第189話 農民、精霊の森の側までたどり着く
「よし、あたしの記憶が確かなら、そろそろだぞ」
そう言いながら、先頭を猛スピードで走っていたカミュがゆっくりとスピードを落とした。
いや、走っているのはカミュ本人じゃなくて、カミュが乗っている白虎さんだけどさ。
例によって、ついて行くのが必死の俺たちにとっては、周りの景色がぱーっと流れて行くのに対応するのが精いっぱいだったんだけどな。
午前中の休憩の際に話していた、意味深な内容などどこへやら、だ。
さっきの休憩ポイントから移動してから、また更に山をひとつ越えて、その後でカミュが『ここから北な』と言って、ある程度、舗装というか、道らしい道になっていた巡礼路から外れてしまったのだ。
そこからは、道なき道を行くという感じになってしまった。
もちろん、そこまで木々が茂っている深い林の中とかを突っ切るって程でもなく、草原を駆け抜けたり、勾配の激しい石だらけのところを登って行ったりとか、数メートルの谷を飛び越えたりとか、そういう感じではあったけど。
いや、サラッと振り返ってるけど、これ、乗っているのが能力の高いモンスターたちじゃなかったら、走破できないルートだったぞ?
白虎さんたちが背中に人を乗せたまま、軽々と谷を飛び越えたかと思うと、カールクンの三号さんと四号さんも、あっさりとそれに倣ってるし、モミジちゃんはモミジちゃんで、見た目は炎の鹿なのに、ちょっと飛んだ際に空中を滑空みたいなこともしてるし。
そういえば、ペルーラさんの工房から逃げる時もそんな感じだったか?
とにかく、みんな凄かったのだ。
凄くないのは乗っている俺たちの方で、ただただ、カミュの無茶振りというか、そういう感じの状態に翻弄されていたというか。
うん。
振り返っても、しんどかった。
何気に、疲れないように長距離をモンスターに騎乗するのって難しいんだな。
普通に、鳥モンと連戦した時よりも消耗している気もするし。
俺だけじゃなくて、ルーガやビーナスたちも少しへばってるし。
ただ、なっちゃんだけは、俺の胸元で楽しそうにしてたけど。
意外と怖いもの知らずだよな、なっちゃんって。
さておき。
今、俺たちがいる場所は今まで『PUO』で目にしたことがないような場所だった。
「カミュ……この辺りが『精霊の森』……なのか?」
「まあな。そろそろ、どころか、下手をすれば、結界に踏み込みかねない場所まで近づいているな。油断するなよ? 『精霊の森』の結界って、常に形状が変化しているから、次の瞬間には転移罠が発動してる可能性もあるからな」
「えっ!? ここもか!?」
カミュの言葉に驚く。
いや、だって、俺たちが今立っている場所って、どこからどう見ても、森という感じじゃなくて、一瞬、海と見まごうばかりの湖の湖畔だったのだから。
少なくとも、さっき谷を越えた感覚から言っても、今の高度――――標高はそれなりに高くはなっている気がするのだが、台地状に広がっている周囲には、それほど高い木などもなく、大地の真ん中に向こう岸が見えない湖がぽっかりと存在しているというか。
そもそも、カミュが湖だと教えてくれなかったら、それすらもわからなかっただろう。
「どこに、『森』があるの……?」
「ですよね、アスカさん。どう見ても、湖が広がっているようにしか見えませんよね? あ、そうだ。クレハさんたちは一度近づいていたんですよね? この辺りなんですか?」
「いえ……この前とは道のりが違いますわ。このような光景は初めて見ました」
わたくしたちだけで訪れた時はもっと『森』らしい場所でした、とクレハさんたちも突然現れた湖に驚き戸惑っているようだ。
えーと?
それってどういう意味だ?
「そもそも、ここまで遠くには感じませんでしたわよ? その時は今日ほど、早くは移動できませんでしたし」
「あー、やっぱりか、クレハ。あんたら、オレストの町から真っ直ぐ、『精霊の森』を目指したんだな?」
「ええ、その通りですわ。それだとまずかったのでしょうか?」
「結界を抜けられるならまずくはないが、『精霊の森』の場合、北西の辺りにちょっと危険な地帯があってな。そっち側に関しては、結界をかなり広めに強めていたはずだ。ほら、さっき休憩場所から、ちょっと走った後で、あたしが『ここ、もうちょっと北に行くと厄介な洞窟ダンジョンがある』って言った場所な」
「あ、そういえば、そんなことも言ってたな」
その時は道が悪かったせいで、それどころじゃなくて、右から左だったよ。
どうやら、カミュはその厄介なダンジョンを迂回して来たらしい。
と、俺の言葉にカミュが眉根を寄せて。
「おい、セージュ、人の忠告はしっかり聞いておけよ? その洞窟ダンジョンだけなら、特に問題はないんだが、その洞窟な、抜けたところのその先で更にシャレにならないとこに通じてるからな? 『無限迷宮』のひとつ、『戦闘狂の墓場』だよ」
「えっ!? 『無限迷宮』って確か、高難度のダンジョンだろ?」
「ああ。前に出会ったラースボアなんぞ可愛く感じる程度のな。だから、少なからず、『精霊の森』もそっちの状況には警戒してるのさ。さすがに『無限迷宮』レベルのモンスターが表を徘徊するようなことは少ないが、もうちょっと近づくと、たまに高レベルのモンスターと遭遇することがあるからな」
というか、とカミュが嘆息混じりに続けて。
「むしろ、最短距離を突っ切って、よく『精霊の森』の結界までたどり着けたよな。まあ、運が良かった部分もあるんだろうが」
「……そういえば、動きの速い鎧のモンスターは見ましたわ。すぐにその場から離れましたけど」
「モミジのおかげで、クレハお嬢様の視力があがっておられたのが幸いしました。もっとも、現在位置を歪められた後で、再び遭遇してしまい、その際は殺されてしまいましたがね」
何が起こったのかすらほとんどわかりませんでした、とツクヨミさん。
クレハさんも『死に戻った』時のことを思い出して、少し渋い顔をしているな。
だが、それを聞いたカミュは頷いて。
「だろうな。もし、その手のモンスターと遭遇したなら、簡単に逃げ切るのは難しいだろうしな。特に、あんたらのレベルだと、な」
カミュによると、その『戦闘狂の墓場』の周辺からは巡礼路も迂回するように敷かれているのだそうだ。
あまり数は多くないけど、たまに強力なモンスターがダンジョンの外へもやってきて、また、いつの間にかダンジョンの中へと帰っていくのだとか。
さながら、強い相手と巡り合うのを楽しみにしているかのように。
そういう意味では、『無限迷宮』の中でも異色とも言える場所なのだそうだ。
普通はダンジョンの外まで、強力なモンスターが徘徊してくることはほとんどないから、って。
ふうん。
それにしても、鎧のモンスターか。
クレハさんたちによると顔とか中身は空洞だったって話だから、リビングメイルみたいなモンスターってことか?
何となく、その『無限迷宮』の名前にピッタリのモンスターではあるな。
その手の、死んでも戦うのが好きって感じの連中がたむろしている場所なんだろう。
うん。
絶対に近寄りたくないな。
いや、それはそれとして、だ。
「というか、カミュ。どういうことだ? 『精霊の森』って、この湖と関係しているんじゃないのか?」
クレハさんたちは『森』らしき場所を見たって言ってるし、でも今の風景だけだと、どこからどう見ても湖だぞ?
俺がそう尋ねると。
「まあ、便宜上、『森』って言ってるがな……いや、『森』であるのも間違いはないんだが、『精霊の森』ってのは一種の異界みたいな場所なんだよ。だから、結界の外からだと見え方が違うんだ」
「ということは、この風景は蜃気楼のようなものなの?」
「ああ、アスカの言うところはそれほど間違ってはいないな。結界による『幻視』だ。さっき、『魔境』の『迷いの森』でも似たようなことがあったろ? あれを更に強力にしたと考えればいい。だから、もしかすると、湖に一歩足を踏み出すと、そこが実は崖っぷちで転落したり、とかな」
「いや、それ、かなり物騒じゃないか?」
サラッと言うことじゃないよな。
カミュにとってはごくごく普通のことらしいけどな。
うん。
やっぱり、こっちの世界ってすごいな。
向こうの常識があんまり通じないことも多いし。
「まあ、このまま進んでも、結界に阻まれる可能性が高いから、サティ婆さんの地図の場所を目指すぞ」
そう言って、カミュが例の手書きの地図を取り出して。
そのまま、俺たちはその『村』を目指すことになった。




