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農民さんがVRMMOを楽しむらしいですよ  作者: 笹桔梗
第6章 精霊の森へ、編
212/494

第197話 農民、精霊樹の森の中を進む

《同時刻》

《精霊の森、某所》



「あっれー!?」

「どうかしたの?」

「今度の『侵入者』たちってば、すごいよ。リックベアを数頭、あっさりと仕留めちゃった。一応、これから向かって憑依しに行こうとしてる子たちには、すたこらさーと逃げてもらおっかなあ」


 目を閉じたままで、どこか無邪気な『声』を発しているのは、身体の大半を水のようなものに浸かったままになっている大きな蛙だ。

 その蛙と相対するように、少し離れた場所にたたずんでいるのは、妙齢な感じの『人型』をした女性だ。

 辺りは、かすかな光しかなく、ほぼ真っ暗な状態で。

 だが、そのふたり――――ひとりと一匹は不自由を感じることなく、互いに言葉を紡いでいく。


「ちなみに、今回の『侵入者』はそれぞれ何名?」

「『条件をクリアした』のが五名一班、『侵入になっちゃった』のが四名一班、後は……あれぇっ? ねえねえ、『ナンバース』の誰かが権限譲渡したとかってあった?」


 大型の蛙が少し驚いたような『声』を発した。

 どこかわくわくしているような、その『声』に対し、一方の女性は訝しげな表情を浮かべて蛙を見る。


「え? 知らないわよ? 少なくとも私じゃないわよ?」

「えー? でも、『特殊条件をクリアした』のが四名一班、だって。うん、現在地からしても、それで間違いないみたいよ?」

「ということは、またグリードの気まぐれかしら?」

「あー、そういえば、また幻獣種のとこに遊びに行ったんだっけ? まあ、情報交換の見地から言ったら、ありがたいけどねー。後は考えられるとしたら……」

「したら?」

「最近、王って、ずっと寝てるんだよね?」

「ええ……今のところ、目覚める兆候はないわ……え? まさか?」

「あり得ない話じゃないでしょ? 別の『ナンバース』とはいえ、前例があるわけだし」


 そう言って、くるるるるぅ、っと楽しそうに喉を鳴らす大蛙。

 薄暗い空間の中に不釣り合いな『声』も陽気に響く。

 どうやら、この蛙、現状ここで起こっていることを喜んでいるらしい。

 それに気付いて、一方の女性は嘆息する。

 あなた、一応『監視役』でしょ、と。


 ただ、蛙の言葉自体には疑念があったらしく、すぐに真面目な表情へと戻って。


「……どうかしら? それで権限譲渡なんてできるの?」

「わかんない」

「……ちょっと、あなたね」

「それよりも、そっちも普段の待機場所に戻った方がいい。そろそろ、何かしらの理由で呼ばれると思うよ?」

「……わかったわ……ふぅ、そろそろ、誰か担える子が増えると良いのに。さすがに私も身体がふたつ欲しいと思うもの」

「だったら、そうすればいいじゃない。別に、そのぐらいはできるでしょ?」

「結局、二倍疲れるの。わかったわよ……元のところに戻るわ。あなたは引き続き、観測をよろしく頼むわね」

「了解了解」


 くるるるぅ、と蛙が喉を鳴らして。

 少しの沈黙の後、何かを思い出したかのように『声』を発する。


「ねえねえ――――って、ああ、もう行ったんだ?」

「どうしよっかなあ。ちょっと悪戯してみよっか? さすがに『特殊条件をクリア』なんて胡散臭いもんね」

「ではでは、その実力と人柄、試させてもらおうか」

「うん? あー、ウルルも一緒かあ……うん、そうだなあ。万が一何かあったら、フローラに謝ればいいよね? うんうん」


 くるるるぅ、という鳴き声と共に。

 その後も薄暗い水場には、無邪気な蛙の『声』だけが響き続けるのだった。



《一方その頃》

《『精霊樹の森』にて》



「問題は、どう行ったら『村』までたどり着けるのか、わかっているのがひとりもいないってことだよなあ」


 ウルルちゃんと出会ってから、色々と話ながらも、この『精霊樹の森』の中を歩き続けてはいるんだけどさ。

 当のウルルちゃんも迷子なので、どっちの方角に行ったらいいのかわからないって言っているし、頼りのビーナスレーダーも、『森』の外に残しておいた、自分の苔の方角は何となくわかるみたいだけど、『村』がどっちかって話になるとさっぱりのようだ。


「だってしょうがないじゃない、マスター。わたし、その『村』に行ったことがないんだもの」

「そうだよー。『村』からやってきたウルルでもわかんないんだから、仕方ないよー」

「悪い悪い。別にビーナスを責めてるわけじゃないって」


 あくまでも、現状の把握、ってやつだ。

 ちなみに、ビーナスの感覚でも、近くに『人型』の何かがいるのは他に感じ取れないそうだ。


「何となく、感じようとしていることに幕をされた感じ? 前にカミュからも似たような雰囲気は感じたから、たぶん、何か『隠蔽』みたいなことをされているようね」


 『森』がどうなっているか。

 その外側がどうなっているか。

 どこかもやがかかったような感じになっているのだそうだ。

 てか、よくそれでウルルちゃんの気配に気付けたよな。

 その辺は、泣いていたからとか、ウルルちゃんが『人化』状態だからとか、そっちの要因が絡んでいるらしいけど。

 一応、ウルルちゃんによると、こんな感じで常時、人型を保っている精霊種ってのはあんまり多くはないそうだ。

 負担もそれなりだし、いざとなったら、本体のままの方が、そのまま空間に溶け込んだりもできるから、って。

 そう言いながら、ウルルちゃんが笑う。


 そして、話しながらも、ウルルちゃんの手にはなっちゃんが乗っていて。

 今もなっちゃんの身体を楽しそうに撫でているのだ。

 どうやら彼女、他の生き物をなでるのが好きみたいだな。

 一応、俺の身体も撫でまわそうとしたし。

 結局、ビーナスがストップをかけたことで、それはなかったことになったけどな。


 というか。

 何気に、ウルルちゃんの移動速度が速くて驚くぞ。

 俺たちはカールクン三号に乗せてもらっているから、それなりの速さでも移動できるんだが、その速度に、普通に歩いているような仕草のままで、すいすいとついてくるのだ。

 まるで、周囲の強風に乗っているかのように。

 自然体のままで、ただ歩いているという動作だけのはずなのに、気が付けば、前の方へと行ったり、横を歩いていたかと思うと、反対側に移っているし。

 何というか、一緒に歩いていてせわしないというか。


 ちょっと間延びするようなまったりとした話し方をしているから、てっきりのんびり屋さんなのかと思ったけど、そうでもないそうだ。

 確かに、これは『騒がしく』感じる気もするな。

 見た目は人型なのに、さすがは精霊さんと言うか。


「うんうんー。この辺って、区画と区画の境だから面倒くさいんだよー。ウルルたちもお母さんから、『ひとりで勝手に近づかないように』っていっつも言われてるもの」

「へえ、そうなんだ?」


 ウルルちゃんの話だと、あんまり精霊さんが寄り付かない場所みたいだな。

 うん?

 だとしたら、どうしてウルルちゃんはわざわざやってきたんだ?


「だから、ちょっと素材を採りに来たんだよー。甘くて酸っぱくて、食べると元気が出る実が成る場所が、この辺りにあるんだー」

「えっ!? 素材って、果物なのか!?」

「うんー、そうだよー。一応、『村』の側にも生えてるけど、あっちのは本当に普通に汁を飲む用だからねー。今みたいに、病気を治すとかそっちの効果がある実は『精霊樹の森』でも奥の方にしか生えないのー」


 だから、この辺、道に迷いやすくなってるんだよー、とウルルちゃん。

 何でも、その手の果物は精霊種にとっての主食のようなものらしい。

 別に精霊さんたちの場合、口から食べ物を取らなくても、食事を済ませる方法があるのだけれど、あえて『人化』状態になってでも食べたいのが、それらの果物だそうだ。

 甘くて酸っぱくて美味しい、いわゆる嗜好品のような扱いらしいな。


 特に、この辺りに生えている実は解熱効果などもあるらしい。

 と言っても、精霊種の場合、『人化』していなければ、そもそも熱が出たりとかがほとんどないらしく、ウルルちゃんみたいに自分も病気みたいな症状になったことがあるのは稀なケースらしい。


「でも、それだったら、わざわざ『人化』するメリットがなさそうだけどな?」

「そうだねー。そっちの考えの霊も多いよー? ふふふー、でもウルルたちの場合、妹がいるからねー。『お姉ちゃん』としては当然だよー」


 へえ、『妹』、か。

 うん?

 でも、妹って普通に精霊種なんじゃないのか?

 ウルルちゃんの妹なんだから。


「今、熱を出しているのが、その『妹』だよー。シモーヌって言うんだけど、最近ようやく、ウルルたちとおんなじぐらいまで大きくなって来たからねー」


 今、可愛くってしょうがないんだよー、とウルルちゃんがにへらーと笑う。

 それを見ていると、本当にウルルちゃんがその妹のことを大切に思っていることが伝わって来た。

 と同時に、いくつかの疑問も沸いてきたんだが。


「なのに、ひどいんだよー! アルルってば、先に素材を見つけたからって、『遠話』で伝言だけ残して、ひとりでさっさと帰っちゃうんだものー! ウルルだって、心配してるのにー!」

「うわわっ!?」

「ちょっと、ウルル! また雨! ちょっと落ち着きなさいよ!?」


 質問する前に、ウルルちゃんが思い出し怒りを始めてしまったので、慌てて、俺とビーナスでそれをなだめる羽目になって。

 結局、周囲の雨がやむまで、その愚痴を聞かされることになってしまうのだった。

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