第200話 農民、巨大みかんに挑む
「ぽよ――――!」
ゆっくりと、だが確実にふわふわと浮いたままの状態で、こっちの方へと近づいてくるレランジュマスター。
何か、今、声みたいなものを発したんだけど、随分と可愛い響きなのな?
相変わらず、どこか口なのかはさっぱりだが、身体を少し上下に伸ばしたかと思うと、それが真っ二つに折れるようになって、包み込んだものを吸収するというか、そんな感じで咀嚼をしているようだ。
何というか。
見た目は巨大なみかんなのに、どっちかと言えば、スライムっぽい印象を受けるぞ?
移動してくる途中の、側にある樹の幹を食べたりしているせいか、この辺りの森の樹が食べかけの串料理みたいになってるし。
ちなみに、ウルルちゃんによると、普通の『レランジュの実』ってのは、手のひらサイズぐらいの大きさで、表面の皮をむくと甘酸っぱい果汁がたっぷり詰まった部分が現れるのだそうだ。
一応、『村』の側にも生えている場所があるので、そっちでも採れなくはないとのこと。
ただし、さっきも聞いたように、回復アイテムのような効果を持っているのは、この『精霊樹の森』の奥地に生えている樹から採れる実だけだそうだ。
「いつもはお母さんが採って来てくれるから、まさか、こんなモンスターっぽい子が護ってるなんて知らなかったよー」
目の前のおばけみかんについては、ウルルちゃんも初めて見たらしく、それなりにびっくりしてたけどな。
まあ、理由はどうあれ、クエスト内容を考えると、倒す以外には方法はない気もする。
というか、甲高くてほんわかした声だけど、もの凄く怒っているみたいだしな。
せめて、怒っている理由がはっきりとわかればいいんだけど。
「それじゃあ、もうちょっと近づいたら、攻撃すればいいのー?」
「ああ。ただ、ウルルちゃんはあっちの攻撃を『水魔法』で対処しながら、できれば、あのモンスターが何で怒ってるか、その意図を探ってもらえないか?」
方針について確認して来たウルルちゃんに、俺はそう返す。
さっき、ウルルちゃんから聞いた、俺たちに教えられる分のステータスについては、こんな感じだった。
名前:ウルル・ルルラルージュ
年齢:《わかんない》
種族:精霊種(ウンディーネ)
職業:
レベル:◆◆◆
スキル:『精霊化』『人化』『水魔法』『吸水』『憑依』『精霊同調』『精査』『精霊眼』『共通言語』『裁縫』
年齢はウルルちゃん本人も覚えてないそうだ。
詳しく数えたことがないから、わからないって。
あと、『精霊化』した状態のスキルなどについては、共通の種族スキルとかもあるから、どうしても教えられないものがあると断られてしまった。
細かい、『水魔法』などの『魔技』についても同様だな。
一応、本体になっている時なら、『物理無効』もあるみたいなことは教えてくれたけど。
その辺はペルーラさんの工房で遭遇したエレメンタルモンスターとおんなじようだ。
『精霊化』している状態なら、通常攻撃が通りにくくなる、と。
とは言え、ウルルちゃんの『水魔法』なら、ある程度のレベルの水の操作も可能らしくて、だからレランジュマスターの水関連の攻撃については、対処してもらうことでお願いしたのだ。
「わかったー。攻撃を避けつつ、お話してみるねー」
「ああ、頼む。ビーナスたちは手筈通りにな。なっちゃんはそっちで一緒に連れて行ってくれ」
「わかったわ、マスター」
「きゅい――――♪」
「クエッ!」
「よしっ! それじゃあ、作戦始めるぞ!」
そのまま、レランジュマスターとの戦闘が開始された。
「貫け――――!」
攻撃の軸となるのは、カールクン三号さんに乗ったビーナスだ。
前回の戦闘の後、遠距離攻撃が解放されたから、今のビーナスだったら、付かず離れずで攻撃ができるはずだ。
なので、ビーナスが移動砲台みたいになる形で動いてもらうことにした。
足となるのはカールクン三号さん。
攻撃に対する盾となるのは、なっちゃんの『土魔法』だ。
何だかんだ言っても、これまでの経験から、なっちゃんの『土壁』や『土盾』の展開がかなり早くなっているんだよなあ。
小さい身体だけど、相手の魔法などへの防御なら、実はうちのパーティーの中ではなっちゃんが一番上手いのだ。
実際、俺もなっちゃんの『土魔法』の使い方を後追いしてるしな。
「ぽよぽよ――――!?」
「おっと――――! そっち狙うのはそっちじゃないぜ! 『アースバインド』!」
「ぽよよっ!?」
おっ?
何とかうまくいったぞ。
一方の俺はと言えば、簡単に言えば、囮役だな。
どうやら、レランジュマスターは汁系の攻撃が得意なようだから、いくらカールクン三号さんの機動力が優れていると言っても、俺も一緒に動いていると効率が悪いからな。
というか、的が少なくなるだけだし。
そういうわけで、俺は遊撃として動くことにした。
バックアップとして、ウルルちゃんにも頼みつつ、今みたいに『アースバインド』をちょっとだけコントロールして、レランジュマスターの側に発動させたりとかな。
ビーナスたちの方へと放とうとしていた果汁攻撃が土の塊によって阻まれて、その一部がレランジュマスターの方へと跳ね返ったのが見えた。
おー。
苦しんでる苦しんでる。
意外だったけど、どうやら、自分の攻撃でも多少はダメージを受けるみたいだ。
よし。
この手は割と使えそうだな。
実際、今の俺が使える『土魔法』って、まだ攻撃手段としては、使い勝手が悪いんだよなあ。
一応、『アースバインド』を敵の真上に発動させて落とす、とかできないか試してはみたんだが、なぜか、そのまま宙に浮いたままになっちゃうんだよな。
土を発生させることはできても、一度発動した後は、その座標から動かしにくくなってるってことか?
その辺は、もうちょっと試行錯誤が必要なようだ。
で、ずっと土の塊を維持していると、魔力を消耗してしまうので、今出した分はさっさと消す。
鳥モンたちとの戦闘でも、延々と出して消してを繰り返して、なるべく発動は短時間に抑えるように努力したしな。
「マスター! 音魔法が当たった分だけ、光る泡が弾けて、少し身体が小さくなったわ! たぶん、このモンスターもその辺の樹と同じね!」
「つまり、本体はもうちょっと小さいってことか」
精霊種のモンスターって、そっちの傾向が強いのか?
確か、ウルルちゃんも『小精霊』とか言ってたよな?
それによって、実体化の調整が成されているって感じか。
少なくとも、今のところは目の前のレランジュマスターには攻撃が通っているから、まだやりようがあるしな。
ビーナスの『音魔法』も十分効果があるようだ。
「ぽよっ――――!」
「っ!? マスター!? 危ないわよっ!?」
「うわっ!?」
「はーい、『霧幕』っ!」
ビーナスが警告を発するのと同時に、レランジュマスターがいきなり回転を始めたのだ。
そのまま、高速回転と同時に、さわやかな匂いを伴った水しぶきが四方八方へと放たれていくのに気付いて、慌てて避けようとする俺。
それに合わせる形で、ウルルちゃんが何かの魔法を発動させる。
『水魔法』の魔技の一種、『霧幕』。
さっき、ウルルちゃんが泣いている時にも発動していたような白い霧、それがさらに濃密な布のような形で発動して。
そのおかげで、何とか俺も果汁による攻撃を回避することができた。
「危なっ!? 助かったよ、ウルルちゃん」
「えへへー。何となく、今の攻撃はわかったからねー」
「油断しないでよ、マスター! あんな見た目で、気の抜けるような声してるけど、あっちの方がレベルが高いんでしょ!?」
「きゅい――――!」
「ごめんごめん」
ぷりぷりと怒るビーナスと心配そうな声をあげているなっちゃんに謝る。
それなりに距離を取っていたつもりだったけど、回転した時の果汁攻撃はかなり広範囲まで届くみたいだな。
カールクン三号さんも慌てて回避したみたいだし。
「ぽよっ――――!」
「えっ!? 何で、こっちから遠ざかるんだ?」
てっきり、もの凄く怒っているのかと思ったら、こちらに向かって来るでもなく、レランジュマスターが俺たちから遠ざかってしまった。
……って!?
また近くの樹を食べては、身体を大きくしちゃったぞ。
「貫け――――!」
「ぽよっ――――!」
慌てて、攻撃を繰り出すビーナスと、それを食らいながらも、近くの樹を食べては移動を繰り返すレランジュマスター。
その様子を見ながら、ちょっと嫌な予感に襲われる。
「これ……ダメージを与えた側から回復するパターンか……?」
すでに日暮れに差し掛かっている時間に。
とある別のゲームで遭遇した厄介なタイプの敵を思い出して、思わず頭を抱える俺なのだった。




