第192話 農民、『森』の樹を調べる
「ふうん? どうやら、なっちゃんって、共通言語も何となくわかるようになってきたのかしらね」
「みたいだな。まだ言葉としてはしゃべれないけど、俺が言ってることは大体理解している節があるしなあ」
「きゅい――――♪」
俺とビーナスの言葉に嬉しそうに頷くなっちゃん。
一応、なっちゃんのクエストにも言葉に関するものがあるから、虫モンとはいえ、そういうことが可能になる種族で間違いないだろうしな。
案外、きゅいきゅい言ってるのも、発声器官の問題で、言葉の認識としては、もうすでに通じるところまで来てるのかもしれない。
もっとも、ビーナスが『モンスター言語』のスキルを持ってるのに、なっちゃんの言葉が通じてないってことは、まだそっちの使い方にはなってないみたいだけどな。
鳥言語と虫言語って、系統が近いのかね?
というか、『自動翻訳』が機能しない言語が多いなあ。
ジェイドさんたちの『ゴーレム語』も通じなかったし、ビーナスの持ってる『モンスター言語』もそうだろ?
鳥モンさんたちの『鳥言語』に、なっちゃんの『虫言語』か?
いや、なっちゃんのはステータスのスキル項目に載ってないし、カールクン三号のスキルも黒塗りで読めなかったから、そもそも、『鳥言語』や『虫言語』が存在するのかどうかもわからないけどさ。
一応、ベニマルくんの話だと、『鳥言語』で良いとは思うけど。
うん。
やっぱり、種族間での意思疎通って難しいよな。
「そんなことより、マスター。今の樹をよく見てた?」
「ああ。今、三号さんが攻撃した樹だろ?」
「クエッ?」
「ええ、この辺に生えてる樹って、やっぱり、普通の樹じゃないわね」
そう言って、ビーナスが近くにあった別の巨木の幹に向けて、『音魔法』を発動させた。
『貫け――――!』
前に俺も食らったことがある、直進する形での音波攻撃だな。
というか、前は『KYA――――!』とかいう風に聞こえたんだけど、今みたいな普通の言葉でも発動するんだな?
『音魔法』って。
案外、前の時も、ビーナスなりに、呪文みたいな感じで叫んでいたのかも知れないな。
いや、そんなことはどうでもいいか。
今、大事なのは、その『音魔法』によって、攻撃を受けた樹の反応だ。
ビーナスの俺に対する問い。
それは、さっきの樹がカールクン三号の『嘴術』を受けた後どうなったか、ちゃんと最後まで見ていたかの確認だな。
さすがにこれについては、俺もしっかりと目で捉えていた。
くちばしによる連続打撃によって、樹の幹が破片となって飛び散って、その直後には、その飛び散ったはずの木っ端が色とりどりの光の粒となって、周囲へと消えてしまったのだ。
後に残ったのは、大きく幹の部分がくぼんでしまった巨木だけだった。
そして。
今のビーナスの攻撃でも同様の現象が起こった。
『音魔法』を受けた箇所が円状となって、穴が開いてしまったのだ。
穴のところにあったはずの樹は淡い赤や青や黄色の光となって、小さなシャボン玉のように少し上の方へと散った後で、すぐに消えてしまった。
「えっ!? 何で!? この程度で穴が開くの!?」
というか、『音魔法』を使ったビーナスの方がびっくりしてるぞ?
どうやら、あくまでも樹の表面ぐらいは振動で崩せるぐらいに考えていたらしいのだが、想像以上に攻撃が浸透して、むしろ予想外の結果になってしまったらしい。
「普通は穴が開かないのか?」
「そうね。マスターも身をもって知ってると思うけど、これって、貫くことで内部破壊を起こす技なのよね。だから、直接的に穴が開く感じじゃないんだけど」
一応、ビーナスによると、それこそ、脆い材質でできているものなら、こういうことも起きるらしいけど、そもそも、その場合、全ての部分が粉々になるのが普通であって、今みたいに、きれいに穴が開くはずがないそうだ。
まあ、音の振動による攻撃だから、触れている場所には伝わっていくだろうしな。
加えて、さっき、俺も触ってみたけど、この巨木って、それなりに表面が硬いのだ。
内側が脆かった可能性もあるけど、さすがに表面には穴が開く感じじゃなかったよな?
けっこう、謎だ。
「まあ、普通の樹じゃないのは見ればわかるけどな。こんなゆらゆら揺れてる樹なんて、今までも見たことがないし」
「魔樹で、身体を柔らかくする能力を持ってれば、可能かしら? でも、だったら、そのしなやかさで『音魔法』の威力も流せそうなものよね」
「確かにな」
まあ、変なところをあげていったらキリがないか。
そもそも、この辺りの木々って、これだけの巨木にしては、生えている間隔が少し密集し過ぎているのだ。
これじゃ、栄養分もそうだが、光を浴びたりもできないだろうに。
植物のカテゴリーとしては、大分変な感じがするぞ?
それとも、そういう環境の方が育つタイプの、不思議な樹とかか?
「というか、ここって、どの辺なんだろうな。『精霊の森』……ってわけじゃないんだろ?」
結界の『転移罠』に引っかかったってことは、どこか外側の別の場所に飛ばされる仕掛けだろうしな。
まさか、トラップで『森』の中に入った、ってわけじゃないんだろ?
「さっきも言ったけど、飛ばされる前の場所からはそんなに離れてないわよ、マスター」
「よくわかるな、ビーナス」
「ふふ、すごいでしょ? 朝、ラルさまの家を出てから、ずっと一定間隔で苔を置いて来たの。もし、他のモンスターに食べられたりしても、土の方にも残り香があるから、わたしの感覚が届く範囲にあれば、何となく感知ができるのよ」
「えっ!? そんなこともやってたのか!?」
何、この頼りになる子。
いざという時に備えて、持っていたパンくずをばらまく感じで、自分の『苔』をこっそり生やしておいたのだそうだ。
つまり、オレストの町から『精霊の森』も前までの場所には、一定間隔で『苔』の目印があるってわけか。
「すごいな、ビーナス」
「きゅい――――♪」
「ふふん、もっと褒めなさい、マスター。今だったら、頭なでてもいいわよ?」
大分慣れてきたから、とビーナス。
まあ、そういうことなら、とビーナスの頭をなでる俺。
「ふふっ♪」
「気持ち悪くなったりとかはないか?」
「ええ、少しずつだけど、感覚がわかってきたから」
というか、ビーナスが随分とご機嫌だな。
やっぱり、この『緑の手』って、植物系統の種族にはプラス要素が強いのかもな。
そんなこんなで、しばらくなでた後。
「『苔』の生えている方角はわかるんだな?」
「ええ、それは大丈夫よ。ただ、そっちは少し方向が逸れるけど、誰か、人みたいな感じがするところもあるのよね」
「そうなのか?」
すごいな、ビーナス。
何となく、生体レーダーみたいな能力だよな。
どうやら、例の地下通路でも、それを使って、ルーガのいるところまで近づいたみたいだし。
近距離だったら、他の生き物の存在とかもつかめるのか?
「もちろん、絶対じゃないけどね。『苔』はわたしにとってたどりやすいから、間違いないけど、他のモンスターとかをたどるのは失敗することもあるわよ?」
「だったら、まず、その人の方に向かってみよう。もしかすると、はぐれた他の人かも知れないし」
『苔』が確実だったら、そっちは後でもいいだろう。
今は他のみんなと合流するのが先だ。
「わかったわ。まずはそっちに向かいましょう」
「三号さん、ビーナスの示した方向へゆっくり進んでもらってもいい?」
「きゅいきゅいきゅいきゅい!」
「クエッ――――!」
そんなこんなで、森の奥の怪しい人影がいるところを目指す俺たちなのだった。




