第196話 農民、精霊少女に翻弄される
「ひどい……初対面でこんなことするのって、マスターだけかと思ったのに……」
「おい、人聞きの悪いこと言うなよな」
水色髪の女の子……あの後で名乗ってくれたのだが、ウルルという名前らしい。
その子がビーナスに身体に抱き付いては、全身をくまなく撫でまわしたおかげで、当のビーナスがぐったりとしてしまったのだ。
というか、だ。
俺、別にビーナスと初めて会った時、撫でまわしたりとかしてないからな?
モミジちゃんは、一応、迷い人の一種らしいから、こっちの世界の純粋な精霊さんとは初めての遭遇かもしれないってのに、もの凄く人聞きが悪いっての。
これで警戒されたらどうするんだよ。
ただ、当のウルルちゃんはと言えば、にへらーと笑って。
「お母さんも木属性は得意だけど、植物の人と会う機会ってほとんどないからねー。思わず抱き付いちゃったよー」
「今度からそういうことはやめて! 何か触り方もいやらしかったわよ?」
「うんー。まあ、『精査』も兼ねてるからねー。これもお仕事のひとつだよー」
「へえ、そうなのか?」
何でも、ウルルちゃんによると、ここ『精霊の森』の精霊さんたちって、『外』から初めてやってきた相手に対して、一応、身体検査みたいなこともしているらしいのだ。
ウルルちゃんもそっちの能力が得意なので、担当のひとりなのだとか。
「だったら、マスターたちにも抱き付きなさいよ!」
「いいのー? お母さんから、相手を選ぶように注意されてたんだけどー? さいしある男の人にこういうことしたらまずいんじゃないの?」
「いや、妻子って……」
一応、その辺には気を遣っていたんだよー、とウルルちゃんが小首を傾げた。
どうやら、俺とビーナスがそういう関係だと思ったらしいな。
さすがにそれは違うと、俺が突っ込もうとすると。
「ち、違うわよ!? マスターとはマスターの関係は結んでるけど! べ、別にそういう関係じゃ――――!?」
「おい、ビーナス。少し落ち着けよ」
普段は割と斜に構えていることが多いビーナスが、予想以上に取り乱しているよな。
というか、結婚がどうこうってさ。
植物系のモンスターでも、その手のことって意識するのか?
思っている以上に、そういうところは人間臭い気がするぞ。
まあ、ばっさり切り捨てられない辺り、最初の頃に比べると、俺の評価も少しはマシになってるのかね?
『マスターが? わたしに相応しい相手になるには百年は早いわよ!』
てっきり、そのぐらいは言われると思ったんだが。
つるの鞭を振り回して、ウルルちゃんに抗議するビーナスを見ながら、何ともなしにそんなことを考える。
「――――って!? 何、マスターも他人事みたいな顔してるのよ!?」
いきなり、ビーナスに怒られた。
その後に延々とお説教される羽目になった。
でもさ。
下手に否定したらしたで、それはそれで怒りそうだったんだもの、ビーナスってば。
こういう場合、どういう反応をするのが正しいんだろうな?
対人系か、恋愛系のスキルが欲しいです。
いや、そんなものあったらあったで、色々と問題ありそうだけどな。
ゲームの場合、あったとしても、洗脳に近い気がするし。
というか、話が大分逸れちゃったな。
それはそれとして。
真面目な話をすると、ウルルちゃんが今ビーナスにやったような感じで、相手の情報を収集するのが精霊さんのやり方らしい。
「それって、俺たちに教えてもいいのか?」
「うんー。だって、この区画に入って来れたってことは、お母さんが許可したってことでしょ? だったら、別にわたしが精霊種だって隠す必要もないもんねー」
今は『人化』してるけど、水属性特化のウンディーネだよー、とウルルちゃんが微笑む。
おっ!
ウンディーネが水の精霊で間違いないってことか。
となると、やっぱり、ノームは土の精霊だろうな。
その辺は、四大元素の属性ではお約束みたいなもんだしなあ。
「ふーん、ってことは、さっきまでの霧もウルルがやってたのね?」
「あ、そういえば、大分霧が晴れてきたな」
ビーナスの言葉で、周囲を見渡すと、さっきまで俺たちを包み込んでいた、対流する白い霧が大分薄まっているのに気付いた。
風が強いのは相変わらずだけど、かなり視界が開けてはきたな。
「あー、そうかも。ウルルも意識したわけじゃなかったけどー。たぶん、さっきまでの感情が伝播しちゃったんだねー」
さっきまでのしくしくと泣いていた時は霧が大量に発生して、今はにこにこと笑っているので、それで周辺の霧が穏やかになった、と。
そういうことらしい。
あー、なるほどな。
これが、カミュが前に言っていた精霊種特有の現象か。
目の前のウルルちゃんは、別に『騒がしい』って感じでもないけど、悲しみに暮れて泣いているだけで、あれだけの霧が生まれてしまうってことは、それなりに厄介な性質ではあるようだ。
精霊さんたちの喜怒哀楽にはそれなりに気を遣わないといけないようだ。
「でも、何でさっきは泣いていたんだ?」
「ああーっ!? 思い出したー!? うーうー! ひどいんだよー!?」
「わー、泣くな泣くな。落ち着けってば」
また、ウルルちゃんの周囲に霧が発生しそうになったので、慌てて落ち着かせる。
というか、悲しい出来事なら別に無理に言わなくてもいいぞ?
その度に、感情失禁みたいな感じになっても困るし。
まあ、そんなこんなで時折励ましたりなだめたりして、ウルルちゃんから聞き出した話によると、だ。
「要するに、一緒に来てた精霊さんに置いて行かれたってことか」
「うんー! ひどいんだよー! 一緒に素材を探しに来たってのに、見つけたらひとりで急いで帰っちゃうんだものー! そりゃあ、少しケンカもしてたけど、ウルルが方向音痴だって知ってて、置いていくんだものー。ひどいよー!」
今度は泣かずに、逆にぷんぷんと怒るウルルちゃん。
いや、ちょっと待て!?
今度は霧じゃなくて、雨が降って来たんだが。
これも偶然じゃなくて、ウルルちゃんの性質が原因ってことだよな?
……思った以上に厄介だぞ、これ。
ただ、細かい状況についても把握することができた。
ウルルちゃんと一緒に暮らしている子が、熱を出して倒れてしまったのだそうだ。
その子を治すための素材を探しに、ここまでウルルちゃんともうひとりの精霊さんがやってきたらしいのだけど、途中で道に迷って、そこでケンカになって、その後も色々あった結果、はぐれてしまった、と。
で、心細くなって泣いていたところに俺たちが現れて、とりあえずはめでたしめでたし、とそういう感じらしい。
って、最後の感想はウルルちゃんの言葉な。
別にめでたくないし。
俺たちも立派に迷子だしなあ。
まあ、こっちはこっちで、精霊種がいる集落のことを知っている子と出会えたのは幸いだったから、好都合ではあるんだけどな。
「ウルルちゃんは、『村』に住んでるのか?」
「うんー。お母さんがちょっと配置換えで、そこの担当になったから、一緒に移り住んだんだよー」
「うん? 『配置換え』って何だ?」
「うーんとねー、詳しくは言えないけど、ウルルたちが住んでいるここって、いくつかの区画に分かれてるのねー。元々、お母さんもウルルたちも『四区』って場所に住んでたんだけど、色々あって、今は『村』のある『一区』に住んでるのー」
ふうん?
詳しい地理関係とかは不明だが、『精霊の森』って番号で区分けされているのか?
『一区』とか『四区』とか。
とりあえず、例の『村』があるのは『一区』という場所らしい。
あー、やっぱりか。
目指して進んでもまったく見えなかったから、嫌な予感がしていたんだが、やっぱり、『村』は『精霊の森』の結界の内側にあったらしい。
あれ?
ということは、やっぱり、ここも『精霊の森』の内側で間違いないのか?
「うんー。ここは『一区』と『二区』の間に跨ってる『精霊樹の森』だよー。本当はねー、区画を移動する時はもっと簡単な方法があるから、素材探しとかそういう理由でもないと、ウルルたちもめったにやってこないところなんだー」
だから、迷っちゃったんだけどー、とウルルちゃんが苦笑する。
なるほど。
というか、『精霊樹の森』か。
この辺りに生えている樹も普通の樹じゃないのはそういうところだから、ってことみたいだな。
「ねえ、ウルル。この辺の樹は普通の植物じゃないの?」
「完全に『樹化』した精霊種か、普通に生えてきた植物に小精霊が集まって憑依してるのが多いかなー。だからどの子も本体よりかなり大きめになってるのー」
あ、そうか。
本体の樹はもっと小さいのか?
ウルルちゃんの話だと、『外』に生えている草のようなものでも、小精霊が大量に宿ると大木のようになるのだそうだ。
でも、見た目は大木でも性質は草なので、風に揺られてゆらゆらしたりもするらしい。
……ということは、ここに生えている大木の多くは、ただの草ってことか!?
さっき、ビーナスの攻撃で穴が開いたように見えたのは、草に憑依していた小精霊の集合体だった、ってことのようだ。
いや、すごいな。
これが『精霊の森』か。
辺りをもう一度見渡して、改めて感心する俺たちなのだった。




