第199話 農民、巨大なみかんに追われる
「正直なところ、面倒なことになりそうだから、逃げた方が無難だろうな」
「でも、戦って倒せば、大きな『レランジュの実』が手に入るかもよー?」
相手のレベルと、まだそれほどは真剣にこちらを追いかけてきていないことを考慮して、俺としては逃げる選択肢を考えていたんだが、そこへウルルちゃんから待ったが入った。
確かに、『精霊の森』で採れる貴重な果実……食材アイテムってのは魅力的ではあるので、それはそれで悪くない話ではあるよな。
ただ、今の俺たちって、森の中で迷子になって、遭難しかけているわけで、まず優先すべきは『村』にたどり着くか、他の誰かと合流するかのどちらかだと思うのだ。
というか、やたらと怒っているモンスターなんて、あんまり相手したくないし。
「ちなみに、ウルルちゃん的には倒せそうなのか?」
「やってみて、ダメなら逃げればいいよー」
そう言って、笑顔を浮かべるウルルちゃん。
「いざとなったら、『精霊化』でばびゅーんとねー」
「いや、それ、俺たちじゃできないっての」
「あ、そうなのー?」
どうやら、ウルルちゃんたち精霊種の場合、『人化』状態だと、かなり移動速度がゆっくりになってしまうらしい。
いや、それでも、カールクンの全力に走ってついて来れたから、俺たちから見れば、十二分に早いんだけどな。
ただ、それを基準に作戦を組み立てられても困るのだ。
普通は『精霊化』なんて能力持ってないっての。
「ふーん、じゃあ、ウルルの意見は却下だねー。それなら、果物は諦めて、今のうちに逃げよっかー」
「そうね。マスター、どうも嫌な予感がするもの。早いところ、ここから離れた方が良い気がするわ」
「きゅい――――!」
おっ!?
ビーナスが嫌な空気を感じているのか?
ビーナスのその手の感覚は信頼できるから、逃げるなら今だな。
「よし、逃げよう。ウルルちゃん、さっきの匂いをたどって、『村』の方へと向かえる?」
「うん、まだ、大丈夫だから、ついて来てー」
そのまま、俺たちはレランジュマスターから敵前逃亡を図るのだった。
「――――ええっ!?」
「どうした!?」
「えーっ!? 何でー!? 『境界結界』が作動してるなんて!?」
しばらく進んだ場所で、ウルルちゃんが叫んだかと思うと、突然また泣き出してしまったのだ。
それと同時に周囲に雨も降り始める。
えーと……?
その『境界結界』か?
つまり、それってどういうことなんだ?
「だからー! 『一区』と『二区』の間の結界が閉じられちゃったの! どうしよう! ようやく境界までたどり着いたのに、これじゃあ、戻れないよぅ」
「ウルル、そういうことってよくあるの?」
「ううん、ウルルも初めてだよー。だって、ウルル、『一区』から『四区』までなら自由に移動できるはずなんだもん。もしかして、お母さんが怒ってるのかなあ?」
誰かが結界を閉じてしまっている、とウルルが半泣きのまま教えてくれた。
いや、これって、どっちかと言えばさ。
「ねえ、マスター……」
「ああ、たぶん、これって、ウルルちゃんじゃなくて、俺たちが原因じゃね?」
「えっ!? そうなの!?」
俺とビーナスの言葉に驚いているウルルちゃんに向かって頷く。
だってなあ。
俺たち、『精霊の森』に入る許可を取らずに、ここまでやって来たんだからな。
何で、『森』の内側まで入り込むことができたのかなんて、むしろ、こっちがどうしてか聞きたいぐらいだったしな。
たぶん、何らかの結界のトラブルか何かがあって、今になって、慌てて対処してきた、って考える方が自然だろう。
「そうよね、マスターって、そういう体質だし」
「いや、ビーナスもカミュの言葉を真に受けるなよな!」
へえ、そうなんだー、と納得するウルルちゃんを見て、慌てて否定する。
俺の変なイメージをこれ以上広げるなよな、まったく。
と、いきなり例のポーンが頭の中に響いて。
『クエスト【試練系クエスト:『レランジュの園』の番人の暴走を止めろ】が発生しました』
『注意:こちらクエストでは他の存在からの妨害も発生しております。クエストを達成せずに、『トヴィテスの村』へと到達することはできません』
『尚、別ルートから森の外へと逃げることは可能です』
『その場合、同行の精霊種を森の外へ連れて行くことはできません』
『死に戻った場合は、『オレストの町』へと戻されます』
『十分に状況を考慮した上で、行動してください』
「マジか――――!?」
「えっ!? どうしたの、マスター!?」
思わず声をあげてしまったぞ。
これ、クエストになるのかよ!?
しかも、『試練系』って、例のクリシュナさんたちのとおんなじだろ?
というか、さ。
これ、色々とステータス画面でも注意はしてくれてるけど、それらをひとまとめにすると、採れる選択肢はひとつだけになるだろうが。
たぶん、『トヴィテスの村』ってのが、俺たちが目指している村の名前だろう。
で、今、ウルルちゃんが動揺しているように、その『村』に至るためのルートが閉ざされてしまっているのも間違いないだろう。
てか、妨害者って誰だよ?
たぶん、『精霊の森』にいる精霊さんとかだろうな。
一応、注意点でも逃げる選択肢は提示してくれてはいるけどさ。
その場合、ウルルちゃんとは別れることになって、ここでできた繋がりのようなものも切れてしまう、と。
となれば、ここで採れる行動はただひとつ。
「……あの化け物みかんと戦って、倒すしかないってことかよ」
まあなあ。
そもそも、『精霊の森』を目指すこと自体が賭けみたいなもんだし、それなりに厳しいことになるとは思っていたしな。
むしろ、ウルルちゃんと出会えた分だけ得している、って考えた方がいいだろう。
よし、切り替え完了!
となれば、どうやって倒すか、そっちを考えた方が建設的だよな。
「あれも、でかいけど、植物系の種族の一種なんだろ?」
「でしょうね。何か、さっきより、どんどん大きくなってるみたいだけど」
「あー、たぶん、周りの樹の小精霊分を吸収してるんだと思うよー? ウルルも、レランジュがモンスター化するとそういうことができるなんて、初めて知ったけどー」
「うわあ……」
時間を置くたびにどんどん強くなるってことかよ。
これ、さっさと倒さないとまずいだろ。
「こんな時こそ、クレハさんやモミジちゃんがいてくれたら良かったんだけどなあ」
あのふたりは、火属性の能力が得意だったみたいだしな。
植物なら、火に弱いってのは基本だろうし。
今となっては無い物ねだりだけどさ。
「あ、マスター。ちなみに、ラルさまは火に強かったわよ?」
「マジか」
今はどうでもいい情報だけど、なんか、ラルフリーダさんって、いよいよ弱点があるのかね? って感じになってるよな。
『耐火』や『耐炎』スキルを持っている植物もいる、と。
メモメモ。
……じゃなくて。
「そもそも、火で焼いたら、生の『レランジュの実』が手に入らないよー?」
「あー、そっか。そういう問題もあるのか」
ウルルちゃんがそう指摘してくれたけどさ。
今となっては、素材よりもどうやって生き残るかの方が大事な気がするぞ?
あ、そうだ。
「ウルルちゃん、悪いけど、『鑑定眼』を使わせてもらってもいいか?」
どういう能力を持っているのかわかれば、共闘しやすくなると思うし。
俺がそう尋ねると、ウルルちゃんが小首を傾げて。
「うん、セージュができるなら、別にいいけど。でも、セージュ、精霊に対する『鑑定』能力を持ってないよね? それだとちょっと難しいと思うよ?」
ウルルの方がレベル高いし、と返されてしまった。
そうなのか?
精霊種用の『鑑定眼』もあるのか?
あ! それで、モミジちゃんの場合も鑑定できなかったのか。
「そうだよー。ウルルはされる側だから、細かい条件とかは聞いてないけど、『村』に住んでいる人でも、読めない読めないって言われたからねー。一応、『人化』していると読みやすいみたいだけど、本体の能力とかは無理みたいだし。ほら、さっきまでの雨とかを降らせる能力ねー」
なるほどな。
結局のところ、精霊種への『鑑定』は難しいってことらしい。
なので、ウルルちゃんからは直接、教えてもらっても大丈夫な能力については教えてもらうことになった。
よし、これでとりあえず、作戦を立案するための準備はできたな。
そんなこんなで、レランジュマスターが迫って来るまでの間で、俺たちは戦闘準備を整えるのだった。




