第194話 精霊憑きご一行、『村』にたどりつく
《一方その頃》
《同時刻、ルーガたちから少し離れた場所》
「よぅ、あんたたち、『外』からやってきたのか? めずらしいな?」
「訳あり、かしら? いえ、事情は聞きませんが」
「わけあり? わけあり?」
「くすくす――――♪」
「ええと……あの……?」
カミュとルーガ、そして、セージュたちが目の前から消えた直後、そのことに戸惑っていたアスカたちの前の視界が突然開けて。
気が付けば、そこは『村』の前になっていた。
もちろん、『村』と言っても、オレストの町と比較しても数段規模の小さいところで、家らしい家もほとんど立っていないようだし、村人らしき気配というのもほとんど感じられなかった。
だが、それでも、誰もいないというわけではなく。
いきなり現れた『村』に驚く、アスカ、クレハ、ツクヨミ、そしてクレハに憑いているモミジの四名の前に数名の村人らしき人が近づいて来たのだ。
ひとりは、若くてがっしりとした体格の男だ。
ただ、それなりには鍛えていそうではあるが、表情などからはどこか朴訥そうな人柄を感じさせるような、そんな男であった。
そして、その男と一緒に笑顔で四人を出迎えてくれたのが、少し小柄な女性だ。
こちらも男同様に若い風貌で、特徴的なのは頭の上についた動物の耳だ。
おそらく、獣人の一種であろうその耳を見て、クレハなどは驚きつつも頷いている。
『精霊の森』の側の町と言っても、精霊だけが住んでいるわけではないのか、と。
いや。
当然のことながら、精霊もいた。
そのふたりの男女の周りに存在するのは、緑色の光の繭で構成されたような存在と、ゆらゆらと揺れる鬼火のような存在だった。
どちらも宙に浮いており、そのふたりの周りをくるくるとせわしなく飛び回っているのだ。
緑色の方は、向こう側が微かに透けていて、まるで風を球状にして具現化したような姿見をしている。
そして、言葉のようなものも話すことができるようで、獣人の女性の言った『わけあり』という言葉を楽しそうに繰り返している。
一方の鬼火の方は、笑い声とも取れなくもない不思議な声を発し続けている。
突然の状況の変化に、アスカが目を白黒とさせていると、それよりも先に冷静さを取り戻したクレハが代わりに男たちに対して言葉を返した。
「ええ、そうですわ。ちょっと訳ありですのよ。こちらは『精霊の森』の側にある村、でよろしいのかしら?」
「いや、ちょっと違うぜ」
「あら? そうなんですの?」
「ああ。ここは一番外側ではあるが、すでに『森』の中に入っているんだよ。俺たちみたいな『世捨て人』や、すねに傷を持つような、ちょっと訳ありの者しか入れないようにはなっているがな」
男がそう言って、ニヤリと笑う。
あんたらもこの『村』に来れたということは、『世捨て人』ってことだろ? と。
「え……世捨て人しか入れないんですか?」
ようやく立ち直ったアスカが驚きつつも尋ねると、男が不思議そうな顔をして。
「そうらしいぜ? 俺はフローラさんから聞いただけだから、それ以上は知らないが。興味本位で近づくだけの者は、結界に弾かれて入れないはずだ。その『資格』を持っていなければな……うん? あんたらは違うのか?」
「こちらのアスカさんはさておき、わたくしはそうですわよ? ということは、他のふたりはわたくしに巻き込まれただけかもしれませんわね」
「精霊? 精霊?」
「くすくす――――♪」
「あ、なんだ。あんたら、精霊を連れてるのか。だったら、十分に『資格』持ちだな。そっちの赤髪のお嬢さん、あんたに精霊が憑いているんだな?」
「あら、よくわかりましたわね」
「はは、そりゃあな。フェイフェイとテトトが、あんたの髪の毛にそれだけ関心を持てばなあ。精霊ってのは、同種の気配には敏感らしいぞ?」
そう言って、男が楽しそうに笑う。
その言葉にクレハも頷いて、異変の直後から切り替えていたモミジとの憑依状態を解く。
その途端に、クレハは黒髪へと戻って、彼女の横に炎の鹿が姿を現す。
「――――――――!」
「モミジ? モミジ?」
「くすくす――――♪」
と、くるくると飛びながら、モミジの炎に触れようとする、ふたりの精霊。
そうされることはモミジもそれほど嫌ではなさそうで、精霊たちが近づいたり遠ざかったりするのを、そのまま受け入れている。
その様子に和んだのか、そこで男が自分たちの素性について説明して来た。
「俺はエドガーだ。一応、職人みたいなことをやってる。ま、まだ見習いだがな。で、こっちがレイオノーラだ。そして、そっちに飛んでる風の子がフェイフェイで、火の子がテトトだな」
「レイオノーラです。呼ぶ時はレイでいいですよ? むしろ、それでお願いします」
こう名乗るのは最初の時だけです、とレイオノーラが苦笑する。
どうやら、あまり、正式な名前は好きではないらしい。
そして、精霊たちは自己紹介とかはあんまり興味がないらしく、その間もずっとモミジにちょっかいを出しながら、楽しいそうに騒いでいる。
なので、クレハたちも定型通りの自己紹介を済ませて、ようやく、この『村』などについての話へと移った。
「エドガーさんは人間ですの?」
「あ、悪いな、クレハ。ここでは、個人の種族とか、過去について尋ねるのは禁止だ。さっきも言ったが、自分のことを詳しく説明したくないやつも多いんだよ。思い出したくもない過去を持っていたりとか、な」
「そうですね。精霊さんたちは別でしょうけどね。私たちの他には、『外』からやってきた人はそれほど多くは住んでいないけど、不快に思う人もいるんです」
「あら、それは失礼しましたわ。軽率な質問でごめんなさいね」
「はは、俺はそこまでではないんだが。悪いな、そういう決まりだから、ここで暮らすのなら、そういうのには慣れてくれ。あんたらもそのつもりで来たんだろ?」
「ええと……」
「わたくしとツクヨミはそうですわ。こちらのアスカさんはまた外に帰られますわよ?」
「そうなのか? そういうのはめずらしいな……フローラさんとかは知ってるのか?」
普通は、命を失うことを覚悟で『精霊の森』を目指してくるはずなんだが、とエドガーが首を傾げる。
「おそらく、覚悟を持って行動していたのはわたくしだけですわね。他の方はアスカさん同様に、できれば『精霊の森』に入りたいと思っていただけでしょうし」
「ちょっと待て、クレハ。ということはあんたらの他に『森』に入ろうとした者がいたってことか?」
「ええ。それもお伺いしたかったんですの。先程までご一緒だった方々とはぐれてしまったのですが、その方々がどうなったのかご存じありませんか?」
「――――!? ということは、『資格』なしの『侵入者』も一緒か?」
「……エドガーさん、どうします?」
クレハの言葉に表情を一変させるエドガーとレイオノーラ。
先程までの人懐っこい表情ではなく、どこか警戒心を表に出すようにして。
「……あの?」
「……悪いが、俺たちのような居候では判断に困る事態のようだな。こういうことはあまりやりたくないんだが、あんたらの安全性が証明されるまで、こちらに従ってもらう必要があるな」
「えっ? ――――っ!?」
「これはこれは……随分なご歓迎でございますね?」
「いつの間に? こんなにたくさんの精霊さんが?」
エドガーが言葉を発するのとほぼ同時に、クレハたちは周囲を無数の精霊たちに取り囲まれていたことに気付いた。
数十、いや、数百、数千ともあろう数の精霊が突然、その姿を現したのだ。
まるで、最初からその場にいたかのように。
動揺するクレハたちに、エドガーが苦笑を浮かべて。
「少なくともあんたたちは『資格』持ちだからな。悪いようにはしないから、抵抗はしないでくれよな? あくまでも、あんたらの安全性が確認されるまでの話だ。ま、もう日が暮れる時間だしな。飯でも食いながら、大人しくしてくれるとありがたい」
危害を加えるつもりはないが念のための措置だ、とエドガー。
その言葉に、クレハも頷いて。
「構いませんわ。ですが、ここに来たのはわたくしのわがままですから、こちらのアスカさんだけは助けてあげてくださいませ」
「いや、そこまで手荒なことはしないぞ? ただ、俺はさておき、ここの精霊たちは『外』への警戒心が強いから、それなりの対応が必要ってだけさ」
さっきも言ったが、あんたらには悪いようにはしない、とエドガーが言葉を重ねる。
それにクレハも、アスカとツクヨミも頷いて。
そのまま、四人はエドガーたちに『村』の中へと連れられていくのだった。




