第188話 農民、開発サイドの話を聞く
「ツクヨミさん、先程、このゲームを開発している方の『お知り合い』とおっしゃいましたね? 少なくとも、その方とは面識があるということですね?」
「左様でございます、アスカ様」
アスカさんからの問いに、あっさりと頷くツクヨミさん。
だが、すぐに首を横に振って。
「ですが、そちらから先につきましては、私と致しましても、お答えできる立場にございません。それはクレハお嬢様も同様です。それなりの機関が動いておりますので」
「もしかして、それは、国が、ということですか?」
「いえ、国もですね」
それ以上はお察しください、とツクヨミさんが慇懃な態度を崩さないまま、苦笑を浮かべる。
それを聞いて、アスカさんも眉根を寄せているな。
というか。
何だか、話が大きくなりすぎて、俺とかだと間に口を挟みにくい空気なんだよなあ。
まあ、そうも言ってられないので、わからないことについて聞いてみる。
「やっぱり、この『PUO』を作っている会社って、バックに大きな組織がついているってことなんですか?」
まあ、協力してくれている『施設』が全国に跨っていること。
多数の業種、業界が関与していること。
ネット上でもほとんど情報が洩れないこと。
ああ、そういえば、『施設』って医療特区なんだっけ?
それが事実だとすれば、少なからず、日本の国が関与しているってことで間違いないんだろうけどさ。
そうは言っても、だ。
こう言ってしまうとアレだけど、たかがゲームだろ?
もしそうだとするならば、わざわざ、国だの、省庁だのが絡んでくる目的がよくわからないよな。
そう、俺が尋ねると。
「そうですね……今のところは『保険』に過ぎないとはうかがっております。現時点では何らかの影響を及ぼすというものではないようです」
「『保険』、ですか?」
うーん。
やっぱり、ツクヨミさんが言っていることがよくわからないな。
何に対しての保険なのかがわからないと、話が見えてこないのだ。
と、そこまで黙って俺たちの話を聞いていたカミュが横から口を挟んできた。
「てか、ゲームの開発者って、エヌとスノーだろ? あたしはそう聞いているけど」
「あ、そうだ、カミュ。そのスノーさんって誰のことだ?」
前にもその名前は耳にしたけど、詳しいことはカミュも教えてくれなかったんだよな。
「あんたらの世界でどういう立ち位置なのかは知らないが、死神だろ? 『死神種』で二つ名が『スノークイーン』だから、スノーだよ。あー、そういえば、前に遭遇した迷い人が何か言ってたな。『涼風』がどうとか」
「――――っ!? カミュ様、そのお話はどちらで?」
「ここの世界で、だな。中央大陸のとある港町で馬鹿やりやがったやつがいて、そいつが口にしたことだ。まあ、そいつも『死神』のことについては知ってたみたいだぞ?」
カミュの言葉にツクヨミさんがえらく衝撃を受けているな。
飄々とした執事さんってイメージだったんだが、今ははっきりと動揺した表情を浮かべているし。
というか、ちょっと待て。
俺も気になったんだが、『涼風』って、確か一色さんの先輩の人だよな?
「お? セージュも知ってるのか、スノーのこと?」
「いや、そのスノーさんかどうかは知らないけど、俺のいる『施設』のテスターのお世話係みたいなことをしてくれる人がいてさ。その人の先輩さんがその『涼風』さんらしいぞ?」
そういえば、フルネームが涼風雪乃とか言ってたから、名前の方にも雪が入ってるしな。
案外、想像通り、同一人物なのかもしれない。
「ただ、俺、直接は会ったことはないぞ? もしかすると、俺をアルバイトとして採用してくれた人かも、とも聞いたけど」
「セージュ様も涼風様のことをご存知でしたか……私も少々驚きました。てっきり、普通の家業の方だと思っておりましたので」
「いえ、ツクヨミさん、うち、普通の農家ですからね?」
本当に高校生ですよね? と疑問を投げかけるツクヨミさんに対して、慌てて、その言葉を否定する。
いや! 俺、普通の高校生だからな!?
別に裏で正義の味方とかやってないっての。
「クレハさん、その『涼風』さんとはどういったご職業の方なのかしら?」
「わたくしも詳しくは存じ上げませんわ。そちらはツクヨミの方が詳しいですもの」
「……先程、カミュ様が『死神衆』と仰られましたので、驚きました。貴方様もこちらのゲームの製作に携わられたのでしょうか?」
「いや、あたしは声をかけられただけだぞ。要はあんたたちと一緒じゃないか? てか、『衆』って言ったか? あたしは種族の一種って意味で『死神種』って言ったんだが。別にあんたらの世界の組織とかそういうのはまったく知らないぞ?」
「えっ? てことは、そのスノーさん……涼風さんって、人間じゃないってことか?」
大分、場が混沌としてきたな。
収集がつかなくなってきたというか。
ただ、その中でも聞き捨てならないことはあるな。
俺たちの『現実』にも、その死神さんみたいな人がいるってことか?
さすがに、それはちょっと、って感じなんだが。
あ、待てよ?
でも、クレハさんもちょっと特殊な体質の人みたいだしな。
俺が知らなかっただけで、そういう人ってけっこうあちこちで暮らしてるのか?
「うーん、あたしが知る限りだと、普段はほぼ人間だぞ? 能力を行使すれば別だが、死神の能力を解放するには、通常だとかなり制限を受けるとは聞いているな。むしろ、ひょいひょい、死神の能力を使える状態だとすると、かなりまずい状態だと思うが――――っと、少ししゃべり過ぎたな。これ以上は、さすがにプルのやつに怒られる」
慌てて、口元に手をやるカミュ。
というか、表情的にはまだ余裕があるから、そのジェスチャーも演技の可能性もあるけどな。
ただ、そんなカミュの言葉が気になるのか、ツクヨミさんも少し詰め寄って。
「能力を行使できる状態だと、どのようにまずいのでしょうか?」
「どのように、っていうか、『終わり』が近い。要はそれ自体がまずい兆候ってことだ。さすがに細かい制約とかまではあたしも知らんけど」
『終わり』って――――。
その言葉の重みに、思わず、カミュ以外の多くが息を飲む。
「ちょっと待て、カミュ。話せる範囲で構わないから、その『死神種』について教えてくれないか?」
「うーん……だから、あたしが怒られるんだって……まあ、思わせぶりなことを言ったあたしも悪いか。じゃあ、例え話として聞いてくれ。今ここに、生まれたばかりの町と色々と発達進化を遂げて成長した町、ふたつの町がある」
「ふたつの町?」
「ああ。生まれたばかりの町はまだまだ未熟で発展途上だな。だから文化的にも浅いし、色々な部分で足りていない。で、一方の成長して立派になった町はもう既に色々と飽和状態でそれ以上成長できない。だが、様々な問題を抱えて膨れ上がっていく。それは限界――――キャパシティを越えて、ぶくぶくと太っていくかのようにな」
いったん太ると痩せるのが大変な感じにな、とカミュがシニカルな笑みを浮かべる。
いや、その例えいるか? とは思ったが、他の人たちが真剣な表情なので、突っ込みをいれるのはやめておいた。
というか、カミュの例え話が示してるのって……?
「さて、ここで、どちらの町からも程よく離れたところに立っている旅人がいた。その旅人は両方の町を行き来できる。そして、その結果、旅人は双方の町から相談を受けることになったんだ。生まれたばかりの町からは『もっと町が育つにはどうすればいいか?』 そして、飽和状態の町からは『このままでは町が破裂してしまう。何か良い方法はないか?』ってな。そこで旅人は一計を案じた。飽和状態の町から、溢れそうになっているものを生まれたばかりの町へと移していき、それでバランスを取ればいい、ってな」
「……つまり、その旅人さんが『死神種』ってこと?」
「あくまでも例え話と言ったぞ、アスカ。どう解釈するかは、聞いた者に任せることにしているのさ。あたしは教会のシスターだからな」
この話はこれで終わりだ、とカミュ。
いや、マザーグースの歌みたいな締め方になったぞ?
ただ、それでもわかる人には何となく状況がつかめてきたようだな。
いや、カミュが言っていることが事実だとすると、それはそれで大分荒唐無稽な話になってくるんだが。
たぶん、『生まれたばかりの町』ってのが、このゲームの中の世界だろ?
で、『飽和状態の町』が俺たちがいる現実世界、と。
となると、だ。
カミュが言っていることを端的に説明すると。
現実世界の人間などをこのゲームの世界へと送り込もうとしているのが、その涼風さんこと『死神種』ってことになる。
その涼風さんとやらが、本当に死神ならば、だ。
「よし、大分、疲れがとれたんじゃないか? そろそろ出発するぞ」
「いや、カミュ、今、そういう雰囲気じゃないような……」
「ふふん、あんまり深く考えるなって話さ。どうせ、この世はなるようにしかならないんだ。だったら、下手な考えは時間の無駄だ。何だかんだで、あたしらにできるのは、今を生きることだけだ、ってな」
というかだな、とカミュが言葉を続けて。
「あんまり、ここで留まっていると『精霊の森』に着くころには日が暮れるぞ? そっちの方がまずいだろ」
そう言いつつカミュが笑う。
その後も、ツクヨミさんやアスカさんが色々と質問をしたけど、結局、カミュの『あんたらの世界のことはあたしにはわからないって』という返事で片付けられてしまった。
要は、そっちの世界のことは、戻った時に考えろ、ってことらしい。
なので、結局、この話は有耶無耶になってしまった。
引き続き、俺たちは次のチェックポイントである『精霊の森』を目指すことになる。
ただ、その出発の準備の間も俺の頭をよぎっていたことがひとつ。
さっきの話の間、迷い人の中でクレハさんだけが、まったく動揺を浮かべていなかったこと。
むしろ、どこか嬉しそうな表情をしていたこと。
そのことだけが、少し不思議なこととして残った。




