第198話 農民、変な果物と遭遇する
「ああーっ! この辺、アルルの匂いが残ってるー!」
ウルルちゃんの涙雨がやんだ後で、またしばらく、森の中をうろうろしていた俺たちだったが、とある地点にたどりついた辺りで、ウルルちゃんが嬉しそうな声をあげたので立ち止まる。
「その、アルルっていうのが、一緒に森まで来ていた相手か?」
「うんー! そうだよー、ウルルたち双子なんだよー。お母さんが作ってくれた『精霊の海』から一緒に生まれたから、アルルとわたしは姉妹なんだよー」
へえ、双子かあ。
『精霊の海』ってのはよくわからないけど、精霊さんの場合でも双子として生まれたりもするんだな?
「じゃあ、そのアルルちゃんもウンディーネなのか?」
「違うよー、セージュ。アルルはノームだよ。土属性が得意なのー」
「へっ!? 双子なのに、属性が違うのか?」
あれっ? 精霊種ってそういうものなのか?
いや、それも気になったんだけど、それよりもノームなのかよ?
これはもしかして、ちょっとずつ目的に近づいて来たかもしれないな。
「そうだよー。親霊によって『精霊の海』が用意されて、そこから新しく精霊が生まれるのー。でも、別に親霊の属性とかはあんまり生まれてくる子霊には関係ないんだー」
「ふうん、そういうものなのね?」
ウルルちゃんの言葉にビーナスも感心したように頷く。
何でも、精霊種の場合、親子関係が他の種族とはちょっと異なっているのだそうだ。
そもそも、人間種などのように実体を伴って生まれてくるのともちょっと違うらしく、その親にしても、ウルルちゃんたちの場合は、父親というものが存在せず、その『お母さん』だけから生まれてきたのだとか。
なるほどなあ。
そういうのって種族ごとに異なるんだろうけど、精霊さんの場合、生殖行為とかとは無縁の種族ってことのようだな。
あー、そういえば、ドワーフさんと鉱物種さんの場合とかもどうやって子供を作るのかとか、詳しくは聞いてなかったしなあ。
そっちはそっちで特殊なところがあるのかもしれないな。
さておき。
「そういうことなら、もし会う機会があったら、紹介してもらってもいいか?」
「アルルを? うん、別にいいよー。あー、でも、ちょっと待ってー。よくよく考えたら、まだウルルたちケンカ中だから、どうなるかなあ? うーん……まあ、シモーヌの体調が良くなったら大丈夫かなー?」
うん、そうだねー! とウルルちゃんがポンと手を叩く。
「このまま、『村』に戻ってもいいけど、このアルルの匂いをこっちにたどって行ったら、たぶん、果物が生えているところに着けると思うんだー。どうせだったら、ウルルたちも果物を持って帰ろうよー」
「あ、果物か?」
「うんー! それで、アルルもぎゃふんと言わせるのー」
そう言いながら、胸を張るウルルちゃん。
というか、精霊さんでもぎゃふんとか言うんだな?
これも『自動翻訳』の一種なのかね?
まあ、普通に言葉が通じるのはありがたいよな。
モミジちゃんとかを見てる限りだと、『精霊語』みたいなものもあるのかも、って思っていたからな。
その点では良かったというか。
とりあえず、ウルルちゃんが乗り気になっているので、その案に乗ることにした。
果物って聞いて、なっちゃんと三号さんもどこか嬉しそうにしてるし、俺は俺で、新しい食材には興味があるから、ぜひ『精霊の森』に生えている果物は見ておきたいと思っていたしな。
ビーナスはそこまで果物に興味がある感じじゃないけど、『まあ、好きにすれば?』って感じで三号さんの背中で横座りをしてるし。
「それでウルルちゃん、どっちに行けばいいんだ?」
「こっちだよー。じゃあ、後をついて来てねー」
そのまま、森の中を進んでいくウルルちゃんの後を俺たちはついて行くのだった。
「…………えーと」
「きゅい――――?」
「クエッ?」
「随分、大きな実ね? ウルル、あれがそうなの?」
「ほえーーーーっ!? あんなのウルルも初めて見たよー!?」
しばらく進んだ先で、俺たちは妙なものを見つけてしまった。
うん。
確かに、見た目は果物っぽいよなあ。
全体がやや黄色系統の色になっていて、たぶん、向こうで言うところの柑橘系の果物なんだろうな、とは思うんだが。
いや、問題はその大きさと、それがある場所だ。
今、俺たちが思わず立ち止まって、その『果物』を呆気にとられて見ているのは、少なくとも、それから百メートルは離れているであろう場所なのだ。
にも関わらず、その宙に浮いた果物――――おばけみかんはもの凄く大きく見えるのだ。
横の樹と比較しても、そのみかん一個で俺たちの身長よりもずっと高いであろうことは間違いないし。
「いや、ちょっと待て。あのみかん、横の樹を攻撃してないか?」
「うーん、たぶん、汁みたいなのを出してるわね」
「……ビーナス、実そのものがモンスターとして生まれることもあるのか?」
「種族とか、成長の度合いとかによるんじゃない? まだ今のわたしじゃ無理だけど、『山』だったら、転がって攻撃してくる木の実とかもあったから、そうだとしても別に不思議じゃないわよ?」
魔樹種であるビーナスが淡々と言う。
そうなのか。
いや、目の前の浮いている巨大みかん。
あれ、どう見ても果物じゃないだろ。
ただのモンスターだろ。
「ねえねえ、セージュ。みかんって何ー?」
「あ、そっか。あれ、みかんってわけじゃないのか。俺が知っている果物で見た目がそっくりなものがあったから、ついそう呼んじゃったんだよ」
ウルルちゃんに尋ねられたので、そう答える。
もちろん、あんなでかいみかんは見たことがないけどな。
一応、『鑑定眼』を使おうとしたんだが、ちょっと遠いせいか、まだステータスは読み取れないみたいだ。
「……おい、ちょっと待て。樹を攻撃するぐらいだったら、まだ良かったんだが」
「あれれー? 何でー? あれ、『レランジュの実』だよねー? 何で、はぐれモンスターみたいになってるのー!?」
「果物が樹を食べてるわね……」
「きゅい――――!?」
うん。
何だか、すごくシュールな光景なんだが。
というか、あの化け物みかん、どこが口なんだよ?
そもそも、口から食べ物を摂取するタイプの生き物なのか?
もはや、あれ、果物じゃないだろ。
というか、だ。
「……ちょっとずつ、こっちに近づいてないか?」
「うーん、もしかして見つかったかなー?」
「どこに目があるのかしらね?」
周囲の樹を攻撃しつつ、その幹に近づいたかと思ったら、みかんの胴体部分? いや、黄色い身体全体を使って、咀嚼するような感じで樹の幹を食べているんだが、それが少しずつ、俺たちがいる方へとやってきているようなのだ。
おっ?
ようやく、『鑑定眼』が機能したぞ?
名前:レランジュマスター《憤怒状態》
年齢:◆
種族:霊実種(モンスター)
職業:『レランジュの園』番人
レベル:◆◆◆
スキル:『◆◆』『◆◆◆◆』『◆◆』『◆◆◆◆』『◆◆◆◆』『◆◆◆』『◆◆◆◆◆◆◆◆◆』『◆◆◆◆』『◆◆』
うわっ!?
レベル三桁かよ!?
それに今回は『狂化』状態じゃなかったけど、何かものすごく怒ってるぞ?
「レランジュマスターって言うのか。何か、やたら怒ってるみたいだけど」
「そうだねー、『憤怒』状態だって。アルル、何やったんだろー?」
「あれっ? ウルルちゃんもステータスが見えるのか?」
「うんー。さっきも言ったでしょ? こういうのは割と得意だよー」
あ、そういえば、さっきも『精査』がどうとか言ってたっけ。
どうやら、ウルルちゃんも『鑑定眼』と同じようなことができるらしいな。
「だったら、スキルが何かわかるか? 俺のレベルだと全部が黒塗りになってて、読み取れないんだよ」
「うん、ちょっと待ってー。えーとね……『浮遊』『体当たり』『回転』『果汁乱舞』『強酸の汁』『水魔法』『ジューシージュース』『樹霊吸収』『栽培』……って感じだねー」
「へえ、すごいわね、ウルル。マスターよりずっと優秀ね」
「えっへんー! これでも感知とか探知は得意だからねー」
誇らしげに笑うウルルちゃん。
いや、確かにすごいな。
全部のスキルが読み取れたんだな?
相手が三桁レベルってことは、ウルルちゃんもかなりレベルが高いのかもな。
それはそれとして。
たぶん、空中に浮かんでるのが『浮遊』のスキルだよな。
そして酸による攻撃もあるのか。
何となく、酸っぱそうなみかんって感じだな。
今の樹を食べているのは『樹霊吸収』の能力だろうしな。
「というか、『ジューシージュース』って何だ?」
それ、スキル名か? という感じのが混ざってるよなあ。
俺の質問に、ウルルちゃんも首を捻って。
「ウルルも初めて見たからわかんないよー。ただ、もしかして、アルルに置いていかれたのって、このモンスターが原因なのかもねー」
何かものすごく怒ってるしー、とウルルちゃん。
うーん。
果物は欲しいけど、何だか状況的にまずそうではあるよな?
逃げるか、戦うか。
どうすべきかで悩む俺たちなのだった。




