマスターの頭というか、上の部分にいくつか実っている。
そもそも俺たちは、普通の『レランジュの実』を見たことがなかったんだが、どうやら、大きめのみかんサイズの実が、それらしく。
だけれども、大きさは小さいけど、光り輝くその『実』を見たウルルちゃんが喜び勇んで取りに行こうとしたのを慌てて止める。
さすがに、さっきの手順をもう一度試すにはアイテムが足りないんでな。
もし、もうちょっと『お腹が膨れる水』を余分に持ってきていたら、『黄金実』を手に入れた上で、何とかできたか?
いや、それも不明だよな。
下手をすれば、激昂したレランジュマスターと戦うしかなくなっていたかもしれないしな。
曲がりなりにも、俺たちに対して、手を抜いてくれてたのも、本当の意味で敵視されてなかったからだろうし。
「あー、そうなんだー? でも、あれがあるとシモーヌもすぐ元気になりそうなんだけどなー」
「たぶん、そのアルルちゃんが持って行ってるんだろ? それで我慢しなよ」
少なくとも、これ以上、目の前のみかんと戦いたくないぞ。
そう、ウルルちゃんに伝えると。
「うーん、そうだねー。うん、わかったよー」
「ぽーよっ! ぽーよっ!」
「あ、何か嬉しそうだな、こいつ」
みかんだけに顔はないけど、何となく感情が伝わってくる気がするのだ。
そして、俺たちの目の前でレランジュマスターが、新しくできた『黄金実』をぽとりと地面へと落としたかと思うと。
「ぽよぽよっ――――♪」
「あっ! すごいな! あっという間に育ってるぞ」
「これって、ラルさまが前にやってたのに似てるわね。やるわね……わたしもこういうのができるようになるかしら」
どうやら、『栽培系』のスキルの効果らしい。
瞬く間に『黄金実』から生えてきた樹がどんどんと成長して行って、後に現れたのは、今のレランジュマスターよりも高く生えた一本の大木だった。
「ぽよっ――――♪」
「うわっ!? お前、随分とちっちゃくなったなあ」
「ぽよっ♪」
おばけみかんから、バレーボールぐらいの大きさになってしまったレランジュマスター。
いや、それでも十分にみかんとしては大きいけどな。
どうやら、新しい樹を育てるのにはそれなりに労力が必要ってことだろう。
それでも、ふよふよと浮きながら、どこか嬉しそうに新しい樹を眺めるみかんの姿を見ながら、ようやく俺たちをホッと一息つくのだった。




