第190話 農民、『村』を目指して歩く
「それにしても、巡礼路を離れた後は本当に道なき道を行くって感じだったよな」
「そりゃそうだ。最近じゃあ、『精霊の森』ってのは面白半分でちょっかい出したら、生きて帰って来れないっての常識になってるからな」
「うえっ!? そこまで危険なのか!?」
カミュの言葉に思わず、すっとんきょうな声が出てしまったぞ?
誰も行こうとしないから、道はなく、本当に天然の要害に囲まれた地形の内側って感じらしいのだ。
確かに、オレストの町の人の多くも、近づくべからず、とは言ってたけど、それでも響きが『精霊の森』だからなあ。
やっぱり、精霊さんのイメージって、物静かで穏やかな感じがあるんだが。
俺がそう言うと。
「ははっ、それは明らかな誤解だな。そもそも、精霊ってのは『騒がしきもの』って別名があるぐらいでな、よく言えば、天真爛漫。悪く言えば、タチの悪い無邪気。そっちのイメージのが定着してるぞ? もっとも、年嵩の精霊だったらそれなりに落ち着いているのも多いんだが、ふらふらっと迷い出てくるようなやつだったら、ほぼ間違いなく若い精霊だから、何というか……まあ、騒々しいぞ?」
「そうなの?」
「ああ。おまけに、自分の周囲の環境とも連動しやすいんだ。特に、得意な属性についてはな」
へえ、そうなのか?
それを聞いてアスカさんも少し驚いているけど。
カミュによると、精霊が喜ぶといきなりつむじ風が生まれたり、悲しんで涙を流すと突然のスコールになったりとかもするらしい。
雷の属性持ちだったら、怒るのに反応して、雷が落ちたりとか。
要は、気象というか、自然現象に近しい種族である、と。
問題は、若い精霊の場合、感情抑制があんまり得意じゃないらしくて、そういう精霊がいっぱいいる場所だと、その手の変化に巻き込まれてロクなことにならないらしい。
カミュも前に酷い目に会った、って言ってるし。
「あれ? カミュって、まだ『精霊の森』に入ったことがなかったんじゃないのか?」
「うん? 別に、精霊がここにしかいないってわけじゃないぞ? 一応、教会本部にもいるにはいるからな」
「えっ!? そうだったのか!?」
「まあ、いるにはいるが、それなりに偉いぞ? そもそも、今回のセージュの目的には適さないしな。てか、教会本部って、ここからもまだまだ離れてるんだぞ? 遠いだろ? 往復するのにも、あたしとかでもなければ、相応の時間がかかるしな」
大体、セージュが『精霊の森』に行きたいって自分で言ったんじゃないか、とカミュ。
いや、まあ、それはそうかも知れないけど。
ただ、話を聞いた感じだと、その精霊さんの場合、オレストの町まで同行してくれるなんてことはあり得ないみたいだけどな。
まあなあ。
『家』を建てるの手伝ってください、って実はかなり無茶なお願いだものな。
というか、今更ながら、『精霊の森』でノームさんに会えたとしても、すんなり同行してもらえないような気がしてきたぞ?
まずは、精霊さんに会ってみたい、って想いが先に立ってたけど、これ、それなりのメリットを提示できないと厳しいよなあ。
「いや、元々、ダメ元だったんだろ? ここまで来て今更、弱気になるなよ。ま、なるようにしかならないんだから、ダメだったらすんなり諦めるのも大事だと思うがな」
「大丈夫よ、マスター。いざとなったら、わたしの『苔』をあげるわよ」
「あ、そっか。ビーナスは精霊との接触経験があるんだもんな」
「そうよ。だからたぶん何とかなるわよ」
おー、ビーナスがすごく頼りになるぞ。
いや、いつも頼りになるけど、このマンドラゴラさんは。
戦闘でも指揮官をこなせるし、畑を作ることもできるし、『苔』とか『実』みたいな眷属を自分で生み出すこともできる。
よくよく考えたら、移動が苦手ってところをのぞけば、実は何でも来いな感じだよな、ビーナスって。
ちなみに、カールクンに騎乗した際は、俺が『手』で触れるとまずいから、ビーナスが後ろからつるなども使って、俺にしがみついてたんだよな。
その間もずっと横座りだったけど。
足のところが二股に分かれてないから、それが一番無難な乗り方だったのだ。
でも、ここまでの道の悪さを考えると、ビーナスがつるを使いこなせてなかったら、そんな姿勢だと、あっさり落っこちてただろう。
そんな風に胸を張るビーナスを見て、感心したようなカミュが笑う。
「へえ、ビーナスは精霊と取引をしたことがあるのか?」
「ええ。『山』にいたころにちょっとね。だから、何となく、そういう気配とかはわかるわよ」
今も、ちょっと離れたところにいくつか気配があるもの、とビーナス。
えっ!?
やっぱり、近くに精霊がいるってことか?
「ふうん? 結界を挟んでも感覚がわかるのか? それはすごいな。ちなみに、今向かっている方角にはそれらしい気配はあるか?」
そう言って、地図の中では『村』があるとされている方角を指差すカミュ。
湖を避ける感じで、湖畔に沿って、北西に向かって歩いているのが今の俺たちだ。
まあ、歩いているって言っても、モンスターに騎乗したままだけどな。
ただ、今のところ、村らしきものはまったく見える様子がないのだ。
一応、さっきいた場所よりは木々が生い茂っては来たけど、まだまだ見通しが良い場所なので、本当に村があれば、そろそろ見えて来ても良さそうなんだけどなあ。
さっき、カミュが言っていた通り、この周辺の景色ってのはでたらめなのかもしれないけどさ。
でも、俺たちに見えているものと実際の風景が異なるってのはすごい現象だよな。
カミュは『幻視』って言ってたっけか?
だとすれば、もう認識が騙されているわけで、それをどうやって行なっているのか、本当に謎だ。
いや、冷静に考えれば、このゲーム自体、『仮想現実』として五感が生み出されているものだから、同じようなことをやっているだけなのかも知れないけどさ。
ちょっと前に聞いた話で、この『PUO』が本当に単なるゲームなのか? って疑惑も生まれてはきたので、その辺りも多少は気になるのだ。
前に、ログアウトした状態のファン君とヨシノさんの姿は確かに目にしたので、実際の俺の身体がゲームの中に移されているってのは、違うとは思うけど。
ゲームだと思ったら実は転移装置でした、ってのは他の漫画とかでもネタになったことがあるし、でも、まあ、今の技術でそこまで可能か、って言われるとさすがにそこまでは無理じゃね? とは思うが。
もしかして、超能力とかの研究で瞬間移動の技術とかも発見されている可能性がないとまでは言えないけどさ。
少なくとも、このゲームでそのシステムが使われている可能性はログアウトの状態からも否定できるよな。
さておき。
カミュの問いにビーナスが頷いて。
「もうちょっと先に複数の気配があるわね。距離的には、今ここからも見えているけど見えない場所ね」
「おっ、てことは、この地図、それなり当てになりそうだな。サティ婆さんの情報が正しければ、あとちょっとでその『村』に着くぞ」
「へえ。ということはもう見えてもおかしくないってことか?」
どうやら、普通だったら、『村』が見えてもおかしくない場所まで近づいているらしいな。
それで見えないのは『幻視』のせいだろうけど。
……って、あれ?
その『幻視』って、結界の内側を見えなくするってものじゃないのか?
そう俺がカミュに尋ねようとした、その時だった。
「いやあ、あたしも半信半疑だったんだが、ビーナスがいてくれて良かったぜ。正直、この『精霊の森』の結界って、あたしも見破るのがたいへ――――」
「――――へっ!?」
「っ!? セージュ君!? カミュさんとルーガちゃんの姿が!?」
――――油断した。
カミュがいるから大丈夫。
そう、心のどこかで考えていたのだろう。
気付いた時には、俺の少し前を歩いていたカミュとその左横を並走していたルーガとカールクン四号の姿が突然消え失せてしまっていた。
しまった――――!?
これが『精霊の森』の結界か!?
そう、俺が慌てて、後ろのアスカさんやクレハさんたちを振り返ると。
「――――えっ!?」
「マスター! わたしたちも飛ばされたみたいよ!?」
何が起こったのか、まったく気づかなかった。
だが、次の瞬間には、俺とビーナス、そして俺たちを乗せてくれているカールクン三号以外は誰もいなくなってしまっていた。
同時に周囲の風景も変化した。
さっきまでは、開けている草原のような場所だったんだが、今、俺たちがいる場所は木々が生い茂る深い森の中のようなところになっていた。
「――――っ!? 風が強い!?」
「……どうやら、はぐれたみたいね」
木々が生い茂っているにも関わらず、なぜか強風が吹き荒れる場所。
そこで、俺とビーナスは思わず立ち尽くしてしまうのだった。




